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シー・シェパードを敵に回した日本人ドキュメンタリー監督の闘い

和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を描いた映画『ザ・コーヴ』(The Cove)。そこで描かれていることに疑問を感じた一人の日本人女性監督が制作した映画をご存知でしょうか。去る4月22日、『Behind THE COVE』の上映会がコロンビア大学で行われ、告知に協力したメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り-マンハッタンの最前線から-by 高橋克明』を発行する米国の邦字紙『NEW YORK ビズ!』CEOの高橋さんが、映画と八木景子監督について「ぜひ知ってほしい」と訴えます。

日本を背負って戦う女、コロンビア大学に降り立つ

ひとりでも多くの日本人に知ってもらいたい、そんなイベントが先月22日、ここニューヨークで行われました。地球環境について考える、というアメリカ人にとっての特別な日「アースデー」にです。場所は、おそらく世界で一番有名な大学、過去何人もの大統領を輩出し続けるコロンビアユニバーシティ。

コロンビア大学が主催したドキュメンタリー映画上映会に日本の作品、『Behind THE COVE~捕鯨問題の謎に迫る~』が、監督の八木景子さんとともに“招聘”されました。

これ、実はすっごいニュースだと思うんです。あのコロンビア大が『THE COVE』でなく、そのカウンター作品『Behind THE COVE』を上映した。観客の多くは当地のニューヨーカー。上映後、監督自身がスピーチし、観客のQ&Aに答える時間も用意されました。

にも、関わらず、日本ではほとんど報道されていませんでした。ぜひ、みなさんにその事実を知ってもらいたいと思いました。

今回の上映会に至るまでの経緯を簡単に説明します。日本でもかなり話題になったドキュメンタリー作品なので、作品自体はご存知の方も多いかとは思います。

2009年、和歌山県のイルカ追い込み漁を隠し撮りしたドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』が、翌2010年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞を獲得しました。簡単に言うと、アメリカ人映画監督が、和歌山県に潜入、盗撮し、世界に向けて「こんな残酷なことしてますよ、ニッポン人!」と発信し、世界で最高位の映画賞がその作品を認めた、ということです。

そこに「ちょっと、待って!」と声をあげたのは、日本政府でもなく、予算を持った団体企業でもなく、ひとりの(当時は)無名の女性ドキュメンタリー映画監督でした。

「片方だけの“正義”じゃなくて、捕鯨賛否の両者の主張を、もっと深く知りたい、もっと知らせたい」という理由で、八木監督が予算もない中、ひとり手探りで制作した映画が『Behind THE COVE~捕鯨問題の謎に迫る~』です。つまりは、『THE COVE』に対するアンサームービーです。

『ザ・コーヴ』が作品自体がバイアスのかかった脚色まみれのプロパガンダ作品だったとしても、アカデミー賞を受賞後、その効果は絶大になり、数年に及び太地町は被害も大きく悩まされてきた。そのあと、『ビハインド・ザ・コーヴ』が、世界の由緒あるモントリオール世界映画祭で認められました。誰もできない偉業でした。

『ザ・コーヴ』騒動以降、現地の和歌山県太地町には、海外から反捕鯨活動家たちが押し寄せては、地元民の日常生活を圧迫し、邪魔し、嫌がらせを続けました。しかし、『Behind THE COVE』が映画祭に選出され、ワシントンポストやABCなどで取り上げられたのは2015年の8月、ちょうど翌月の9月のイルカ漁が始まる直前でした。その際に現地に訪れていた反捕鯨家は2、3人に激減―。

日本国家がドキュメンタリー映画で売られたケンカを、監督という個人がドキュメンタリー映画で買い取りました。その手法は、本物のジャーナリスト。(もっと言うなら、骨太の任侠世界だよ・笑)

未見の方はぜひ、見てください。実際、監督は作品の中で、常に戦っています。あの反捕鯨団体シー・シェパードであろうが、ガンガン、突撃取材。地元民にも密着して、生の声を収めます。と同時に、プロパガンダ作品に相対するように、冷静な目と公平な立場で、日本と諸外国の鯨油の使い道の違い、クジラの栄養価の検証、クジラ漁の歴史的背景まで追求していきます。

そして、圧巻なのは、ラスト─。数年前「文春砲」という言葉が流行りました。週刊誌が、芸能人のスキャンダルを暴露する一撃を表した言葉です。これをあのシー・シェパードに食らわします。世界規模の環境的社会派文春砲─。芸能人の不倫どーのこーのがどうでもよく見えてくるほどの一撃です。

これ、ほんとに、ひとりの日本人女性監督が作ったの?最初に見た時はそう感じました。お会いした監督は、硬派で社会派なテーマの今作を作った人とは思えないほど、ごくごく普通の可愛らしい女性でした。だからこそ、シー・シェパードにも、相手方『THE COVE』の監督にも、警戒させず、ガンガン懐に入り込めたのかなと思うほど。

去年6月、監督は「ニューヨーク国際映画製作者映画祭(iffny.com)」で審査委員特別賞を受賞。その時に取材させて頂き、それ以降仲良くさせてもらっていました。監督は、それ以降も世界中での上映会に出席し、ひとりでも多くの世界の人に、真実を伝える活動をされています。

今年の頭、その監督から、連絡がありました。「春にコロンビア大学での上映会が決まったから、協力してほしい」と。すごいじゃないですか!とは言ってはみたものの、その時の僕はまだどこかで他人事でした。監督が招待される多くの世界の上映会のひとつでしかないだろう、くらいに思っていたのです。

でも、当初は監督の『Behind THE COVE』ではなく、『THE COVE』の方が、上映予定だったとのこと。大逆転で、コロンビ大学で上映されることになったことは、監督にとってもとても大きな出来事だったことを後で知りました。

先々月、東京に本当に短い期間だけ滞在した際に、監督に会って打ち合わせしてほしいと連絡が来たのですが、あまりに時間もなくドタバタだったので「ニューヨークに戻ってからでいいですか?スカイプでも大丈夫だよ」と返すと、いや、少しでもいいから、直接、会って少しでも早くミーティングしたいと訴えられました。なので、急きょ、こちらの都合に合わせてもらい、その前後にアポイントがあった高田馬場のカフェまで監督にわざわざ来て頂きました。アカデミークオリファイド作品の監督をこっちの都合で。(笑)

その際、「ひとりでも多くの現地アメリカ人に上映会に来てほしい」ということ、そして可能であれば「1社でもいいので現地のアメリカのマスコミにも来場してもらい、できれば当日のことを記事にしてもらいたい」と、この2点に関して協力してほしいとお願いされました。

ただ、国家も巻き込み、あれだけ話題になったドキュメンタリー映画の、その監督なんだから、いっぱい協力者もいるだろうし、十分な資金もあるだろうし、わざわざ地元のローカル紙のうちなんかに頼まなくても…と思いつつ聞いていました。

よくよく聞くと、それがまったくの誤解と知りました。案件が案件だけに、誰もが簡単に協力できない。反捕鯨団体は、一般人の僕たちにも怖いイメージがあります。それに国からも援助金が出ているわけでもない。なにより、ドキュメンタリーの映画監督がそんなに儲かるわけもない。世界中の映画祭に呼ばれたとして、そこまでの足代はほとんど自腹だそうです。

向かいの席に座った高田馬場の「喫茶ルノアール」。向かいの監督に失礼ながら聞いてしまいました。「カントクってさ…世界の映画祭に呼ばれるたび、儲かるの?」彼女は、かぶせるように「ぜんぜん。自腹。マイナス」と爆笑しました。結果、僕は、その笑顔にヤラレました

その時、微力ながら、出来得る限りは協力しようと決めました。詳細を聞くのはそこでやめた。とりあえず、上映会当日までの集客と1社でも多くの現地マスコミにリリースを流そう。あとは、当日のレポを記事にして、オフィシャルに拡散して……と、その場で作戦を考え始める自分がいました。

その僕を見て、逆にちょっと不安そうに「…でも、国のために自腹で活動していて、あまり予算ないけど、いくらかかるの?」と言う監督に「じゃあ、ここ払っといてください」と笑いました。今回のギャラは、ブルーベリートーストと、水出しアイスコーヒー。当日まで1カ月。プロジェクトは、ひとりでも多くのニューヨーカーと、出来れば、1社でも地元ニューヨークのアメリカ系メディアを来場させること。なかなか大変な作業だと自覚しました。

帰り際、「せめて、これ」とお土産を手渡されます。見ると、「くじら」のジャーキー(笑)(笑)(笑)。明日、ニューヨークに帰る便に乗ります。ワシントン条約で持ち込めないよ!w

果たして予想通り、現地メディア22社にプレスリリースを送っても、返信はありません。現地の有名メディア、例えば、「ニューヨーク・タイムズ」などは、当然、一般からのリリースなど1日100件は送られてくるはずです。特に、作品の性格上、内容が内容だけに簡単に彼らが来場するとは思えない。結果、地元メディアには無視されてしまいました。コロンビア大学での上映会なのに、スルーされるなんて、と自分の無力さに脱力しました。

それでも、学生をはじめ、観客には多くのニューヨーカーが来場してくれました。僕自身も席に座り、何度目かの鑑賞をしつつ、観客の反応を窺っていました。みんな見入っていました。上映が終わり、監督が登場すると拍手が起こりました。多くのニューヨーカーが、質問の手を挙げました。

これまで、世界の多くの教育機関では『THE COVE』の上映機会の方が圧倒的に多かった。世界中で「ニッポン人、野蛮だ、イルカかわいそう」とホットドッグ食べながら言われていました。そのソーセージは牛か、豚だ。

今回は米国の政財界、学会、法曹界をリードする卒業生を数多く輩出した名門コロンビア大学での正式招待の上映会。これがどれだけデカイことか。来場者のニューヨーカーが監督にどんどん質問している。質問の内容はどうでもいい。問題提起した作品で、疑問を持ってくれている。

でも、その中で僕が感じたのは、多くのアメリカ人が好意的に思ってくれている、ということ。もちろんある程度作品の内容を知った上で来場しているアメリカ人。その時点で、彼らイコール世間一般のアメリカ人とは言えないとはいえ、それでも積極的に、意見を話し、意見を聞いている。

上映会が終わり、監督と握手しました。本当にありがとう、と言ってくれる監督に、僕の方こそ、何も力になれず、その上でこんな体験をさせてもらった。

監督から「はい、おみやげ」と渡された日本製の洋菓子を見て「なんだ、クジラじゃないんだ」とつぶやくと、「ワシントン条約で持ち込めないよ」と一言。じゃあ、なんで前回、渡してきたんだよ。

そういえば、東京で打ち合わせした最終日の夜、ひとりで渋谷のくじら専門店に行ってきました。監督に協力する僕に、周囲の人は「クジラ漁という日本の文化に口を挟む海外の人って許せないですよね!」とか、あるいは「ベジタリアンの私からすると、やっぱりイルカもクジラもかわいそうだわ」と色々な意見を言ってきます。

でも、実は、僕個人は、捕鯨の賛否はどうでもいいんです(いや、くじらの唐揚げは好きだけどね)。賛でもないし、否でもない。どっちかっていうと賛かもしれないけど、人に話せる理論武装ができているわけでもない。

監督自身も「この映画は単なる捕鯨問題ではなく、歴史認識や国際会議、条約、人種・宗教などの現在起きているさまざまな国際問題までも含んでいるんです」と言います。そう、「クジラ食っちゃっていい」、「食べちゃダメ」な単純な二元論の話じゃない

そして、僕個人は、あの世界最大の反捕鯨団体を敵に回してまで、たったひとりで戦う八木景子、というひとりの映画監督に興味を持ち、追いかけたいと思ったまで。人生1回とするなら、世界を少しでも変える、こんな生業(なりわい)をしている監督を心底、羨ましく感じ、話を聞きたいと思ったまでです。

クジラを捕まえる捕まえない、は実はどうでもいい。日本政府が黙っちゃった案件に、NOを突きつけたこと。世界に誤解されたままで、それでもいいと思えなかった彼女の生き方に惹かれたから、協力した。これからも監督は、戦い続けます。ブルーベリートースト代と、水出しアイスコーヒー代は、まだまだ返せそうにありません。

上映後のアフターパーティー、まだまだ来場者の質問攻めにあっている監督に、挨拶して、帰ろうとした時、いちばん大切なことを聞き忘れたと思い出し、振り返りました。「あ。カントク、前から聞きたかったんですけど」。

──和歌山県に親戚いるの?

「いないけど、なんで」

──じゃあ、シー・シェパードに飼い犬殺されたとか?

「なにそれ?(笑)

──…どうして、この映画を撮ろうと思ったんですか。

「だから、なんども言ってるように、『COVE』の内容が偏見だらけで…。」

──そうじゃなくて。僕が聞きたいのはそういうことじゃない。まったく儲からない。ヘタしたら、身の危険まで。敵も多く作ることになる。経済的にも心身的にもマイナスなことの方が多いかもしれない。

意図を理解した監督は、こう話してくれました。

「40代半ば、なにをやってもうまくいかなかった。自殺が頭をよぎった時、亡き母が脳裏に仁王立ちして、こう言ってきた。何かをやり遂げてからでないと、こっちに来ちゃダメ、と。『その時に思ったんです。そっか、どうせ死ぬなら、その前に社会貢献、やるだけやって死のう』って」

そう、そんな人間が、偏見と誤解にまみれた社会現象を黙って見過ごすわけがない。そんな人間が反捕鯨団体ごときに引き下がらない

シー・シェパードも、とんでもない女を敵にした・笑

image by: Anne Powell, shutterstock.com

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全米発刊邦字紙「NEWYORK BIZ」CEO 兼発行人。同時にプロインタビュアーとしてハリウッドスターをはじめ1000人のインタビュー記事を世に出す。メルマガでは毎週エキサイティングなNY生活やインタビューのウラ話などほかでは記事にできないイシューを届けてくれる。初の著書『武器は走りながら拾え!』が2019年11月11日に発売。

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