育休取得後の男性が社内で不当な扱いを受けるという「パタニティ・ハラスメント(パタハラ)」が続々発覚し、話題となっています。かねてから日本企業における「育休」の取りづらさは問題視されていますが、なぜいつまで経っても改まる気配すらないどころか、パタハラなどという事態が発生してしまうのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんが自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で分析・考察しています。
育休明けのパタハラ、悪いのは人事部だけでない可能性
育児休業を取得後に子会社への出向を命令されたとして、スポーツ用品メーカー「アシックス」の男性社員が「不当な配置転換」であるとして、会社を訴えているそうです。その、出向先での職務内容は「倉庫で段ボールを運んだり、靴の部品を袋詰めしたりする業務」だったそうです。
この男性ですが、記事によれば2011年にアシックスに入社し、スポーツのプロモーションを担当。長男が生まれて、15年2月から約1カ月半の育休を取得。更に、15年5月から16年6月にも育休を再び取ったそうです。出向命令は、その直後の6月末のことでした。
また、その後に次男が生まれると、2018年3月から2019年4月に再び育休を取得したそうですが、その後は就業規則を英語に翻訳する仕事など、必要性の低い作業をするよう指示されているそうです。
● カネカに続きアシックスでもパタハラ? 育休後の不当な配置転換などに男性社員が抗議
このニュース、ちょっと見ただけですと「男性育休にしては期間が長い」という印象を与えるかもしれません。ですが、恐らく家庭内では、夫も妻と同等に育児を担当する中で、核家族の中だけで2人の乳幼児を育てるには、当然これだけの期間は必要です。ですから、これを「長すぎる」とか「2回も取った」などとして例外的なケースにしては絶対にダメだと思います。
ちなみに「2回」という問題ですが、ある国が人口を維持していくには、合計特殊出生率は最低でも2.1は必要です。つまり、基本的には一家庭で子供を2人育てないと、その社会の人口は維持できません。にも関わらず、男性育休「2回」が多いなどというのは、それ自体が国家滅亡への直行思想なのです。
では、この問題、この会社の人事部が悪質なのかというと、そうかもしれませんが、それだけではないと思います。3つ指摘したいと思います。
1つ目は、年功人事の問題があるかもしれません。スポーツ関連産業ということで、体育会的なカルチャーが反映していると、先輩後輩の間に厳格な上下関係がある可能性があります。
そうなると、1年育休で休んだ先輩が、その間にプロジェクトに起きた「複雑な経緯や、苦闘と解決」などをすっ飛ばして、元の先輩のポジションに戻るようですと、組織は上下関係がおかしくなるわけです。
更にもう一回1年の育休を取って戻ると、本人にとって後輩の人々が、社歴や経験の幅などで「逆転」してしまいます。ですが、入社は本人の方が早いので先輩扱いしなくてはならないとなると、組織は混乱します。一般に日本の人事部は、そのような負荷を現場にかけるのを嫌うので、今回のような無茶な「外し方」をしてしまうのです。
それ自体はダメダメですが、問題を解決するには年功人事とか、先輩後輩の序列というのを全部廃止して、お互いがお互いをリスペクトするようなフラットで成熟した組織に変えないとダメです。単に「育休明けの出向がブラック」だというような表面的な批判をするだけでは、先へは進めません。
2番目は、取引先の問題です。こういう種類の製造業の場合、取引先というのは問屋さんだったり、小売店だったり、またプロジェクトの場合は、官庁だったり、教育機関だったりするわけです。そうした相手から「男性育休取れるなんて、贅沢だ」とか「さすが大企業。もっと値引きしてよ」的な「カネを出す側の地位を利用したパタハラ」が飛んでくる可能性は十分にあります。
そうした場合に、「お客様は神様」という経営思想をバカ正直に守っている中では、「育休を長く取るような男性は直接前線には出せない」という話になります。多分、こうした問題になると、一社の状況を超えた業界とか地方のカルチャーの問題になるかもしれません。
ですが、そんなことをやっていたら、ドンドン日本の人口は減って国が消滅してしまうのです。パタハラをやるような取引先は神様ではない、というぐらいの覚悟で、従業員を守る、あるいは徹底して相手に理解を求める必要があります。
そのコストは重いかもしれません。ですが、払わなければ結局は優秀な人材は逃げるだけです。そして企業イメージに傷がつけば、ブランドが毀損されてゲームオーバーになってしまうのです。危機感が足りなすぎます。
3番目は、つまりは経営トップの問題です。アシックスというのは、北米では大変に人気があります。そのブランド価値は、相当なレベルになっていると思います。その価値を守っていくためにも、こうした「人に関する思想」という問題で、マイナスイメージを作るのは禁忌です。人事制度の総見直しを行い、取引先にも理解を求める中でパタハラを根絶する、これは待った無しの危機管理だと思います。
とにかく、今回のアシックスの場合は、カネカのようなB2B企業ではありません。国際的に認知されたブランド、しかもスポーツ用品というデザインと機能を備えたメジャーなB2Cブランドです。行動するのは今です。猶予はないと思います。
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