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米でも中でも日本でさえない。G20で真の鍵を握っていた人物

6月28日、29日の両日、G20サミット(20カ国・地域首脳会議)が大阪で開催されました。この会議が日本外交の国際的な位置付けを決める指標になると注目していたのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、最大の焦点は、米中貿易戦争による懸念を和らげることができるかであるとしながらも、G20全体のカギを握る意外な国と人物を上げ、そのハンドリング次第だと解説しています。

G20サミットの影のKey Playerと日本外交の試金石?

6月28日から29日にかけて大阪でG20サミットが開催され、日本が初の議長国を務めました。先のエネルギー・環境大臣会合では、脱プラゴミの国際的な協力体制を提唱し、貿易大臣会合では米中間の貿易摩擦の激化を懸念する声明を出すなど、議長国としてのイニシアティブを発揮しています。

また、今回のサミットでは、サミットの会合と並行して、安倍総理が各国首脳と立て続けに2国間会合を行い、世界の懸念事項に際して、バランサーの役割を果たすことが期待されています。

トランプ大統領、習近平国家主席、プーチン大統領・・・など名だたる首脳がKey playerとして参加しますが、今回のサミットにおける隠れた真のkey playerは誰だと思われるでしょうか。言い換えれば、“誰”が今回のサミットの成否を握っている可能性があるでしょうか。

私は、トルコのエルドアン大統領だろうと見ています。その理由は、今回のサミットの前に高まる国際的な緊張に対する解決策の鍵を握る位置にいると考えられるからです。

その一つが出口の見えないイランをめぐる問題です。安倍総理が米・イラン間の仲介役としてテヘランを訪れ、ハーマネイ師と会談したことは事態の打開を期待させましたが、時を同じくして起きたホルムズ海峡での2隻のタンカーへの襲撃事件をめぐる混乱は、米・イラン間の緊張を逆に高めることになってしまいました。

一説には、トランプ大統領は対イラン攻撃を指示し、その実行寸前で中止を指示するという状態にまで至ったと言われています。代わりにアメリカは、ハーメネイ師やザーリフ外相を制裁対象に指定して対決姿勢を鮮明にしてしまいました。

安倍総理に仲介を“依頼”し、イランに対しても対話の用意があると表明しつつ、その対話をセッティングするはずのザーリフ外相を制裁対象にすることでアメリカに入国できなくしてしまったことで、実際にアメリカはどうしたいのか真意が分からなくなってしまいました。

ここで打開策のカギを握ると考えられるのがエルドアン大統領です。その理由の一つが、トルコがイランに対して持つ影響力と、危険な遊びですが、米ロ間の緊張を“うまく”利用していることです。

これまでに何度か述べているように、トルコは、国際的に高まるイラン包囲網に対峙する形で、ロシアとともにイランのバックアップをしていますが、権益の拡大とアメリカに対する外交的なバランスを狙いとするロシアと違い、地域における大国として直接的な権益と影響力を持っています。

ロシアはこれまでにもイランに対してミサイルなどの供与を行おうとしてきましたが、アメリカなどの抵抗を受けて最新鋭のミサイルシステムの導入はできていません。やっとイランが導入したS300もすでにアメリカには技術的に100%筒抜けの技術で(注:アメリカもS300をロシアから過去に購入して、その技術的な秘密を丸裸にしているから)、アメリカとその同盟国(特にイスラエルとサウジアラビア)に対しては抑止力としては作用しない状況です。

それに対し、トルコは、アメリカとの緊張を高める結果となっていますが、ロシアからS400という最新鋭のミサイルの導入を決めています。これはなかなかの矛盾で、トルコはNATOの重要なパートナー国として、中東・ヨーロッパ地域の安定のためにさまざまな装備や設備をアメリカなどから導入しているわけですが、S400を正式に導入することで、米ロ間でのパワーゲームを挑んでいるだけでなく、イランの後ろ盾として、さまざまな憶測をアメリカサイドにさせる結果になっています。

言い換えれば、S400をトルコ経由でイランに導入する道をロシアに開いている可能性です。もしそのような事態になれば、NATOの持つ地域における優位性を無にする可能性が出てきて、欧米諸国にとっての安全保障体制の根本的な見直しに繋がるかもしれません。

別の側面では、これも以前より何度かお話していますが、収束の糸口が見えないシリア問題についても、エルドアン大統領のトルコは解決に向けたcasting voteを握っているといっても過言ではありません。欧米諸国から一斉に非難を受けるアサド大統領をロシアとイランと共に庇うことで、地域における緊張のバランスを取っていると言えます。

軍事的な側面ではアメリカにプレッシャーをかけ、移民問題ではヨーロッパ諸国、特にドイツに対してプレッシャーをかけています。

アメリカについては、トランプ大統領がシリアからのアメリカ軍の撤退を匂わせることで、そのプレッシャーを逸らす動きを取っていますが、欧州にとっては、各国で高まる移民の流入の阻止に対するプレッシャーに対峙するためにはトルコが、流入の防波堤として作用してくれる必要があるとの認識から、トルコに対して強く出ることが出来ておらず、どうしてもトルコに対して弱腰になっているように思われます。

そして、トルコをG20のkey playerにさせているのが、サウジアラビアが抱える『カショギ問題』におけるトルコの位置付けです。 イスタンブールの駐トルコサウジアラビア王国領事館でカショギ氏が殺害されたことは報じられている通りですが、その際のやり取りや、ムハンマド皇太子の“直接的な”関与を決定づけるであろう情報をトルコの情報部が握っているとされています。

先日も国連の特別報告者が『本件に対するサウジアラビア王室の関与があったことを確信する』旨の報告を行っていますが、その裏にはトルコ政府からのプレッシャーや情報提供があったようです。

大阪でのG20を前に、中東地域でのリーダーの地位をアメリカなどのバックアップで狙うサウジアラビアにくぎを刺すことで、トルコのリーダーとしての地位を守りに行っていると見受けられます。

ここまで見るとトルコは、今回、G20サミットで話し合われる予定の議題において多くのstakeを持つように思われますが、同時にアメリカからの経済制裁のプレッシャーを抱え、トルコリラの対ドル・対ユーロレートの下落や、トルコ経済のスランプといった悩みを抱えてもいます。

しかし、直接的に関与はしていませんが、先日のホルムズ海峡でのタンカー襲撃事件に関する情報をどうもトルコは握っているようで、イランを名指しで批判する米英も、関与が疑われるサウジアラビア他も、トルコに対して強く出ることはしていません。

意外なことにG20の場でトルコがサミットの成否を握っているように見えますが、ここでトルコに対して影響力を発揮できる唯一の国がG20の議長国日本です。 安全保障面では直接的な影響力はありませんが、安倍総理がもつアメリカ・トランプ大統領およびロシア・プーチン大統領との個人的なつながりはもちろん、サウジアラビアをはじめとする中東諸国との間に築き上げられている日本に対する信頼、そしてトルコとの間に築き上げられている確固とした友好国としての関係と経済的なパートナーシップは、エルドアン大統領に対する大きな影響力として作用します。

トルコの情報筋いわく、実際に、エルドアン大統領も訪日にあたり、決して表沙汰にはなりませんが、安倍総理からそれなりのプレッシャーはかけられているようですし、議長を務める安倍総理に対して、エルドアン大統領も現在の国際情勢における懸念事項に関する“情報”を提供しているようです。

今回、確実にトルコはG20の成否のstakeを握っていると思われますが、実際の成否を決めるのは、日本がいかにトルコからもたらされている情報と戦略的な友好関係をうまく用い、トルコを傷つけることなく、アメリカやロシア、欧州各国(特にフランスとドイツ)、そしてサウジアラビアとの間に存在する懸案事項(特にイラン関連の問題)の解決の糸口を見いだせるかがカギになります。

もちろん、今回のG20の最大の懸案事項は米中貿易戦争にまつわる緊張と国際経済への負の影響をいかにして和らげるかという点ですが、イラン関連や中東関連の緊張緩和に対するハンドリングを間違えると、ドミノの様にG20における懸案事項の話し合いに水を差し、結果的に米中貿易摩擦の解決に向けた糸口を探るという最大の注目マターにも悪影響を及ぼしかねません。

G20サミット中は、目の回るような忙しさでなかなか個別のイシューに対して目配りをしづらいかもしれませんが、今回、どのように議長としてハンドリングできるかが、今後、日本外交の国際的な位置付けを決める指標になるといっても過言ではありません。

先日の安倍総理のテヘラン訪問に対する評価はまちまちですが、私はこれまでの日本のリーダーの外交姿勢とは大きく異なり、初めて国内向けのアピールとしての外交から、真に国際問題の解決に向けたkey playerとしての日本外交の姿勢というように本格的な脱皮・進化の可能性を見出しました。

今回のサミットを、“そつなくこなす”のではなく、ぐちゃぐちゃに絡み合ってしまっている国際情勢の糸を解きほぐすようなリーダーシップを、ぜひ安倍総理そして日本政府には発揮してもらいたいと期待しています。

そのためには、いかにエルドアン大統領を“使いこなせるか”がカギであると私は見ています。

image by: 首相官邸

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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