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国際交渉人が解説。各国首脳がこぞって『安倍詣で』に参じる理由

この国のメディアは、日本外交に対して高い評価を与えることはほとんどないようですが、外交のプロや国際社会の評価はどうなのでしょうか?メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんは、第2次安倍政権後の日本外交の存在感は国際社会で高まり続けていると解説。他国の首脳が不思議がるトランプ大統領との親密な関係や、それでも崩れない中東諸国との信頼関係に加え、外交当局が気づいていないかもしれない期待感の存在にも言及しています。

混迷の国際情勢と存在感を増す日本の外交力

これまでメディアなどを通じての日本外交の評価は、あまりよかった記憶がありませんが、安倍首相の2度目の登板から始まった日本外交の存在感は、国際社会において評価と期待が高まっています。今回は、現在、国際社会を懸念で溢れさせている様々な案件を上げつつ、『日本は今、国際情勢において、どのような位置付けにいるのか』についてお話しできればと思います。

安倍総理の下での日本外交の特質を挙げるとしたら、やはりトランプ大統領との絶妙の距離と双方向の信頼関係でしょう。2016年11月に大統領選に勝利し、トランプ氏がthe President Electになってすぐに、ご存知の通り、安倍首相はトランプ氏を訪問し、トランプ政権への協力を約束しています。 大統領選の間から、累積対日貿易赤字への懸念と日米安全保障条約に関わる誤解をチャネルとして、対日批判を行うことがありますが、大統領になった後、時折Twitter経由でドキッとするようなことを言ってくることがあっても、日本に対して決定的な対決姿勢は示してきません

それよりは、様々な情報を見てみると、トランプ政権が打ち出すcontroversialな外交姿勢を表明する前、もしくは直後に、必ずと言っていいほど、安倍総理に対して何らかの相談が行われていたり、安倍総理からの指摘を受けたりしています。 これは、これまでの日米関係ではなかなか見られなかった事態であり、なかなかトランプ大統領とどう付き合っていいか分からない他国の首脳たちが安倍総理の『トランプ操縦術』に非常に関心を示しています。 その表れが、歴代日本の総理大臣には見られないほど、各国の首脳が『安倍詣で』を行い、日本そして安倍総理との良好な関係を築き、それをベースにトランプ大統領を操縦してくれるように期待を寄せているといいます。

フランスのマクロン大統領は比較的、トランプ大統領とは良好な関係を示し、トランプ大統領からも敬意を表されていますが、それでも安倍総理にアドバイスを求めてきています。 実際に安倍総理からの働きかけがどの程度、トランプ大統領の“決定”に影響を与えているかは謎ですが、一部の国を除いては、『日本・安倍総理と良好な関係を築いておくことが、対米外交の一つの重要マター』になっている様子です。 そのおかげでしょうか、各国の外交筋との話をする際、必ず『この案件については、日本はどうするつもりなのか?』と尋ねられる機会が圧倒的に増えています。

しかし、私は、この海外からの期待にまだ日本は十分にこたえられていないと考えています。その理由は、雰囲気は感じつつも、具体的にどう振舞っていいのか、もう一つ掴めていないことと、強いと感じられ、期待を寄せられている安部外交の司令塔を担うのが誰なのかがはっきりしていません。 外交といえば、当然、外務省だろうと考えられるのですが、残念ながら、仮にとても大きな外交的な機会が降ってきたとしても、即応性はまだ備わっていません。そういったこともあるのでしょうが、官邸主導の外交も積極的に行われていますが、決して、外務省をうまく使い、日本政府として一体化した外交を展開できていないと思われます。

ゆえに、日本にアプローチをしてみたが、あまり期待に応えているとは感じられないとの反応が各国から返ってきています。これは、日本政府内の外交体制の不備などの内政的な問題でもありますので、詳しくは意見を述べませんが、いち早く体制の確立を行っていただきたいとねがっています。

では、どのような案件において日本は外交の核となり得るでしょうか?現行の混乱の国際情勢を見れば、チャンスは至る所に点在しています。例えば、混迷を極めるイラン情勢です。 安倍総理のテヘラン訪問に対しては様々な評価がありますが、先日もお話したとおり、互いに振り上げた拳を下ろすきっかけを見つけられないアメリカとイランの間に入って、何とか打開策を見つけるという“仲介者”としての役割は、戦後日本の外交において、確実にステップアップを意味するスタートだったと考えています。 ハーメネイ師との会談と時を同じくして、タンカーが何者かに襲撃されるという邪魔・目くらませはありましたが、国際社会から疎外感を味わっているイランに対して手を差し伸べ、イラン側の考えを聞き届ける場を設定したことは大きな進歩です。

日本は、イラン核合意の当事者にはなれませんでしたが、直接的な当事者でないことが逆に幸いしています。元々長年にわたり日イランの関係は良好と言えますが、核合意の当事者になっていないことで、日本としては率直な国際社会の懸念を伝えることが出来ますし、アメリカもイランも、日本には考えを打ち明けやすくなります。 まさしく紛争調停官・仲裁間の条件を、今、日本は満たしているといえます。9月の国連総会の際に、例年通り、安倍総理とロウハニ大統領との会談が予定されていますが、これまで以上に、日本にかけられている期待は大きいと感じています。

中東における絡み合っている情勢を解きほぐす糸口を提供できるかもしれない』という点も、私が最近の中東各国からの日本への期待感を見る中で、日本の外交的な位置付けの高まりを感じています。メディアではあまり報じられませんし、恐らく政府当局者も知らないのかもしれませんが、シリアのアサド政権は日本に対して親近感を抱いています。

現在のアサド政権下で行われている反政府勢力への攻撃や、非戦闘員への無差別の攻撃、真犯人がまだ見えない毒ガス使用疑惑など、決して肩を持つことができない内容は多々ありますが、シリア問題の根っこにある問題は、『誰もアサド大統領の言い分を聞こうとしない』という点にあります。 私が調停を担当した旧ユーゴスラビアの紛争(特にコソボ)でもミロセビッチ大統領を一方的に悪者に仕立て上げるという事態が起きていたように、私達が目にして耳にする情報は、アサド大統領は残虐であるという内容ばかりです。

そこに付け込んでいるのが、ロシアのプーチン大統領であり、トルコのエルドアン大統領であり、そしてイランなのですが、長年にわたり戦火に見舞われ、国力が著しく落ちているとはいえ、シリアはいまだに中東地域においては、実力国で、隣国レバノンとともに、イスラエルにとっては、イランと並ぶほどの『邪魔な国』です。そのイスラエル的な考えがアメリカやイギリスを通じて流布されており、なんとも言えない対立軸と緊張感を作りあげています。

日本の場合、意図してか否かは分かりませんが、シリアで行われている「こと」に対する非難こそしますが、欧米諸国の政府の様に、アサド大統領とその政権への直接的な非難は避けているように見受けられます。

それを受けてでしょうか、シリア問題に関する複雑な調停の機会に、シリア問題解決に向けた日本の役割への期待の声を聞きます。イランとよく似て、日本に対する親近感もありますが、サイドを取らない姿勢に、行き詰まりを打開するきっかけを作ってくれるのではないかとの期待があるようです。

残念ながらこのような声は何かにかき消され、日本には届いていませんので何も日本サイドからはアプローチがないようなのですが、人的・組織的なキャパシティーがあるかどうかという問題はありますが、この混迷の国際情勢の中で、日本が大きな貢献が出来るエリアではないかと考えます。

中東において日本が大きな役割を果たせそうな理由として、抱かれている親近感以外に、地域のフィクサー的な役割を担っていると思われるトルコとの絶対的な関係があります。

エルドアン大統領の下、今、トルコ政府はアメリカやロシア、欧州各国、そして中東の周辺国を巻き込んだ一種の外交的なギャンブルをしているように見えますが、中東・北アフリカ地域での影響力は絶大です。カショギ問題を通じてプレッシャーに晒されているサウジアラビアも、トルコを非難こそしますが、直接的な対決は意図していません。

トランプ大統領も、エルドアンのトルコがロシアからS400を購入し導入することを決めたことに対し、経済的な締め付けは行いますが、対ロシアのカードということのみならず、イランや周辺国に影響力があるという点に鑑みて、トルコとの対立は激化させないようにしているようです。もちろん、NATO軍の中東方面をカバーする戦略的な拠点という特徴もありますが、それ以上に、トルコに秘められた“力”を恐れているように見えます。

そのトルコと常に友好的な立場にあるのが日本であることは周知の事実ですが、そのトルコも混迷を極める地域情勢において、地域で比較的受け入れられていて、何かしらの“合意”が出来た場合、その実行を裏付けるだけの経済力がある日本がもっと積極的な役割を果たしてくれることを期待しています。

あとは、日本移民が多いラテンアメリカ地域、私も関わるタイ深南部のポンドゥック、ミャンマーのロヒンギャをめぐる問題など、数多くのイシューにおいて、調停の役割を果たすポテンシャルを日本は持っていると考えています。恐らく外交当局はそのようなポテンシャルには気付いていないのでしょうが。

多くの可能性を秘めており、かつ新たな外交的なフロンティアを開く機会が日本にありますが、役割を果たすことが難しいと考えられるのが、韓国や北朝鮮といった自らが当事者になっているマターや、地域問題から国際問題に格上げされた南シナ海問題(対米、対中という観点で)でも『調停役』は果たすことはできません。この点は、戦後、一切変わっていないでしょう。 それに加えて、困難を極めるのが、すでに起きてしまっている武力紛争の調停です。紛争調停の経験を基にお話いたしますが、紛争の調停においては、外交・交渉を通じて行うことが望ましいのですが、外交・交渉力を発揮するためには、それを支える軍事力・軍事的なプレゼンスの可能性が必要です。残念ながら、日本は『軍隊を保持しない』ため、軍事的なオプションを背景にした(支えにした)調停や交渉は機能しません。ゆえに、一旦戦争がスタートしてしまった場合、停戦に向けた“願い”は表明できても、実質的には蚊帳の外に置かれてしまいます。

しかし、紛争の場面においても日本が主導的な役割を担えるエリアがあります。それは、戦後復興支援です。経済的な支援に加え、さまざまな専門家のチームを組織し、派遣したうえで、peace building/post-conflict reconstructionに貢献ができます。

現在、さまざまな憲法議論が再燃していますが、国際案件の解決におけるプレゼンスという観点からは、すそ野を広げるのではなく、「日本はどの分野で主導的な役割を果たすか」、「どのエリアには関与できないか」を明確に整理しておく必要があるでしょう。 2018年あたりから崩れ出し、2019年に入って混迷の度合いを増している世界の協調体制ですが、そのような中だからこそ、世界各地に散らばり、くすぶり始めている世界戦争の種火を抑える役割を担えるplayerが必要です。私は、まだまだ日本は気づいてはいないかもしれませんが、日本にはその役割を担うだけの十分なポテンシャルはあるかと思います。

国際舞台におけるmajor playerに躍り出るか。それとも、これまでのように「うーん、優秀なんだろうけど、ちょっと微妙」といった位置づけに留まり、解決を誰かに委ねたままでいるか。その決断を下すまでに、もうあまり猶予はないと考えています。

image by: Drop of Light / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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