MAG2 NEWS MENU

いまさら人に聞けないイラン情勢。アメリカの目論見が外れた理由

アメリカが呼びかけた有志連合への参加を表明した国は、8月初旬時点ではないようです。対イラン政策に関するアメリカの外交姿勢は国際社会から承認されていない状況が続いているように見えます。そもそも、アメリカは、トランプ政権は、なぜイランに対し強硬姿勢を続けるのでしょうか?このいまさら人に聞きにくい疑問を、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で、国際交渉人の島田久仁彦さんがわかりやすく解説してくれました。紛争調停官として、日本外交への期待も表明しています。

外れたアメリカの目論見と中東における緊張の激化

トランプ政権になってからのアメリカは、過度なまでにイランを敵対視し、ついにはオバマ政権と欧州の同盟国が苦難の末に作りあげ、イランの合意を引き出したイラン核合意を一方的に離脱することで、イランとの緊張関係を振り出しに戻してしまいました。

その後、北朝鮮問題の“進展”というサプライズを演出できたこともあり、しばらくはイランがトランプ大統領のレーダーに上ることは少なくなっていましたが、北朝鮮の非核化をめぐるdeal makingが停滞すると、再度、イランに対する圧力と口撃が始まりました。

ただ、『戦争は準備が出来ているが、実行したくない』との本音と、仮に交戦状態に陥った際にどのような被害が出得るかを知らされたのでしょうか。今のところ直接的かつ大規模な武力衝突には踏み込まないギリギリの線で止まっています。

とはいえ、安倍総理がテヘラン訪問中に2隻のタンカーが襲撃され、まだその“真犯人”が特定できない中、米イラン互いに無人偵察機を撃ち落としたり、イギリスとイランの間で互いのタンカーの拿捕事件があったりして、緊張の度合いと幅が広がってきていることは確かです。

同盟国のタンカーが襲撃される事件が相次いだことと、トランプ政権の方針の一つである米軍の同盟国防衛体制の見直しと絡み、先月初めにホルムズ海峡を航行するタンカーなどの商用船に対する警備と防衛の負担を分担すべく『Coalition of the willing(有志連合)』の結成を呼びかけました。有志連合への参加を呼びかけられた国として、輸入される原油の大部分がホルムズ海峡を通過する日本も例外ではありません。

当初、英国が賛同する意を示していましたが、自国のタンカーの拿捕事件に加え、首相および内閣が替わったこと、そして『有志連合』という形態に対するイラクの呪縛を受けて、今では有志連合の結成には積極的とは思えない状態です。

そのような空気を察するように、フランスやドイツも、アメリカの呼びかけには真正面から応えることはせず、イラン核合意を通じてできたイランとの特別な関係の維持という目的も叶えるべく、欧州独自のパトロール活動を行うべきとの立場を表明するに至っています。

日本に至っては憲法解釈と法律的な解釈の問題もあり(そして参議院議員選挙直後というタイミングもあり)参加は難しい状況ですし、同じくホルムズ海峡を通るタンカーへの依存率が高い中国も、現時点ではイランを刺激するような動きは取れないことと、米中の貿易問題の影響もあり、参加はしませんので、アメリカの目論見はどうも外れたように思えます。

それでもトランプ大統領とその政権は、まだアメリカ主導でのイラン包囲網の結成を諦めてはいないようです。その証としてポンペオ国務長官が、「有志連合の結成は急がない」と発言していますし、先日、日本を訪問したボルトン補佐官も“日本の特殊事情を理解する”と述べるなど、外交的なイメージに対するダメージコントロールを行っています。

しかし、そもそもどうしてここまでトランプ政権は反イランに拘るのでしょうか?内政的な事情(ロシア疑惑などから目を背けたい)、とにかくオバマ嫌い、大統領選再選へ向けたパフォーマンスの必要性など、いろいろな理由が述べられていますが、私は実際の理由はもっとビジネス的なポイントにあるのではないかと考えています。

その中でも、「国際原油市場のコントロール・覇権争い」、「中東諸国に対する武器輸出・販売の拡大」、そして「イスラエルへの過度の肩入れ」の3つが主な理由ではないかと見ています。

1つ目の『oil marketの支配』については、アメリカ国内でのシェールオイル・シェールガスの採掘に成功し、中東からの原油の輸入が実質不要になったばかりだけでなく、ついに原油・天然ガスの輸出国になったことで、これまでのアメリカのエネルギー政策に大きな変化が訪れたことが背景にあります。

その『変化』はアメリカの安全保障上の優先順位も大きく変えることなり、中東地域に米軍の大規模なプレゼンスが必要でなくなるというシフトが実質的にも心理的にも起きています。ゆえに、「アメリカがエネルギーを依存しない地域及び海域のパトロールや防衛に、どうして米軍のプレゼンスが必要で、それも他国の権益を守るためにアメリカ兵が命を懸けているのか」という見解に変わっています。これが『ホルムズ海峡における船舶防衛のための有志連合の結成』というアイデアに繋がります。

同時にアメリカが純粋にエネルギー輸出国になったこともイランへの攻撃を強めるきっかけとなっています。恐らく世界トップと言われる原油埋蔵量を誇るとされるサウジアラビア、イラクなどと比しても劣らないほどの産出量をイランは保有しているため、国際的な原油マーケットにおける発言力は強く、長年反米政策を貫いていることからも分かるように、国際エネルギー市場の新しい現実に直面しても、他の中東諸国(サウジアラビア、イラクなど)と違い、アメリカの言いなりにはならないという状況があります。

つまり、アメリカの新戦略にとっては、イランはやはり目の上のたん瘤と映るため、出来る限りそのキャパシティーを削ぎたいというのが、トランプ政権のアメリカの対イラン政策の心理的な背景だと理解しています。

次のポイントにも共通しますが、American first!を旗印に、『いかにアメリカを経済的に再度繁栄させるか』を主目的とするトランプ政権の外交戦略に鑑みると、それをイランが邪魔しかねないと勝手に思い込んで、イランへの一連の強硬手段に出ているのではないかと考えられます。

では2つ目のポイントである『中東諸国への武器輸出の拡大』という観点からはどうでしょうか。これについては、イランを過大に敵視し、その軍事的なキャパシティーを過大に宣伝し、地域にとっての脅威として周辺国に意識させることで、中東の周辺国、とくにサウジアラビアやアラブ首長国連邦といった国々にアメリカの最新鋭の武器を売りつけることに、ここまでのところ成功しています。

トランプ大統領はさすがビジネスマン!と言われる謂れですが、確実に中東地域での米国製の武器の売り上げは、トランプ政権下で大幅に増加しています。

これに気付いてのことか、異を唱え、最大のギャンブルをしているのがトルコのエルドアン大統領でしょう。アメリカからのF35の大量調達を約束していましたが、ロシアのプーチン大統領に近づき、S400の配備を迅速に進めてしまいました。報復措置として、トランプ大統領はトルコへのF35の販売を停止させていますが、トルコの地域における影響力と地政学的な位置付けを見てみると、トランプ外交のグランドデザインを狂わせているといえます。

これは、先ほど述べた経済的な利益への悪影響という観点はありますが、それ以上に気にしているのが、防衛システムの連携構築と、武器の保持・メンテナンスに関わる中長期的な経済的なベネフィットへの狂いでしょう。

イランの脅威を煽ることで、周辺国が自国防衛のために米国製の最新鋭武器を大量購入し、データシステムや連携などを通じて、中東地域の一大軍需利益圏を作るという狙いがあったようですが、今回の『トルコの離反』を受けて、その基礎が揺らいでいます

イランの背後にはトルコが存在して、その後ろにはロシアが君臨する」というイメージを周辺国に植え付ける結果になってしまうことで、イランに真っ向から対抗するために米国主導の有志連合への参加を検討したいが、同時にロシアベースの軍事システムのターゲットとされてしまうのは怖いという、こちらも“作られた脅威”によって、サウジアラビアなどは、有志連合への参加にしり込みしているとされています。

つまり、『米国製の武器を売りつける』というビジネスはうまくいったと言えるかもしれませんが、その先にあるグランドデザインを完成させるという野望は、イランの影にいるトルコやロシアによって、頓挫している可能性があると言えるでしょう。

そして、イランを用いた中東地域におけるアメリカの影響力の拡大を阻んでいる3つ目の理由は、トランプ政権の明らかに行き過ぎたイスラエルへの肩入れです。
寵愛するイバンカ女史の夫(つまり娘婿)がユダヤ人という理由に加え、ペンス副大統領を含む自らの支持基盤が親イスラエルのキリスト教福音派ということもあり、トランプ大統領は、大統領就任当初から明らかなイスラエル偏愛が顕著に見られます。

その証拠に、イスラエル・パレスチナにおけるとてもデリケートな宗教的なバランスの観点から、タブー視されてきた大使館のエルサレムへの移転を強行しています。さらには、イスラエル総選挙時には、汚職疑惑などで瀬戸際に立っているといわれたネタニヤフ首相と、彼が率いるリクードをあからさまにサポートしています。

外交面では、国連の場で「イスラエルに関する非難決議に対して拒否権を発動する」という昔からの“不文律”は変わっていませんが、至る所で親イスラエルアピールを行っています。その見返りに、ネタニヤフ首相はアメリカ製の武器の大量購入に署名していますし、トランプ政権が進める反イランの取り組みに対しても全面的なサポートを、直接的かつ間接的に行っています。

しかし、このあからさまなイスラエルへの偏愛が、トランプ政権の対イラン包囲網の目論見を狂わせる一因になっています。表面上、「イラン憎し!」で結束するサウジアラビアを筆頭とするスンニ派諸国ですが、同時に、歴史的にイスラエルの存在を認めない諸国でもあることから、イランという共通の“敵”はいるが、互いには同じく敵対視しているというジレンマが、イラン周辺国が対イラン対策をアメリカ側で徹底できない理由になっています。

今のところ、イランを封じ込めたいというアメリカの目論見は様々な理由で挫かれているように思われます。トランプ政権にとってはイメージへのダメージと映りますが、米国以上に焦燥感が漂っているのがイスラエルです。

イスラエルとイランは長年地域におけるライバル関係にあり、軍拡競争でも双璧をなしています。両国とも恐らく核戦力を保持し、信頼できるミサイル技術も備えているとされていますが、その長年のライバル関係故、もし中東地域において両国が軍事的に衝突することになった場合、どのような被害が出るのか、互いの実力を知り尽くしたうえで、かなり詳細に分析されています。

その分析上の脅威の状況が、今、間近に迫っているのではないかと、イスラエル当局が焦り出しているといわれています。それゆえでしょうか。このところ、直接的なイラン批判は控え、できるだけ偶発的な衝突が起こる可能性を限りなくゼロに近づけようとしています。その証が、アメリカが呼び掛けた有志連合への参加を見送るという判断だと思われます。

これまでに挙げた大きく分けて3つのポイントから、トランプ政権が目論む反イランの戦略は頓挫していると言わざるを得ないと考えます。

しかし、まだトランプ大統領とその側近たちが、大統領選に向けた“成果”獲得のために過度にイランを刺激するようなことが続くのであれば、中東地域で起こるどんな小さな偶発的な衝突も、一気に周辺国に飛び火し、中東地域全体を巻き込んだ大戦争、そして、中東に利権を持つ欧米諸国とロシアなどを巻き込んだ世界大戦に発展する危険性があるかと思います。

6月中旬に安倍総理がテヘランを訪問し、米イラン間の仲介を試みるシャトル外交をスタートさせました。タンカー襲撃事件などもあり、若干フォーカスがずれてしまった感がありますが、日本がアメリカの同盟国でありつつイランの友人であるという“特別な位置付け”を維持し、我慢強く仲介の任を完遂できれば、だれも望まない次の世界大戦の火種を消すことに貢献できるかもしれません。高まる一方の中東地域での緊張を目の当たりにして、紛争調停官として、そう願っています

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』 』

【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け