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「とんちの一休さん」から程遠い、禅僧一休の破天荒「風狂」人生

テレビアニメ「一休さん」のモデルと言われる禅僧一休宗純は、頭の良い子であったことは間違いないようですが、その生涯は、僧侶のイメージからするとかなり破天荒だったようです。メルマガ『8人ばなし』の著者の山崎勝義さんは、残した書と重ね、一休という人物の生き様を論じています。ぜひ、一休書「諸悪莫作、衆善奉行」を画像検索の上お読みください。

一休のこと

室町時代の禅僧一休は自らを「狂雲子」と号した。この狂雲という言葉は禅宗における境涯の一つである「風狂」から来ている。さて、この風狂という漢語であるが読む時には少しばかり注意が必要である。現代では「風狂」の「風」の字が「風流」の「風」と結び付けられ「風流狂い」即ち風流人の意で使われることが多い。

しかし「風」の字には「風邪」の例からも分かる通り、元々病気という意味もある。中でも「風漢」「風疾」「風癲」など心の病気を指すことが多い。

逆説的な物言いになってしまうが、自分のことを「狂」という者は間違いなく「狂」ではない。人(特に知識人)が自分で自分のことを「狂」と言う時、それは寧ろ「理性の化物」という意味に近い。一休もそうである。例えば、僧籍にありながら青年期に自殺未遂を起こしたというエピソード一つをとっても、この中世人にはどこか近現代人の哲学的懊悩に通底するものがあるような気さえする。

こういった「理性の化物」の言行に触れる時、どうしてもそこに裏や腹を感じない訳にはいかないから、結果どうにもこうにも捉えどころのない人物となってしまう。しかし、その手から直接生み出された作物に当たると、いくらかはその人物像が見えて来るような気がするのである。というのも、芸術作品に触れて感じる印象はそれがどんなに主観的なものであっても、そこに存在するある種の直観的普遍性を否定できないからだ。

一休は能書家であったから、それには書が最適であろう。

諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう)

これは、一休の書の中でも特に有名なものである。まずは画像検索などで観ていただきたい。意味は「悪いことはするな」「善いことをしろ」である。一応訓読しておくと、

諸悪、作す莫れ(しょあく、なすなかれ) 衆善、奉り行へ(しゅうぜん、たてまつりおこなえ)

という感じであろうか。

この書を観てまず感じるのはその躍動感である。「諸悪」と力強く、そしてしっかりと書き出され、「莫作」はアクロバティックな動きを見せる。「衆善奉行」に至っては「衆」のみがズンと書かれ「善」の字を助走にこれまたアクロバティックな「奉行」と続く。それにしても後半部分の字の崩し方は凄まじい。ここに一休という人間の生き様を重ねると猶凄くなる。

一休は後小松天皇の落胤と言われている。というより、折に触れ自分からそうほのめかしている向きがある。真偽の程はともかく、一休にとってはそこに出自を定めたということが重要だったのであろう。幼少の頃から秀才の誉れ高く、こと漢詩の才能は抜群で都で噂になる程であった。

ところが、前述の自殺未遂辺りから禅僧でありながら、酒は飲む、肉は食う、女は抱く、そしてついでに男も抱く、といった感じで、まさしく「風狂」そのものであった。しかも数えて七十八歳という人生の最晩年にして森女(しんじょ)という名の若い盲目の女との愛欲に耽溺し、剰え『題淫坊(淫坊に題す)』という漢詩まで詠んでみせている。

この、人生と書と「風狂」とを重ねてみる時、一休は決して壊れて行ったのではなく、壊して行ったのだということが分かる。崩れて行ったのではなく、崩して行ったのだということが分かる。一休にとって、中国から伝わった「風狂」の境涯はまさしく「悟り」そのものであったのだ。

遺文や伝承の類を含め、一休の言行には人間存在の理由を死に求めているものが実に多い。その一休は八十八歳まで生き、森女に抱かれながら息を引き取ったと言う。最期の言葉は「死にたくない」であった。一休に言わせれば、これも「風狂」なのかもしれない。

image by: Ogiyoshisan [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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