インスタントラーメンの生みの親、安藤百福氏とその妻の悲喜こもごもを描いたNHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』人気で、一時は売り切れるほどの人気を集めたチキンラーメン。そんな百福氏創業の地に建つ「カップヌードルミュージアム 大阪池田」が人気を集めています。フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんは今回、その人気の秘訣を探るとともに、チキンラーメンを全面に押し出した池田市の地域おこしの取り組みを紹介しています。
プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。
カップヌードルミュージアムの人気の秘訣と波及効果
インスタントラーメンやカップ麺を発明した日清食品創業者、安藤百福翁の創業地、大阪府池田市にある「カップヌードルミュージアム 大阪池田」の集客が好調だ。
百福翁の妻、安藤仁子氏をモデルとした、ヒロイン・立花福子の生涯を描いたNHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』が、昨年10月から今年3月まで放映された効果で、2018年度(17年4月~3月)は過去最高の91万人を集客。前年の77万人から18%もの大幅な集客増となった。
「まんぷく」放映が終わってからも勢いは衰えず、現在も前年の1.5倍近い集客を保っているという。
横浜市中区みなとみらい新港地区にある「カップヌードルミュージアム 横浜」の入場者数も4月に累計800万人を突破。昨年5月に700万人を達成して以来、1年経たないうちに100万人を集客した。16年7月に500万人を突破しており、年間100万人近くを集める人気の企業ミュージアムとなっている。
好調の要因として、両館で昨年9月26日より「チキンラーメンの女房 安藤仁子展」を開催している効果も大きい。「安藤仁子展」は好評につき、大阪池田は来年1月13日まで、横浜は1月6日までの延長が決まった。2度目の延長で、8月31日の終了予定がさらに4ヶ月超延びた。
「カップヌードルミュージアム」の地元、池田市ではチキンラーメンを使ったまちおこしを行っており、阪急電鉄宝塚本線の池田駅と石橋駅の駅前を中心に市内約50店の飲食店で、チキンラーメンを活用した創作メニューを提供していて、「ミュージアム帰りに寄って行く観光客で波及効果が結構ある」(池田市役所空港・観光課)と、「まんぷく」効果による商店街活性化に手ごたえを感じている。
「カップヌードルミュージアム」の人気の秘訣と、波及効果を調べてみた。
「カップヌードルミュージアム 大阪池田」は、1999年に「インスタントラーメン発明記念館」としてオープン。2017年に現在の名称に改称した。ただし、正式名称は「安藤百福発明記念館」で「カップヌードルミュージアム」は愛称である。入館料無料の施設であるが、アトラクション利用料が発生する。
内容を少しずつバージョンアップさせ、2回の拡張を経て、現在の展示となっている。
運営は日清食品ホールディングスが出資する、公益財団法人 安藤スポーツ・食文化振興財団。
「チキンラーメン」に始まるインスタントラーメンの歴史を俯瞰する商品を展示したタイムトンネル「インスタント・ラーメントンネル」、安藤百福翁の軌跡とチキンラーメンやカップヌードルの発明をパネルや動画で解説するコーナー、インスタントラーメンに関するクイズを楽しみながら解ける「マジカルテーブル」などが常設されており、これだけでも興味深い内容だ。
安藤百福翁がチキンラーメンの開発に没頭した、質素な研究小屋が再現されていることに象徴されるように、発明・発見、ベンチャースピリットの大切さを伝える姿勢が、全ての展示に貫かれている。
池田・横浜のユニークなアトラクション
同館の人気を高めているのは、これらクリエイティブ・シンキング(創造的思考)をかき立てる展示に加えて、来館者が体験できる2つのユニークなアトラクションだ。
「チキンラーメンファクトリー」は、なんと「チキンラーメン」を手作りできる体験工房である。予約が必要で、利用料は小学生300円(税込、以下同)、中学生以上が500円。小学生未満は利用できない。
ここではチキンラーメンを小麦粉から作ることができ、1日あたり約2.8億食、年間約1,036億食が消費されている世紀の大発明、インスタントラーメンがどのようにして作られているか、その過程を体験することができる。小麦粉をこね、伸ばし、蒸した後に味付けをし、「瞬間油熱乾燥法」で乾燥させる。
食育の面でも、非常に貴重な施設で、予約がなかなか取れないほどの人気である。
もう1つは、自分だけの「カップヌードル」の味を組み立てられる、「マイカップヌードルファクトリー」で、2004年に設置された。料金は1食300円(税込)。
テーブルでカップに、さまざまな色のマジックでお絵描き。世界でただ1つ、オリジナルのカップが完成したら、カウンターに持って行く。麺をセットし、スタッフに好みのスープを4種類(カップヌードル、シーフードヌードル、カップヌードルカレー、チリトマトヌードル)から1つ、好みの具材を12種類(ネギ、ブタ、エビ、ナルト、タマゴなど)から4つ選んで、トッピングをしてもらう。味の組み合わせは5,460通りにもなる。
スタッフに蓋を取り付けてもらい、ビニールに熱を加えてぴったりと包装。でき上がった自分だけのカップヌードルは、透明のビニール製エアパッケージに入れて、空気を入れて膨らませる。エアパッケージは肩から下げられるように紐が取り付けられ、お土産として手軽でおしゃれに持ち帰ることができるのだ。
顧客層は、子供連れのファミリー層が中心だが、学生の遠足や修学旅行も多い。近年は中高年層や外国人が団体客を含めて増えている。海外からのインバウンド客は2~3割を占め、香港、台湾、シンガポールなどといった中華系が主流。
2011年にオープンした「カップヌードルミュージアム 横浜」は、大学生以上の大人は500円の入館料が必要。高校生以下は無料である。総合プロデュースには、セブン-イレブンのセブンカフェやユニクロのロゴマークのデザインなどで知られる、クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏を起用している。
横浜でも、大阪池田と同様な展示、「チキンラーメンファクトリー」や「マイカップヌードルファクトリー」のアトラクションが用意されている。
ただし、面積が3倍もあるので、それらに加えて、「カップヌードルパーク」という巨大な工場の中で、自分自身が「カップヌードル」の“麺”となり、製麺から出荷されるまでの生産工程を体感できるアスレチック施設がある。「クリエイティブシンキングボックス」という、現代芸術の手法を駆使し、アイデアの育て方やタテ・ヨコ・ナナメといろんな角度から物事をみることで、クリエイティブな発想を生み出す気づきをもたらす6つのボックスも用意されている。
また、「ヌードルズ バザール」という、アジアのナイトマーケットをイメージした空間で、世界の麺料理などを味わえる、フードアトラクションも用意されている。8つの屋台が設置され、パスタ(イタリア)、ラグマン(カザフスタン)、蘭州牛肉面(中国)、フォー(ベトナム)などのメニューは食文化に詳しい文化人類学者の国立民族学博物館元館長で名誉教授・石毛直道氏の監修を受けている。
活況を呈する「ご当地グルメ」
さて、大阪府池田市では、同ミュージアムの観光資源としての集客力と独自性に期待し、14年に地元の飲食店経営者、市職員などの有志が集まり「チキンラーメン」を使った地域活性に取り組む「大阪池田チキチキ探検隊」を結成した。
「大阪池田チキチキ探検隊」は、池田駅前にアンテナショップ兼観光案内所を開いて、「チキンラーメン」を衣に使ったコロッケ「池チキコロコロ」、同じくから揚げ「池カラ」などのメニューを販売している。
「池チキコロコロ」は昨年8月に、「チキンラーメン」発売60周年を記念して、池田青年会議所が企画した「こども池-1グランプリ」の優勝作品。「チキンラーメン」を細かく砕いて、衣に塗して揚げたコロッケだ。これは、市内の小中学生10チームが考案したメニューを、池田駅前公園に屋台を出して1品100円の投票券付きチケットで販売し、どれが一番おいしいか、来場者の投票と倉田薫市長(当時)らの審査を総合して決めるというイベントだった。
また、「池カラ」は池田駅前の焼鳥「野之鳥 呉華」が考案したメニュー。唐揚げの衣に細かく砕いた「チキンラーメン」を使って、サクサクした衣と口に広がる「チキンラーメン」の香ばしい味が特徴。お湯をかけてスープにしても楽しめる。
「池カラ」は池田青年会議所が12年に開催した、池田オリジナルのB級グルメのナンバーワンを、来場者がメニュー提供時に渡されたお箸の数の投票で決める、第1回「池-1グランプリ」の優勝作品だ。こちらも、池田駅前公園で開かれた。
このような「チキンラーメン」創作メニューの市内での盛り上がりを受けて、池田市役所では今年1月、「まんぷくパス」というクーポン付きの無料の冊子、グルメパスポートを作成。池田駅、石橋駅周辺の60店を掲載し、同ミュージアムにも置いている。
クーポンの効果もあってか、「喫茶店の来店数が倍増しているところもある」(池田市役所空港・観光課)とのことだ。
チェーン店でも、「ロッテリア」阪急池田駅店がチキンラーメンを具材に使った「チキンラーメンバーガー」を販売。
博多ラーメン「一風堂」池田店は、「百福元味」という一風堂店主の河原成美氏(力の源ホールディングス社長)が百福翁を想って、国産の丸鶏を使用したスープによる醤油ラーメンを開発し、販売している。麺は国産小麦を2種類使った平打ちのちぢれ麺、自家製のごぼう香油をアクセントにするなど、こだわり抜いた一杯としている。
一方、大阪市内から車で30分とアクセスの良い天然温泉で、日帰り入浴でも人気を博す、伏尾温泉「不死王閣」では、2年半前の朝食リニューアルから、ビュッフェに「チキンラーメン」や「池チキコロコロ」を出すようになり、好評である。また、目の前で握って提供するおにぎりの具材に、「池カラ」を採用している。
「ご当地ならではの朝食で、地方からわざわざ来られたお客さまに喜ばれている」(伏尾の鮎茶屋営業部取締役・谷向哲也氏)と同館では、「まんぷく」との相乗効果が出ている。宿泊した人は「カップヌードルミュージアム」が目当ての人がやはり多い。
カップヌードルミュージアムが人を引き付ける理由
実は池田市は、03年9月から04年3月に放映された「てるてる家族」でも、NHK連続テレビ小説の舞台になったが、当時の面影がほとんど残っておらず、あまり観光効果が得られなかった。
池田市は阪急東宝グループの創業者、小林一三翁ゆかりの地でもあり、旧邸が「小林一三記念館」として公開されている。
市立五月山動物園では、原産地のオーストラリア以外でほとんど成功例がない、ウォンバットという“地上のコアラ”と言われる珍しい動物の繁殖に成功し、2世が生まれて話題にもなった。
このように分散する観光資源を、「チキンラーメン」を使ったご当地グルメと絡めつつ、観光コースにできないかを、市職員や市の商店街は模索している。
まずは、「いけだおもてなし隊」という外国語ができる通訳ボランティア組織を9月2日より稼働させ、池田駅からミュージアムに直行するインバウンドの外国人を、帰りに市内の他の名所や飲食店に誘導する。
具体的な売上金額までは公開していないが、日清食品の発表によれば、「チキンラーメン」の18年度の売上は、「まんぷく」効果により、発売60周年にして過去最高となった。「カップヌードル」の売上も過去最高となった。
「安藤がチキンラーメンを発明したのは49歳の時でした。今の感覚では60歳くらいでしょう。人生に遅すぎるということはないのです」(日清食品ホールディングス広報部村上瑛子氏)。
「カップヌードルミュージアム」が人を引き付けるのは、「人間にとって一番大切なのは想像力であり、発明・発見こそが歴史を動かす」、「未来の発明王が出てきてほしい」という百福翁の思いを形にしたからなのだろう。
Photo by: カップヌードルミュージアムHP , 長浜淳之介