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サウジの石油施設への無人機攻撃を読み解く。得をするのは誰か?

9月14日、サウジアラビアの石油施設を無人機が攻撃。中東情勢はまたしても混沌としてきました。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で数々の国際舞台で活躍する国際交渉人の島田久仁彦さんは、もっとも割を食ったのは中東諸国に防衛システムを売ってきたアメリカだと解説。反対に「得をするのは誰か?」を考えることで、「真犯人」が見えてくると、独自の情報網から驚きの推測を展開します。

石油施設を襲った“テロ”が明らかにする“皮肉な現実”

9月14日(土曜日)、突然、耳を疑うようなニュースが飛び込んできました。イエメンのフーシー派が、複数のドローン及び無人攻撃機を使って、サウジアラビア東部の石油施設に対し、同時多発的に攻撃を仕掛け、その“任務”を完遂したという内容の一報でした。

米・イランの対話への機運が高まり、24日か25日にでもNYでトランプ・ロウハニ会談が実現するのではないかとされていたこの時期に、その前向きな機運を一気に吹き飛ばすようなサプライズに唖然としました。

この一連の攻撃の結果、サウジアラビアの原油産出量の5割強を失うという、世界のエネルギー安全保障にも大きなショック(サプライズ)を与え、一時NYのWTI(原油先物)価格は20%弱の暴騰となりました。

すぐにサウジアラビアのアブドラアジズ石油相が「月末までに産油量のキャパシティーをもとに戻す(日産1100万バレル)」と発言し、原油価格も1バレル60ドル弱まで値を大幅に下げていますが、サウジアラムコ社のキャパシティーが本当に戻るのかは確証がありません。

また各国は石油の備蓄の放出の可能性を示唆し、何とか市場の混乱を避けていますが、攻撃によるショックの影響は完全には払拭できていません。実際に、LNG・天然ガス価格も原油価格に連動することが多いため、LNG・天然ガスへの転換も、効果的かつ持続的な代替案とは考えづらいため、エネルギーセキュリティの面で、アラブ原産のオイルに依存する国々、特にアジア諸国に大きな懸念を与え、エネルギー調達の戦略を急ぎ練り直す必要性を突き付けました。

今回のことで、アメリカが“同盟国”に呼びかけたホルムズ海峡における共同警備行動への参加(『有志連合』)に対する各国の方針にも変化が出てくるかもしれません。しかし、今回の一連のサプライズが国際情勢に与えたショックは、エネルギー安全保障問題以外にも、大きな課題を世界各国に与えました。

最大のサプライズは、最新鋭の防衛システムをもってしても、今回の攻撃を検知し、対応できなかったということです。イエメンから発射されたと仮定した場合、約1200キロメートル(仮にイエメンのフーシー派としたら)を、ドローンや無人攻撃機、そして巡航ミサイルがサウジアラビアのレーダーに探知されることなく飛行し、確実にターゲットを攻撃し、ミッションを遂行したというサプライズでしょう。(注:サウジアラビアに配備された最新鋭の防衛システムは、首都ジェッダとイスラム教の聖地メッカに偏在しているという、防衛システム網の穴を狙った攻撃とも言えます。)

これが誰の犯行であったとしても、今回の事件は“新たな戦争の形態”を示すものであるといえます。言い換えれば、これまでの防衛システム(ある程度の高度で飛行するミサイルには有効だが、低空飛行が可能なドローン兵器や無人攻撃機、そして巡航ミサイルによる攻撃には対応しきれない)では対応できない事態に直面することになったということです。

そして、非政府組織の武装集団が、そのようなキャパシティーを手にし、自在に操る時代になったという見方もできます。皮肉にもAI兵器やロボット兵器などへの国際的な対応(規制)が話し合われる中、今回の事件の首謀者は見事に攻撃をやってのけたという非常に懸念される事態だといえます。

今回の件で、おそらくもっとも割を食ったのはアメリカでしょう。それは、今回、見事に脆弱性を露呈したサウジアラビアの防衛システムは、アメリカがサウジアラビアに買わせて配備した“最新鋭”のものだったからです。

これまでアメリカ政府は、アメリカ製の迎撃ミサイル(パトリオットミサイルなど)をはじめ、多くの武器を中東諸国に買わせてきました。サウジアラビアは言うまでもなく、その中でも最大の顧客で、そのアメリカ製の防衛システムが非常に重厚に導入されているサウジアラビアで、今回の攻撃に対して、それらのシステムが全く役に立たなかったことは、世界で武器輸出を進めるトランプ政権にとっては、顔に泥を塗られた形と言えるかと思います。

今回の事態で生じた諸問題に対するリスクマネジメントを誤ると、今後の武器ビジネスに大きな影響を与えるばかりか、ロシアサイド(イラン、トルコを含む)にアメリカ製の防衛システムの脆弱性を露呈したともいえるからです。

ゆえに、トランプ政権としては、何としても真犯人を探し出したいと考えており、一応、いつも通り“政治的な理由で”イランを犯人に仕立てようとしています。しかし、イランは最高指導者ハーマネイ師も、ロウハニ大統領も、そしてザリフ外相も、今回の一連の攻撃へのイランの関与は全面否定し、「イエメンをめちゃくちゃにしたサウジアラビアが報いを受けたのだ」と主張しています。

真犯人については、まだ明らかになっていませんし、もしかしたら今後も明らかにならないかもしれませんが、一つ言えることは、これで、確実に今月末に開催できるかもしれなかった米・イラン首脳会談(@国連)の可能性はほぼなくなったということでしょう。緊張緩和の絶好のチャンスだと考えられていたため、非常に残念な状況です。

しかし、ここで大きなクエスチョンマークが生じます。『なぜ、今だったのか?』と。誰が実行したのか・主導したのかは別として、『アメリカとイランの緊張が緩和されることを良しとしない勢力』が、トランプ・ロウハニ会談の芽を摘みたかったからと言えるかと思います。

両国間の緊張関係が緩和されることで、立場が脅かされる勢力(既得権益を失いかねない勢力)が、9月24日からの国連総会首脳会合の準備のための最終段階を狙い、緊張緩和の可能性を消し、逆に緊張を高めるための“攻撃”を演出したのでしょう。

そして、トランプ大統領が、イランとの対話のチャンネルを開くために、イエメン内戦の仲介を行おうとしている動きについては以前触れましたが、その当事者でもあるサウジアラビアを攻撃することで、イエメン内戦を収めるためのチャンスも吹っ飛ばしました。これは、6月の安倍総理のテヘラン訪問時に起こったタンカー襲撃事件の背後にあった理由にもつながるかもしれません。

では誰が行ったのでしょうか。完全な憶測になってしまうかもしれませんが、それは『今回の件で、得をするのは誰か』というポイントを見てみれば予測ができるかもしれません。

一つの可能性は、あくまでも完全なる推測ですが、イスラエルです。今回、公開されている衛星写真や動画などから判断すると、イスラエルによる直接的な攻撃はなかったと考えられますが、もし世界最高と言われる軍事技術を“実行犯”に提供して、今回の攻撃の背後で糸を引いているとしたら。(今回の攻撃の精度と、あまりにもピンポイントでロスなく攻撃している点から、とても“イスラエルっぽい”雰囲気が漂っています。)

では、なぜイスラエルの可能性を感じるのか。それは、今回のメルマガの冒頭でも挙げましたが、ちょうど17日に総選挙が実施されましたが、イラン主導と考えられる攻撃を演出することで、選挙で劣勢に立たされているネタニヤフ首相にとっては、「イランは油断ならないから、イスラエルからの強い対応は必須だろう。そして、それができるのはリクードだけ」というロジックを訴えかけて、選挙戦終盤での勢力の盛り返しを画策したという穿った見方も可能かと思います。

実際の獲得議席数を見た際に、その狙いはあまり大きくは叶えられなかったように思いますが、諸々の情報と状況を見た際に、一見、陰謀論に与しているかに思われる説も、ありうるような気がします。ただこの説では、『じゃあ、いったい“だれ”をエージェントとして使ったのか』という大事なポイントは明らかにはなりません。

さらに、穿った考え方をすれば、もしかしたらサウジアラビアの自作自演ということも考えられます。普通ならば、自国経済の核である原油施設を半分近く失うような攻撃を自ら演出するとは到底考えられませんが、様々な情報を分析してみると、可能性はゼロではなかったといえます。

例えば、今回の実行犯を“イラン”と勝手に確定することで、イランへの対抗策として、ビンサルマン皇太子が何度か口にしている『サウジアラビア独自の核開発』を後押しする狙いが考えられます。

「イランは核開発を進めている上に、アメリカなどが開発してきた無人攻撃機をレーダー誘導で奪取し、今や実用化して実践配備しています。そして、フーシー派やシリア政府軍、他にイラン革命防衛隊がサポートする武装組織に配備されていると考えられます。ゆえに、その脅威に立ち向かうために、サウジアラビアは独自に対抗策の開発と配備を急ぐべき」と主張し、脱石油依存経済への転換を掲げるビンサルマン皇太子の政策の重点推進分野に位置づけるというシナリオです。

それに加えて、この“動き”は、防衛システムのアメリカへの過剰な依存からの脱却の理由付けに使えるでしょう。イランが行ってきたように、アメリカ製のものを応用して、自国での開発に傾倒する可能性を開くきっかけに用いるかもしれません。

そして大被害を被った原油施設とサウジアラビアの生産能力ですが、仮にアブドラアジズ大臣やアラムコの幹部が言うように「月内にはフルキャパシティーに戻すことができる」のであれば、今回の攻撃による“被害”も、あらかじめ計算し、周到に準備していたのかもしれません。そのキャパシティーと可能性については、私は懐疑的ですので、完全な推測ですが。

では、仮にイランの“誰か”だったらどうでしょうか。ハーマネイ師とロウハニ大統領がアメリカとの対決姿勢は崩さない中、緊張緩和(イラン的には、経済制裁の撤廃)のために対話の可能性を探っていますので、正規軍やハーマネイ師が実権を握る革命防衛隊そのものによる仕業とは考えづらいところです。

しかし、革命防衛隊に支援されているフーシー派や、国内の対米強硬派(その急先鋒がアフメニジャド元大統領の勢力)、イラク国内で勢力を確立しているシーア派武装組織であれば、能力・装備的に今回のような攻撃はできるかもしれません。緊張関係が続く限り、自分たちの存在意義(raison d’etre)が維持できるという理由から、ハーマネイ師やロウハニ大統領の意向とは関係なく、実行したとも考えることができます。

『サウジアラビアへの宣戦布告』という形をとることで今回の攻撃が実行されたのであれば、イランとサウジアラビアの直接戦争の可能性が高まるかもしれません。これは、イラン国内の友人たちの考えも反映していますが、このシナリオの可能性については、望ましくないとしつつ、否定はできないとのことでした。

ただし、もし戦争が勃発してしまうと、確実にアメリカは巻き込まれ、そしてイラン核合意を保持したい欧州各国も干渉を余儀なくされるでしょう。そして、サウジアラビアとイラン、両国と良好な関係を保つ稀有な国、日本も外交上大きなジレンマに直面することになってしまいます。

実行犯の特定については、事実関係の確認に加えて、政治的・外交的な意向が働きますので、実際にどうなるのかはわかりませんが、今回の案件で得をした可能性があるactorsがいくつか考えられます。

例えば、ロシアについては、確実に中東地域におけるプレゼンスの拡大という戦略に鑑みると、大きなプラスとなったと考えられます。サウジアラビアの原油施設への“本格的な次世代型攻撃”により、アメリカ製システムの脆弱性が明らかになったことで、自国製の武器を売り込む窓口を開いたとも読むことができます。

ビンサルマン皇太子はトランプ大統領と近いとされますが、プーチン大統領とも近く、そして中国とも面白い距離を保っている策士です。そして、仲がいいとされている(でも実はあまり好きではないらしい)クシュナー上級顧問と少し距離を置くチャンスを、ロシアがサウジアラビアの中枢に入り込んでくることで、提供するかもしれません。

同じことは、中東地域への進出を加速させている中国にも言えます。アメリカ製のシステムへの信頼性が揺らいだことで、迅速かつ適切な後始末と対応がアメリカ側からもたらされない限り、もしかしたらビンサルマン皇太子は、ロシアと天秤にかける形で、中国への接近を加速させ、中国からの武器調達もしくは、共同開発に舵を切る可能性も否めません。

それは、今回の件にはあまり関わっていないとされる、エルドアン大統領のトルコの最近のギャンブルを見てみるとよく分かるかと思います。核弾頭も配備するNATO軍の主力基地をホストしながら、ロシア製のS400ミサイルの配備を決め、今後、武器の共同開発までロシアと行おうという動きが、どうもビンサルマン皇太子が選びそうなギャンブルと類似しているように思われるのです。

実際はどうであれ、確実に進むのは、中東地域の不安定化と軍事力強化に向けた動きです。サウジアラビアはこれで軍事力強化、特に核開発に進むかもしれませんし、その周辺国も“イラン対策”(同時に“イスラエル対策”)と称して、軍拡競争が進むかもしれません。

そして米ソ冷戦時代の軍拡と違うところは、その武器や兵器が、それぞれが支援する非政府組織の武装組織にも流され、武器のコントロールができなくなる恐れと、兵器の自動化による制御の困難さの向上です。

このまま進むと、決して国際協調や平和にとっては、好ましくない方向に進み、中東情勢はさらに不安定化することになるでしょう。もしかしたら、再度、中東戦争が勃発する引き金になるかもしません。

そして、そこに決定打を撃ちかねないのがトランプ政権内で高まるイラン攻撃論です。せっかくイランに対して超強硬派のボルトン補佐官を更迭してイランとの融和の可能性を高めましたが、今回の事件を受けて、ペンス副大統領やポンペオ国務長官、エスパー国防長官などがイランへの攻撃準備を整えていると発言し、トランプ大統領も「戦争は好ましくないが」と前置きしたうえで、「オプションはいつでもテーブルに乗っている」と発言するなど、米国政府は、自らの面子と、アメリカの兵器産業の利益を守るために、必要以上の強硬策に出る可能性が高まっているように思います。

北朝鮮問題そしてイランをめぐる問題で、一旦、対話モードが高まり、今年後半は緊張が緩和されるかと期待していましたが、一気に戦争の可能性が高まってきました。そのactorsが誰になるかは、現時点ではわかりませんが。私は非常に懸念を抱いています。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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