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国際交渉人が懸念。アジアを混乱に陥れるトランプ外交の袋小路

アメリカの大統領選まであと1年。再選のみをターゲットとして繰り出されるトランプ大統領の外交・経済戦略が袋小路に入り込んでいると語るのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、トランプ外交により混乱に陥っている朝鮮半島情勢と中東情勢を詳しく解説。特に中東に関しては、トルコとサウジの動きにより世界戦争が始まるかもしれないと、最大級の懸念を示しています。

トランプ外交がもたらす国際情勢への甚大な危機

アメリカ大統領選まであと1年ちょっととなり、トランプ政権の外交フロントもいろいろと騒がしくなってきました。強硬姿勢を崩さない対イラン情勢、過度な肩入れをするイスラエル情勢、シリアやイラクなどに代表される中東情勢、中国との激化する一方の貿易戦争、日本以外とは遅々として進まないFTA交渉、そして北朝鮮情勢。

何とか外交・経済面で得点を稼ぎ、来年の再選に繋げたいとの思惑とは逆に、成果は乏しく、もしかしたら、トランプ大統領の足を引っ張りかねない状況になっています。国内の政治的なゲームと結びついているウクライナ疑惑や、解決の糸口が見つからず、相手にもされていないメキシコ・ベネズエラをはじめとするラテンアメリカ問題は別として、トランプ政権は中東地域とアジア地域の2正面で戦いを仕掛け、どれも袋小路に陥っています。

米中貿易戦争(報復関税合戦)は、このところ、中長期的にはアメリカへの打撃も大きく、中国を利する可能性があることで少しアメリカ側の軟化も見られますが、米中間の実務者協議での議論も平行線をたどり、今期中の解決は期待できないかと思います。

これにより、東南アジア諸国の経済成長ミラクルは止まるかスピードが著しく落ちますが、すでに『アジア経済のアジア化』(アジア地域で生産し、消費するというアジア版地産地消で、アジア外の地域への輸出が減っているという状況)を受けて、ショックの吸収も進んでいるかと思います。同時に、東南アジア諸国のアメリカ離れも加速しています。今回、中国に終わりなき戦いを挑んだことで、アメリカは東南アジア諸国を失うことになったようです。

次に北朝鮮問題を含む朝鮮半島情勢です。昨年6月12日のシンガポールでの第1回米朝首脳会談では、大きな成果こそなかったものの、アメリカの現職大統領と北朝鮮の国家元首が初めて顔合わせをするという歴史的な内容であったため、およそ70年にわたる対立と緊張関係にピリオドが打たれ、北東アジアに新しいパワーバランスが生まれるのではないかとの期待が持ち上がりましたが、以降、見事に北朝鮮外交の術にはまったのかどうかは別として、全く解決に糸口は見えてきませんし、10月5日にストックホルムで開催された米朝の実務者協議も物別れに終わっています。これまで、ディールメイキングのために、北朝鮮が短距離弾道ミサイルやSLBMなどの実験を行っても、「金総書記とは非常にいい関係にある」と、まるで自らに言い聞かせるかのように、不問に付してきましたが、ついにそれも終わりを迎えそうな気配です。

10月5日の実務者協議が物別れに終わり、また北朝鮮側からの一方的なアメリカ批判を受け、トランプ大統領と安全保障チームは、一旦は棚上げにした北朝鮮攻撃プランを再度テーブルに乗せた模様です。その表れは、F/A18戦闘機(スーパーホーネット)を中心とした具体的な攻撃プランの検討と、B2戦略爆撃機のシステムの更新です。

以前、オプションとして検討された際には、韓国をまだ同盟国・パートナーとして見ていましたが、今回は韓国との協力は視野に入れず、あくまでも日本の自衛隊との協力のみを想定し、実質的には米軍のみの作戦遂行を計画している模様です。そして『北朝鮮がICBMを発射した瞬間、北朝鮮を焦土化する』との方向性も、そこには含まれているようです。

その表れが、地下施設を確実に核兵器により攻撃が可能なB1-B爆撃機を派遣するリストに入れたことでしょう。核弾頭を搭載したICBMを北朝鮮が発射するようなことがあれば、このB1-Bが北朝鮮の地下施設をことごとく破壊し、地上の殲滅はスーパーホーネットとB2爆撃機で対応するということでしょう。恐怖のシナリオです。

これは何を指すか。大韓民国の出方次第では、韓国も含めた朝鮮半島全体を巻き込む攻撃になる可能性です。以前から何度も触れていますが、在韓米軍の撤退が検討され、時期も早められているとの情報に加え、ことごとく戦略的な兵器とシステムが日本に移動していることから、米政権内の安全保障チームでは、ほぼ韓国切りが完了していることが推測できます。

仮に攻撃に踏み切る場合、決定的な兵力を用いた迅速かつ本格的な攻撃になるかと思いますが、その実施に当たり、事態の不必要な拡大と長期化を防ぐため、中国とロシアに対して事前に断りを入れておく必要があります。両国とは、ニュース上では緊張関係にありますが、本件に関しては、今週に入って、米中ロの安全保障関係者が会ったらしいとの情報から、何かしら詰めの最終段階にきているのではないかと勘繰りたくなります。10月5日の米朝実務者協議後、アメリカ側は『2週間後の再会』に言及していましたが、もしかしたらこの『2週間』が朝鮮半島の命運を決める最後のチャンスになるのかもしれません。

次に中東情勢全般での、アメリカ外交方針のシフト・大転換の兆しについてです。対イラン情勢については、残念ながら大きな変化はなく、相変わらず解決の糸口は開かれていませんが、最近になって大きく変わったのが、アメリカの“シリア絡み”のトルコへの対応と、サウジアラビアに対するコミットメントです。

トルコに関しては、すでに今回のメルマガの冒頭部分で触れましたが、トランプ大統領とエルドアン大統領との電話会談後、突拍子もなく「トルコは近々シリア北東部に侵入する。アメリカとしては厳重に抗議するが、特に介入は行わない」とのコメントがTwitterに投稿されました。

これはイランやシリアを勢いづけることになるとの考えから、アメリカの議会は非常に反発し、トルコへの制裁の強化を訴えたこともあり、すぐさま「一線を越えた場合は、トルコに対する非常に厳しい制裁を発動する」と立場を修正していますが、これまでのところ、トランプ大統領からは『その“一線”が何を指すのか』明らかになっていないことから、混乱は収まっていません。

その隙を狙ったかのように、10月10日トルコの地上軍が国境を超え、シリア北東部にあるクルド人地域への侵攻を行いました。シリア政府からは公式に抗議がなされていますが、アサド政権の後ろ盾の一つであるトルコ(ほかはイランとロシア)に対して、トランプ大統領同様、何か具体的な行動はとらない模様です。これで確実に、またクルド民族は見捨てられることになりますが、今回の不可解なトルコ・エルドアン大統領へのプレゼントは、間違いなく近いうちに、アメリカ国内外で、トランプ外交に大きな試練となりそうです。

しかし、興味深いのが、トランプ外交の方針転換とは直接的に関係はないかと思いますが、EUの外交的“無反応”です。これはエルドアン大統領のシリア北東部侵攻の“目的”に関連しています。今回の侵攻に際し、トルコはシリア北東部からクルド人武装勢力を追い出し、その地域にトルコに逃げてきたシリアからの避難民を移住させるとの計画を示しています。

EUとトルコの間の微妙な綱引き外交の主なイシューの一つが、『欧州各国に押し寄せるはずだったシリア難民をトルコで留めおく』という処置の継続性です。エルドアン大統領がEUに対して用いるカードとして、「もしEUがことごとくトルコの邪魔をするのであれば、国内のシリア難民の収容をやめて、欧州に送るか送り返す」という脅しがあります。

今回、そのシリア難民たちの移住の地の確保を目的としているとのことなので、EU各国はあまり厳しい非難を行っていません。この欧州のチョイスが今後、どのような結果を招くのか。アメリカの実際の反応の方向性と合わせて、先行きは非常に不透明です。

そして、最近、アメリカの対中東政策でじわじわ顕在化しているのが、アメリカによる『サウジアラビア切り』の兆しです。イスタンブールにある領事館で、ジャーナリストのカショギ氏を惨殺した事件に確実にサウジアラビアの“トップ”が関与していることが明らかになったにも拘らず、ビンサルマン皇太子をかばう姿勢を見せたトランプ政権でしたが、それを機に「もう面倒を見切れない」との心境に変化してきているとのことです。

そして、イラン問題と絡めて、サウジアラビアも当事者であるイエメン内戦の“調停”をアメリカが行うことで、何とか打開策を探っていたトランプ政権の方針に、サウジアラビアが真っ向から対立し、その後、発生したサウジアラビア東部の石油関連施設への攻撃の責任をイランになすりつけようとしたアメリカの姿勢にも迅速に対応しなかったことで、トランプ政権も業を煮やしたと言われています。

そこには、アメリカのほかに、中国やロシアにいい顔をする八方美人外交にアメリカが我慢しきれなくなったという点も指摘できます。加えて、アメリカ国内でシェール革命がおき、今や世界1位の原油・天然ガス輸出国に返り咲いたことから、中東、特にサウジアラビアへの原油調達依存度が著しく下がり、今このタイミングでの『サウジアラビア切り』にシフトしたのではないかと思われます。

その『サウジアラビア切り』に敏感に反応したのが、これまでイエメン内戦をはじめ、対イラン戦線でも盟友であったUAE(アラブ首長国連邦)で、先のサウジアラビア東部の油田へのフーシー派による攻撃(ドローンなどを用いた遠隔攻撃)を受け、地域の金融センターであるドバイを抱える国としては、同じようにターゲットにされてはたまらないと、急にサウジアラビアを裏切り、今ではフーシー派に付いているようにさえ思われる動きが目立ってきています。

実際にこれまで、サウジアラビアとともに支援してきた暫定政府側の軍を攻撃しています。またそれに対し、アメリカ政府もUAEの方針を支持する姿勢を示していることから、一気にアメリカ・トランプ政権によるサウジアラビア熱が冷めている気配が感じられます。

アメリカやUAEの“心変わり”を敏感に察知したのか、サウジアラビアのモハメッド・ビンサルマン皇太子は、最近、接近を続けているロシア・プーチン大統領や中国との関係を強めるような動きに出るのではないかと思われています。イラン憎し!!!では、イスラエルやアメリカと“共同戦線”を取ることができるかもしれませんが、今回の動きは、確実に中東における勢力地図の大幅な書き換えにつながるかもしれません。

同じく八方美人外交をしてアメリカを苛立たせるトルコとの連帯が、何らかの形で生まれるようなことがあれば、痛々しい歴史が繰り返され、再度、中東・アラビア半島が、列強諸国の草刈り場兼代理戦争の場、そして最悪の場合、新型兵器の実験場になってしまうかもしれません。

そして、しばらく続いてきた中東における非常に微妙な平和が一気に音を立てて崩れだすのも時間の問題でしょう。アメリカの次の大統領が決まるのが早いか。それとも中東発の世界戦争が始まるのが早いか。世界は今、再び非常に不穏で不安定な状況に陥っているように思われます。

image by: a katz / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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