大型で強い勢力を保ったまま日本に上陸し、列島に甚大な被害をもたらした台風19号。多くの人命が失われる事態となってしまったのですが、防ぐすべはなかったのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、今回の台風に関するNHKの報道姿勢・内容を強烈に批判するとともに、犠牲者を減らすためにも改善すべきと記しています。
台風被災、犠牲者を出さないために報道姿勢の見直しを
台風19号については、上陸前の伊豆諸島沖で中心気圧が915ヘクトパスカル、上陸時の予想でも945ヘクトパスカルという「壊滅的な規模」であり、政権の中枢では、もしかしたら数百から千の単位の犠牲者数を覚悟したのかもしれません。仮にそうだとして、60前後という犠牲者数を知って「安堵」したにしても、二階幹事長はそんなことを口にすべきではなかったと思います。
理由は簡単です。
いまだに予測技術の確立していない地震と比較しますと、同じ自然災害ではありますが、台風の上陸や接近というのは予測可能だからです。
予測が可能であるにも関わらず、犠牲が出てしまうというのは「人災」です。そこには様々な問題が潜んでいますが、今回は台風接近時点での報道について見直しを提言したいと思います。
まず「特別警報」が「出た」ということをニュースにするというのは、そのぐらい深刻だから「すぐに避難を」という警告のためだと思います。にも関わらず、無意味な報道が多すぎます。例えば十何県も同時に出たのは史上初だとか、うちの県での特別警報は初の発令だとかいうのですが、その「史上初」に何の意味があるのでしょうか?
そのぐらい厳しいからすぐに逃げろというニュアンスではなく、単に「目新しい」とか「記録的なのでニュースの価値がある」というような思考停止で喋っているだけのように聞こえます。猛省していただきたいです。同時に多くの県で出ようが、その県において史上初だろうが、とにかく水位上昇が見込まれてハザードマップ上危険な場所に住んでいる人に、あるいは土砂災害のリスクが高まっている地域に対して、警告を出すことが最優先のはずです。
この点に関して言えば、台風接近の途中での死亡・不明者の数に意味があるかという問題があります。これはNHKではなく、新聞社だと思いますが、12日のある時点で「台風19号で現時点では死亡2、不明が3、避難所に17万」などという数字を発表していました。失礼ながらバカじゃないかと思うのです。
どうして「死亡2」とか言うのでしょうか?もう既に死者が出たのだから警戒を強めよと言うのなら分かりますが、最終的には50を超える犠牲者が出る災害の序盤で「2名」とか「事実」を伝えることに何の意味があるのでしょう?
もっと意味不明なのは「避難所に17万」と言う数字を死亡や不明と並べて発表する神経です。これではまるで「大勢避難していて大変」と言っているようなものです。勿論、平常の生活を中断して、不自由で慣れない避難所に行く人は少ないに越したことはありません。
ですが、台風が接近上陸の真っ最中であれば、とにかく避難所に入って安全を確保したと言うのは「良いこと」であるはずです。そのことをしっかり理解していれば、「避難所に17万」と言う数字を死亡や不明と並べて伝えるということはないはずです。
ついで言うのなら「避難所では不安な夜を過ごしている」と言う常套句があります。これもヤメていただきたいです。とにかく台風被災の真っ只中では、避難所で安全を確保しているのは「良いこと」なのです。勿論、被災者の方々にとっては、自宅が壊れていないか「不安な夜」を過ごしているのは本当だと思います。そうではあるのですが、とにかくこの時点では避難を徹底するのが最優先なのですから「とりあえず避難所に入って安心した」と言うコメントを拾って流すべきと思うのです。
今回もそうですが、気象庁が悩みながら試行錯誤をして頑張っているのは事実だと思います。ですが、どう考えても特別警報というのはおかしいと思います。
まず「少しでも命の助かる行動を」というフレーズがここ数年「発明」されていますが、おかしいと思います。そんな日本語はないからです。まるで遭難覚悟で風雨に打たれてさまよっている人に天の声としてアドバイスしているような感じで、ニュアンスが意味不明だからです。人によっては「オレは自分の命は自分で守る、大きなお世話だ」というような反発を食らうかもしれません。
だったら具体的に「ハザードマップと、河川水位、放流計画を考えて、危険ならすぐに逃げろ」とか「累積降水量が危険レベルに達して裏山が危なそうなら逃げろ」とした方が伝わるのではないでしょうか?
その前に、もう風雨が強まっていていたり、日没後となって場合によっては避難が危険になっていることを分かった上で、逃げられなければ垂直避難をなどというのを含めて絶叫調でやるというのは間違っていると思います。
絶叫調で避難を呼びかけるのは、台風接近で風雨が出てくる前、公的交通機関や道路が機能しているうちに行うべきです。
アメリカやカリブ海などのハリケーンが頻繁に来襲する地域では、予報円を見て「上陸可能性の48時間から72時間前に知事が非常事態宣言をする」のが当たり前になっています。非常事態宣言とは「ハザードマップで避難対象の場合は強制避難命令」ですし、道路や公的交通機関は「被災12時間から24時間前をメドに遮断」するのでその前に避難せよとか、その遮断タイム以降は緊急車両以外は通行止にすると言った戒厳令並みの対応です。
日本の場合は、政府に裏切られて戦争に負けた経験があるので、戒厳令並みとかいうと、「お上と庶民のバトル」感覚から反発を食らうのかもしれませんが、だからと言って風雨が強まってから「特別警報」というのはナンセンスだと思います。
そもそも気象庁にしても「特別警報が出る前に避難を」とか言っていますが、だったら風雨が来る前に特別警報をどうして出さないのか、理解に苦しみます。
その結果として、特別警報が出たら「命を守れ」などと叫びながら「危険なら避難しなくてもいい」などという意味不明のメッセージになるわけです。
アメリカでは、NHKの報道しか基本的に見られないので、民放各局の対応はわからないのですが、NHKに関していえば、基本的に三連休モードで対応していたのは問題だと思います。エース級は、13日の高瀬耕造アナ、12日の斉田 季実治予報士、13日の南利幸予報士ぐらいで、その他は主力級ではありませんでした。
これだけの国家的危機なのですから、三連休とか働き方とかいうのは一時的に返上してエース級による高度なアナウンスで被災者や全国の人々に安心を届けていただきたいと思ったのです。
エース級が出ていないということでは、恐らくディレクターもエース級ではなかったようで、どうにも危機感が不足していたように思います。
例えば、今回は河川の氾濫が大きな被害をもたらしたわけですが、降雨時点での雨雲レーダー、そしてのその後の河川の水位情報、そして放流計画を重ねて行けば、各河川ごとの危険は特定できるはずです。そうした情報は、勿論今後はネットでリアルタイムで提供できるようにすべきですが、その前に、NHKなどの公共放送が頑張って伝えるべきと思います。今回はそれが不足していたように思います。
そう考えると、NHKとして全国の主要河川にモニターカメラをどうして設置しないのか理解に苦しみます。河川の水位だけでなく、ハザード箇所は全部モニターカメラ、しかも可動式にして迅速にリアルタイムの映像を出せば、もっともっと切迫感が伝わって、助かる人も増えたのではないかと思うのです。
後は、報道姿勢の問題です。例えば、台風15号で被災した館山では避難所が満員になったという報道がありましたが、信じられません。そんなのは当たり前だからです。問題は、避難所が満員になることではなくて、避難していない人が問題なのです。そうしたケースがないかどうか、徹底的に取材して警告を出していくことが必要で、報道というのはそうした使命があるのだと思います。
報道の使命ということでは、危険を冒して報道すると批判されるという風潮があって、まだ台風が接近もしていないのに「ヘルメットかぶって、安全な場所から報道しています」などというのは、とにかく信じられません。風雨が強くなっても、ノウハウと装備があり、警察や消防当局と協力して取材すれば安全は確保できます。その上で、これは大変だ、これは避難しなくちゃいけない、これは助けに行かなくちゃいけないという切迫感のある映像を届けることが必要で、日本の各TV局はいつからその責任から降りてしまったのでしょうか。
一番腹がたつのは、まだまだ河川が増水していて、土砂災害のリスクも続いているのに、チャイムを鳴らしたり「ここで速報が入りました」などと言って「大雨特別警報が解除された」ことを報道するということです。
勿論、そこでは「大雨特別警報が解除されても危険は続く」という説明はあるのですが、危険が続くのならどうして警報を解除するのか、それが気象庁の科学的定義で仕方なくやっているにしても、どうしてチャイムを鳴らして、ここで速報ですなどと言って「解除報道」をするのか、全く意味不明です。怒りしか感じません。
後は、被災の後の報道で「詳しいことはわかりません」というコメントが多すぎるのが気がかりです。過疎化すれば地方自治体の税収は細くなり、要員も削減されます。その結果として、被災状況の把握が難しく、結果的に救援も遅れがちになるわけです。
とにかく地方自治体の疲弊、弱体化は明らかなのですが、例えば全国的に組織力があり、資金も潤沢なNHKなどが率先して被災状況の徹底的なローラー調査などを行なってはどうなのでしょうか?このままでは、東日本全体が南房総になってしまうように思うのです。
いずれにしても、今回の台風被災にあたって、報道にはいくらでも工夫する余地があり、もしもそうした工夫が実現できるようなら、例えば土砂災害にしても、家屋の浸水にしても、犠牲者を減らすための効果はあるように思います。
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