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国際交渉人が読み解く。トルコが主役の“中東シャッフル”SHOW

トルコのエルドアン大統領が、クルド人の勢力圏となっているシリア北東部に侵攻。お墨付きを与えてしまったトランプ大統領は、国内外の非難により停戦交渉に乗り出しましたが、トルコは攻撃の姿勢を崩していません。シリア情勢、中東情勢は今後どのように動いていくのでしょうか。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんが、独自の情報網から、この複雑に絡みあった難解な中東情勢を読み解いてくれます。

トルコが主役の“中東シャッフル”SHOW

イラン情勢の深刻化、サウジアラビアが経験する最大の試練、そして大国の影…中東における混乱は高まる一方です。そしてそこに止めを刺すのが、トルコ・エルドアン大統領が始めたシリア北東部のクルド人勢力への一斉攻撃を巡る安全保障・外交上のend gameです。

トランプ大統領とエルドアン大統領が電話会議を行った直後、トランプ大統領はお馴染みのTwitterで「トルコが近日中にシリア北東部に侵攻する。非常に憂慮すべき事態だが、アメリカとしては一切対策を講じることはしない」と、実質的にエルドアン大統領に攻撃許可、攻撃の黙認を意味する投稿をしました。

国内外から「クルド民族をアメリカは公に見捨てるのか」と非難が殺到し、慌ててトルコへの経済制裁の強化に言及しましたが、一度“お墨付き”をもらったエルドアン大統領は、遠慮なく、シリア北東部に侵攻し、すでに陸海両戦力をもってクルド人武装勢力への一斉攻撃を実施しています。

アメリカ政府としては、16日からペンス副大統領とポンペオ国務長官をトルコの首都アンカラに派遣して停戦を呼びかけるというモーションをかけていますが、エルドアン大統領は「停戦などあり得ない話。これを機に悪夢を葬り去る」と、攻撃をやめる気配はありません。

シリアの政府軍(アサド政権軍)は、「シリア領土への侵攻は看過できない」と政府軍を、一度は捨てた北東部に派遣し、トルコに対する対決姿勢を示していますが、その真の“意図”については謎です。

以前より何度もお話ししている通り、アサド政権にとって大事な後ろ盾として“君臨”するのがトルコであり、そしてロシアとイランです。ロシアは別としても、シリア、トルコ、イランに共通する利害があるとすれば、アメリカへの対抗以外に、クルド人勢力の国内からの追放です。

アサド政権軍としては、一度、北東部をクルド勢力とアメリカに奪われていますので、表向きはトルコ軍が国境を越えて進軍したことに“抗議”しつつ、実際には、これを好機と捉え、北東部の奪還とクルド人勢力の追放を目論んでいるようです。それはなぜか。

このところ、アサド政権軍が勢いを取り戻し、この北東部を除いては、国内を制圧していることから、この北東部を混乱に紛れて取り戻すことで、長年悩まされてきた“内戦”に、やっと実質的な終止符を打つことができるという現実を見れば、今回のシリア政府軍の北東部への進軍の真の目的が、トルコへの単なる抗議と牽制でないことは明らかでしょう。

ゆえに、表向きは、トルコ軍と対峙しているように見せかけつつ、実際には、エルドアン大統領とアサド大統領は入念に打ち合わせをしたうえで、今回の行動に臨んでいることがわかります。シリアは、内戦の終結とアサド政権の支配の確保が可能になり、トルコにとっては、クルド人に打撃を与えられるとともに、国内に数百万人滞在するとされるシリア難民を“帰国”させる好機になっています。

両国の利害が一致している今回の事態では、シリアとトルコの両国軍が正面からぶつかることはまずありえません。ゆえに、外交・安全保障上、人為的に作られたtensionと呼ぶことができるでしょう。

同じコンテクストで、イランもアサド大統領とエルドアン大統領の目論見に全面的に賛成しています。イランも国内のクルド人勢力が、治安上の不安定要因となっているとの理解で、その排除が長年の“夢”です。今回、直接的な派兵はないでしょうが、確実に今回のトルコ・シリア作のドラマに支援を惜しまない様子です。

その後ろで決定的な影響力を強めているのがロシアです。中東地域への足掛かりに定めているシリアにおいて、「トルコがシリア北東部に侵入してくることは遺憾である」とのコメントを出していますが、今回のエルドアン大統領のトルコによる侵攻については、事前に、かなり入念にロシアとの打ち合わせと方針の確認が行われた模様です。

つまり、ロシアとしても、外交ルート上は、非難し、そして懸念を表明していますが、実際には、おそらく今回の事態の指揮者的な役割を果たしているものと思われます。その証拠といっていいかわかりませんが、シリア政府軍内、そしてトルコ国軍内にも、ロシア軍のアドバイザーが帯同していて、一挙手一投足をorchestrateしているとの情報もあります。ゆえに、中東地域におけるロシアのプレゼンスの急激な高まりが明らかになってきています。

そして、アメリカには不本意でしょうが、そのロシアの思惑を側面からサポートしている様子なのが、なんとモハメッド・ビンサルマン皇太子のサウジアラビアのようです。イエメンのフーシー派他によるサウジアラビア東部の原油関連施設への同時テロ攻撃以降、アメリカ製の防衛システムへの信頼性が失われた結果、ビンサルマン皇太子のロシアへの傾倒が目立つようになってきています。実質的には現在仲たがいしていますが、まるでトルコのエルドアン大統領が選択している米ロ両天秤戦略に類似しているように思われます。

この動きを止めるためかどうかは分かりませんが、一旦は切り離しを画策したサウジアラビアに、トランプ政権は増派するという場当たり的な対応をとっています。私個人の感覚では、残念ながら、トランプ政権の対応は遅きに失した感が否めず、確実にサウジアラビアのアメリカ離れとロシアへの接近という流れは止めることができないように考えます。

先週述べたように、サウジアラビアの盟友“だった”UAEはすでにサウジアラビアを見切ってイランに近づいていますし、そこに上記のような新しい構造の変化が見られるようになってきていることで、確実に中東地域は国際情勢におけるhotspotになってしまった感じがします。

この状況に笑いが止まらないのは、イスラエルのネタニヤフ首相でしょう。先の総選挙では思いの外、苦戦を強いられ、首相の座に留まることができるか不安要素が高まっていましたが、今回の中東勢力図のreshuffleとそれによる混乱は、彼にとっては「この混乱の中、イスラエルが生き残るには、やはり強いイスラエルが必要で、それを提供できるのはリクードの自分しかいない」というイメージを前面に打ち出すことができるようになるからです。

これでイランへの超強硬派の政策もサポートされやすくなるでしょうし、とてもfragileになってきている中東地域におけるサウジアラビアやトルコとのバランスを保つためのイスラエルの強いリーダーシップの必要性へのアピールができます。これにより、パレスチナには大変気の毒ですが、再度、クルド人同様、パレスチナ人へのイスラエルによる抑圧の度合いが高まる状況が再来するような気がします。

そして、もちろん、トランプ大統領はその方針を歓迎するでしょうが、もしかしたら、イスラエル以外の中東地域の戦略的な重要性が低下している中、アメリカの直接的な関与を弱め、イスラエルにもっと大きなフリーハンドを許すような戦略転換を行う可能性も秘めているように思えます。

この大幅でかつ広範にわたる中東情勢の変化のトリガーを弾いたのは、公約通り、中東地域からのアメリカ兵の帰還を促進したいトランプ大統領と、クルド人勢力をトルコ国内から一掃したいトルコ、そして、全土を再度掌握し、シリア内戦を終結させたいアサド大統領のシリアでしょう。そこに対立を深めるイランとサウジアラビアがスパイスを加え、出来上がったSHOWを見にロシアがやってきているという図式が描けるような気がします。

大きく勢力図が変わろうとしている中東地域での情勢転換が、地域はもちろん、世界情勢にどのような影響を与えるのか、close watchし、有事に備えておく必要があると考えています。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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