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何でもビジネスに関連付けるのは悪い癖。「巧遅拙速」の真の意味

日常生活において不思議に思ったり、ちょっと気になったあれこれについて考察するメルマガ『8人ばなし』。著者の山崎勝義さんは今回、ビジネスで金言的に用いられる「巧遅拙速」について、その類語とともに紐解きます。そして、「遅くなければいいだろう」と「拙速」な仕事をするのは、出典の前提から乖離していると指摘。さらには、何でもビジネスに関連付けず、古典として純粋に読むことも必要と説いています。

巧遅拙速のこと

「故兵聞拙速。未睹巧之久也。」『孫子』「作戦」よりの引用である。訓読すれば「故に兵は拙速を聞く。未だ巧の久しき睹(み)ざるなり。」となる。

似たものに、「兵貴神速」(兵は神速を貴ぶ)『魏志』「郭嘉伝」、「巧遅者不如拙速」(巧遅は拙速に如かず)『文章軌範』「有字集小序」などがある。

中でも3つ目の「巧遅は拙速に如かず」=「巧遅拙速」は、戦時における用兵という特殊例ではなく一般化されているということもあって現代サラリーマンの間でも半ば金言的に広く知られるところとなっている。

これを現代語訳すれば「巧くて遅いことは拙くて速いことには及ばない」となり、要は「下手でも速い方がまし」ということである。一応の念押しだが「下手で十分」とは決して言ってはいない。

そもそも序列的には、

  1. 巧速(巧い速い)
  2. 拙速(拙い速い)
  3. 巧遅(巧い遅い)
  4. 拙遅(拙い遅い)

となる筈で3より2がましだと言っているに過ぎない。言うまでもなく1は良い方に、4は悪い方に論外としている。

では拙速と巧遅の比較において拙速を上位としたのは如何なる理由からであろう。これは出典元である『文章軌範』のことを少し調べれば分かって来る。『文章軌範』は実は科挙(現代日本で言うところのキャリア官僚採用試験)のための受験参考書として編まれたものなのである。

エリート官僚なら皆そこそこ優秀なのは当たり前である。しかし大天才や大秀才は滅多に出るものではないから完璧な仕事も滅多にできるものではない。故に「巧遅」は望まない。それよりもそこそこ優秀な仕事なら普通にできるという前提がある訳だから「拙速」重視とした方が遙かに効率が良いのである。

こういった事情を無視して、拙いものを拙いと自分で分かっていながら拙速即ち善とばかりに提出するから、そこここで上司のお怒りを受けることになるのである。

話を『魏志』と『孫子』に戻す。「兵貴神速」(兵は神速を貴ぶ)、「故兵聞拙速。未睹巧之久也。」(故に兵は拙速を聞く。未だ巧の久しき睹(み)ざるなり。)この2つを「巧遅拙速」と同じようなものとして解釈するのにはやはり無理があるように思うのである。

そもそも「神速」と「拙速」は文字を並べてみるだけで意味が全然違うことが分かる。用兵のことと限るにしても、まず「秀吉の中国大返し」くらいでないと「神速」の域とは言えない。

『孫子』の例に至っては厳密に訳すと「(だから)兵力の運用は拙くても速い方がいいと聞いている。巧くて遅いというのは未だに見たことがない」となる。言っていることをざっくりまとめると「知る限りにおいては、拙い短期戦の成功例はあっても巧い長期戦などあり得ない」ということである。

戦争というものが容易に泥沼化するものであるということへの警鐘である。これはこれで現代に通ずるものがあると言えるが、さすがにビジネスワードと言うにはスケールが大き過ぎる気もしないではない。

この『孫子』に限らず、我々は何でもビジネスに関わらせて再評価しようとするきらいがある。古典を古典として純粋に読むこともたまには必要なのではないだろうか。

image by: Shutterstock.com

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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