以前掲載の「落胆の三木谷氏。ゴリ押し英語民間試験『身の丈』発言への恨み節」でもお伝えしたとおり、導入見送りとなった大学入試への英語民間試験の活用ですが、一部野党は国語の「記述式」の採用についても反対の姿勢を見せています。両科目に「深く関わっている」とされ批判的な報道の的となっているのが、ベネッセコーポレーション。そもそもなぜベネッセは、民間委託事業を引き受けるに至ったのでしょうか。米国在住の作家で同社の前身企業「福武書店」に在籍経験のある冷泉彰彦さんが、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、ベネッセが最終的に請け負った要素を考察しています。
大学入試の民間委託、業者も好きでやっているとは思えない理由
英語の民間試験構想が政治的思惑で潰されたかと思ったら、今度は改革への反発は国語の入試にも向かっているようです。つまり、新テストの国語科目における「記述式」の導入にあたって、採点を民間委託するという構想に対して、「ついでに叩こう」という動きです。
この件に関して、批判のターゲットになっているのはベネッセ・コーポレーションですが、ここで一つお断りをしておこうと思います。ベネッセというのは、その前身を福武書店といって岡山市に本社のある教育出版社でした。私は、1993年3月までこの会社に在籍しており、その意味で全く客観的に論評はできません。批判も応援も過度になるなど、社会一般とは異なる判断が入るかもしれません。
そうではあるのですが、今回の批判が眼に余るということと、現在のベネッセとしては反論ができる立場にないということもあって、あえて参考意見として申し述べたいと思います。
まず、現在はともかく、福武書店の創業者である福武哲彦(1915~1986)という人は、教育出版社という「出入り業者」と学校現場の間の「線引き」には非常に厳格でした。業者はあくまで現場を補完する存在であり、現場の問題に意見を挟んだり、現場より優越な態度を取るようなことは厳しく禁じていたのです。
それは自身が教員であった経験から、公教育の権威が揺らぐということは、社会の秩序が揺らぐことだという信念というより体感のようなものを持っていたからだと思います。哲彦氏とはかなり密度の濃い形で一緒に仕事をした時期がありましたが、とにかく原理原則に厳しい人であったことを今でも覚えています。
仮の話ですが、哲彦氏であれば、またその後継者として会社を大きくした第二の創業者とも言うべき總一郎氏であれば、「民業」がリアルな大学入試の一部を請け負うというような危険極まるビジネスにはゴーサインは出さなかったでしょう。
福武父子のことを持ち出す以前に、英語の検定試験に関しても、国語の採点業務にしても、ベネッセ・コーポレーションにとってはリスクの大きな仕事です。伝統的な本業であった参考書や模擬試験の事業との間では「利害相反」を起こす危険もありますし、何よりも入試や検定でミスを発生させたら本業への信頼にも傷がつくからです。
そうなのですが、それでも最終的に引き受けたのには、様々な要素があると思います。
まず英語検定に関しては、私は今でも本命はTOEFLだと思っていますが、TOEFLには受験料が高過ぎるという難点があります。一回230ドル、円換算で2万5,000円というのは問題です。また、TOEFLには「先進国で教育水準の高い日本で途上国並みの平均点しか出ない」という問題があります。つまり、日本人の音声認識や記憶法などとは相性が悪いのです。
かといって、日本や韓国の受験生に配慮して別コンセプトで作ったTOEIC(結局は民間試験参加を辞退しましたが)では易しすぎるし、ということで改めて日本市場向けに白紙からの開発をしたのが、ベネッセのGTECなのだと思います(私はその内容を精査はしていないので、日本人向けということが過度になると、結局は高得点を出しても話せない、聞き取れないということになる懸念は持っていますが)。
では、どうして民間なのかということですが、これは仮に民間ではなく、大学入試は大学によって実施するとして、4技能判定を行うノウハウと、マンパワーは大学にはないからです。
一方で、国語や数学の「記述式」についても民間委託への批判が出ています。こちらに関しても同じことで、民間がそんなことを引き受けるのは本来いいことではないし、引き受ける企業としてもリスクがあるので、ものすごくエキサイトしてやっているのではないと思います。
どうして「記述式」の採点を民間委託するのかというと、大学の現場はもうヘトヘトで負荷はかけられないからです。ただでさえ、国公立も私立も、入試シーズンの1月から3月までは「禁足令」が出ていて、教員は海外でどんなに重要な学会があっても出張禁止、主要な調査活動も禁止になっています。そのために、日本の研究水準、学説などの発信能力に問題が出ているのです。
では高校にやらせればいいとか、高校の先生に監督をという話もありますが、これこそ「利害相反」になります。高校教師はその高校からの進学実績が良ければ評価が上がるわけで、「先生だから公正な採点をするだろう」などという見方はできません。
ということで、消去法で民間委託となっているわけです。しかも不祥事が出れば、企業イメージは潰れますから、文科省としては気楽というわけです。
じゃあ、左派はどうして民間委託に反対しているのかというと、受験生や親、高校の不安心理を政治的に利用しようとしているのに加えて、大学でのポジションを増やして組合的な既得権を太らせようとしているのかもしれません。
いずれにしても、英語の4技能試験を先送りし、今度は記述式にもイチャモンというのは改革には逆行です。何度も申し上げますが、ここは萩生田大臣の首と引き換えに、改革を死守すべきでした。
同時にベネッセなど民間業者に関して言えば、利害相反疑惑や利益誘導、不正などを批判されるリスクが大きいのですから、入試関係の業務は非営利団体などに移管すべきと思います。
アメリカの場合では、SATやTOEFLの開発は民間委託とは言え、ETSという非営利団体がやっています。これにならって、社会的信頼を得るべきではないかと考えます。本件に関する私の見解としては以上です。
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