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国際交渉人が解説。マクロン大統領「NATOは脳死状態」発言の意味

フランスのマクロン大統領がNATO(北大西洋条約機構)の現状について、「脳死状態に陥っている」と発言し波紋を呼んでいますが、欧州でいま何が起こっているのでしょうか?メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんが、アメリカ、Brexit、トルコが絡んだNATOやEUを取り巻く現状を解説。12月初めにロンドンで開催されるNATO首脳会議が今後の国際秩序を見る上で非常に重要であると指摘しています。

欧州の漂流~フランスの賭け~Brexitとトルコの揺さぶり

NATOは脳死状態に陥っている」というフランス・マクロン大統領の発言は、大西洋の両岸で大きな波紋を呼びました。

この発言の裏にあるのは、フランスが感じる様々なジレンマだと思われます。いつまでも結論が出ないBrexit、第2次世界大戦後、欧州の雄としての地位を失い、その地位をドイツに奪われたという認識、ドゴール大統領が掲げた『欧州はフランスが統合する』というグランドデザインと現実のはざま、アメリカ・トランプ政権の欧州への無関心と威嚇など、そのジレンマの理由を数え上げればきりがありませんが、欧州はまた大きな存続の危機に直面しています。

第2次世界大戦後、戦禍の傷跡が深く、その復興に時間と資金が必要だった欧州各国でしたが、その窮地に手を差し伸べ、マーシャルプランなどを通じて、欧州復興に貢献したのは、間違いなくアメリカ合衆国でした。ゆえに、これまでGrand Allianceと言われた米英の特別な繋がりに加え、フランスもドイツも、20世紀のリーダーとなったアメリカとは密接な友好関係を継続してきました。

その図式に歪みが出たのが、2001年の同時多発テロを受けたアフガニスタン攻撃とイラクのサダム・フセイン政権打倒後の対応です。米英のGrand Allianceは変わりなく強固なままでしたが、フランスとドイツは、次第に“健全な”距離をアメリカと取り、緊張感をもった関係を続けるようになってきました。

独仏の“アメリカ離れ”が加速したのは、トランプ政権の誕生後です。トランプ大統領は欧州各国に対して貿易上のチャレンジを仕掛け、またNATOに代表される環大西洋、そしてアラブ・中東地域や中東欧にもまたがる共同安全保障体制の見直しを欧州各国に迫ったことで、大西洋に吹く隙間風は顕著になりました。

「欧州各国はアメリカによる庇護を当然のように扱っているが、そろそろ応分の負担をするべき」とするトランプ大統領の主張は腑に落ちますが、欧州にとっては、経済の状況が思わしくない中、対応を先延ばしにせざるを得ず(国内の支持層の理解が得られていないため)、アメリカの不満は高まるばかりです。

それに合わせるように、今年の頭には、マクロン大統領が発案者となり、欧州バージョンの安全保障同盟の設立が提案されるようになりました。トランプ大統領はあえて公式にはコメントしていませんが、情報筋によると、渡りに船ではないかと考えているようです。

とはいえ、ここで欧州における安全保障上の足掛かりを失うことは、中東やアフリカ情勢にも対応せざるを得ず、またロシアとの関係で中東欧諸国を舞台に勢力を維持しないといけないアメリカとしては、無碍にNATOなんてやめてしまえ!というわけにはいかないのも実情です。

そのような欧米関係新時代を模索している際に、その議論と機運に水を差したのがBrexitです。Brexitにより、欧州の結束は緩み、また延長が繰り返される離脱期限交渉は、確実にEUから統合維持のためのモメンタムを奪い去っています。その状況に大きなフラストレーションを感じての発言が、冒頭のマクロン大統領の脳死発言だと思われます。

しかし、現実は、アメリカに対抗するのであれば、フランスもドイツも、そして他の25か国の欧州諸国も、英国が必要であるという“事実”がより顕著になってきました。すでに英国はかつての力を失ったと言われていますが、歴史的に持つ調整力はいまだ健全で、米英のGrand Allianceは欧米の結束を維持するための大事な橋として機能してきました。しかし、英国のEUからの離脱(Brexit)はその橋さえも破壊しかねない状況をEUに突き付けており、EUにとっては非常に不幸な状況と言わざるを得ないでしょう。

そこに今、さらなる止めを刺しそうなのが、トルコのエルドアン大統領からの挑戦です。エルドアン大統領を切れさせたのは、長年、EUとトルコの間で領有権が争われている問題であるキプロスの扱いを巡る大きなズレです。

『北キプロスはトルコの固有の領土である』との主張を変えないエルドアン大統領ですが(どこかでよく似た話を聞いた気がしますが)、EUはその立場を認めず、『キプロスはすでにEUの一部』との主張を繰り返しています。結果、実力行使でしょうか。トルコによるキプロスにおける海底油田採掘という強硬手段が火種となり、EUが対トルコ制裁を発動するなど、争いは過激化の一途をたどっています。

加えて、エルドアン大統領を苛立たせているのが、欧州へのシリア難民の流入を食い止めているのはトルコであるにもかかわらず、それに対する負担の共有もなく、トルコのEU加盟申請手続きも長年滞っていること、そして、先のシリア北東部への侵攻によるクルド人武装組織の追放へのEUからの激しい非難などもあり、『あとはもう知らん!』と言わんばかりに、トルコに留めおいてきた欧米各国籍のIS戦闘員をそれぞれの本国に突如送り返すという“仕返し”に出ました。

すでにアメリカ人が一人、ドイツ人が一人送還されていますが、このトルコの“暴挙”は、ただでさえBrexitやナショナリストの台頭により揺れに揺れている欧州各国の内政をさらに混乱させることに発展しており、今度こそはEUは終わりだ!との声が聞こえてきています。

ドイツ・メルケル首相やフランスのマクロン大統領の手腕・リーダーシップに期待が集まるところですが、11月に就任した新しいEU委員長がどのようにEUとしての結束を保ち、EUの顔として、トルコやアメリカ、そして混乱の中東・アフリカ情勢に対応できるかは非常に見ものです。仮に彼女が行き詰まり問題を打開できない場合は、まずは経済・金融部門から解決すべし!とラガルドECB総裁の手腕に注目が集まります。

冒頭のマクロン大統領の発言は、もしかしたらこの経済・金融を握り、EU統合の命運を握るポジションにフランス人を据えたという“狙い通り”の人事戦略に基づいた、彼なりのEU統合のグランドデザインのきっかけと捉えることができるかもしれません。

長年の経済不振に苦しみ、根本的な解決策が見えてこない中、いつ爆発するかわからないBrexitという爆弾を抱え、そしていつ暴発するかわからない中東欧・南欧諸国の不満など、EU発足以来、EUは最大の危機に面しており、その意識がマクロン大統領の激しい発言と、非常に厳しい英国への対応につながっているのではないかと考えています。

もちろん、そのベースには、表向きは逆さ方面に向かっているように見える、ドイツ・メルケル首相との何とも絶妙な役割分担があるのだと考えていますが。

今後のEUの行方を占う会議となるNATO首脳会議がもうすぐロンドンで開催されます。この会議が、EUの漂流を止める布石になるのか。それとも、さらなる漂流から瓦解へと向かう破滅へのプロローグなのか。今後の新国際秩序を見るうえで目が離せない事態になりました。

image by: Alexandros Michailidis / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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