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日本経済をスカスカにした真犯人、日本発「多国籍企業」の罪と罰

新聞各紙は今冬のボーナス支給額、そしてトヨタ自動車の純利益がそれぞれ過去最高を記録したと伝えていますが、我々一般庶民が「好景気」を肌で感じることは難しいと言っても過言ではありません。その一因に「日本経済の分断」があるとするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、このような分断が生じた理由を明らかにするとともに、日本経済が「スカスカ」になった原因を考察しています。

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引き裂かれた日本経済 日本的空洞化の研究その1

日本経済の空洞化が止まりません。いつの間にか、日本経済はスカスカになっています。格差貧困ブラック労働に子どもの貧困、こうした問題が国内では進行しています。

今回の消費税アップでは、前回の3%アップ時に消費が低迷したことの再来を恐れて、軽減税率やポイント還元が行われましたが、逆に考えれば、そうした対策をしなくては2%アップのインパクトが吸収できない、そのぐらいに日本国内の購買力は弱っているのです。

その一方で、多国籍企業は空前の利益を挙げています。そしてアベノミクス効果で株高となり都心のタワーマンションなどは高騰しています。いったい日本経済に何が起こっているのでしょうか?

このシリーズでは、「空洞化」それも「日本型空洞化」をキーワードとして、このスカスカになった日本経済の状況に迫ってみたいと思います。最初に取り上げたいと思うのは、日本経済の分断、つまり日本経済というのが2つに分裂しているという問題です。

分裂の第一は「正社員経済非正規経済」の分裂です。

毎年のことですが11月になると、経済ニュースとして「冬のボーナスの増減」が話題になります。例えば、2019年の場合11月14日付の日本経済新聞(電子版)には次のような記事が掲載されています。

経団連は14日、大企業が支給する冬の賞与(ボーナス)の第1回集計をまとめた。平均妥結額は96万4,543円となり、前年比で1.49%増えた。主に春先までの堅調な企業業績を反映し、2年連続で過去最高を更新した。造船や自動車、建設が全体をけん引した。プラス幅は昨年(3.49%)より鈍ったが、経団連は「賃金引き上げの流れは継続している」とみている。

 

東証1部上場で従業員が500人以上の82社分を集計した。製造業は94万7,400円で、前年比1.54%増えた。非製造業も2.01%増え、132万7,787円となった。業種別にみると7業種が増額、5業種が減額だった。

要するにボーナスの支給額が、2年連続で過去最高」だったというのです。しかも平均妥結額は全体で96万とか、非製造業では132万という高額になっています。これは非常におかしな話です。

日本の現在の労働慣行では、正規労働、つまり正社員の場合、給料の5ヶ月分とか7ヶ月分がボーナスとして別に用意されて、夏(6月)と冬(12月)に分けて支給されています。一方で、非正規労働の場合は、会社によって呼び方は違いますが、契約社員など月収の高い契約でも、それ以外のパートや派遣社員の場合でもボーナスはありません

正規と非正規の違いは、ボーナスの有無だけではありませんが、給与体系ということで見れば、この2つを分ける大きな違いとなっています。勿論これは問題です。どうしてボーナスがあるのかというと、給料が毎月の生活費分に消えるとして、それとは別に耐久消費財を買ったり、住宅購入の頭金にしたり、あるいは住宅ローンのボーナス返済に使ったりするためです。

つまり、ボーナスのある正規雇用と、ない非正規雇用の間には、生活スタイルの決定的な違いがあるわけです。違いが連続している中での差ではなく、全く別の所得階層と言っていい差があるわけです。

百歩譲って、そうした制度があるということは前提にするにしても、今回の経団連の発表では、膨大な数の「ボーナスがゼロ」だという非正規の人はそもそも調査の対象に入っていないのです。そもそも、膨大な数の「ゼロ」を計算に入れるのであれば、絶対に「史上最高額」などというセリフは出てこないはずです。仮に正社員への支給額の平均が100万円でも、正社員と同数の契約社員がいて、彼らのボーナスがゼロであれば、平均は半額の50万円になります。

ですが、そうした計算は行われません。それは、経団連という団体が、終身雇用で守られてボーナスの支給対象となる正社員共同体の利害を代表する団体だからです。そもそも6月12月になると、ボーナスの季節になったとか、史上最高額だというのは、対象外の非正規の人々には腹立たしいだけです。にも関わらず、そうした表現が平気で使われているのです。

なぜかとというと、経済新聞を読んだり、こうした統計を見たりする人、は非正規労働者のことをほぼ100%無視しているからです。ということは、経済が2つに分かれているということです。つまりボーナスがあって、史上最高額のボーナスを受け取れる正規労働者の属している経済と、ボーナスのない非正規労働者の属している経済、日本経済と言っても、その2つは完全に分断されていると言っていいでしょう。

分断の一方である非正規労働者は、どうしてそんなに低い処遇で甘んじているのでしょうか?よく言われるのは「派遣労働法を作ったのが悪い」とか「就職氷河期があったので不公平だ」という批判ですが、そうした問題は結果に過ぎません

多くの企業が、日本国内の事務仕事に高い給料が払えなくなったので派遣労働が必要になったのであって、派遣労働法ができたから非正規が増えたのではありません。またいわゆる氷河期には、日本企業の業績が著しく落ち込んで、回復の見込みがなかったから新卒採用が極端に抑制されたのであって、これも結果としてそうなっただけです。

何が問題なのでしょう?そこにはもう第二の分裂という問題が絡んできます。それは「多国籍企業の全世界連結決算国内経済への貢献」という分裂です。

ボーナスが史上最高額という記事と並んで、最近よく目にするのが「企業の業績が史上最高」というニュースです。例えばトヨタの場合は、2019年4~6月期の売上高と当期利益は過去最高を記録したそうです。間違いではありません。ですが、問題はその「過去最高の意味です。

トヨタの構造を見ると、年間の生産台数は約1,100万台(最新の2019年4月~9月では545万台)ですが、大雑把に言って国内での生産は440万台で海外生産660万台で、海外生産の方が多いわけです。

また、国内生産のうち半分は輸出となっていて、つまり総生産台数1,100万台のうち80%は海外市場向けです。国内販売は年間ベースで220万台で、全体の20%となっています。しかも、この220万台のうち、3分の1に当たる65万台はトヨタグループ内の「ダイハツ」の販売となっています。要するに軽四なのです。ということは、例えば北米向けの車両の平均価格と比べると売上ベースでは半分以下ということです。

また220万を輸出していると言っても、中身は決して昔とは同じではありません。昔は、トヨタの場合、アメリカ向けには「輸出台数の自主規制」というものがあり、その枠を最大限に利用するために、「レクサスなど高級車、高付加価値者」を日本で作って輸出していました。

ですが、現在は違います。北米向けレクサスの生産も、ES(ケンタッキー)、RX(オンタリオ)など海外に出してしまっているのです。また国内で生産して輸出する場合は、国内経済への貢献は「卸値」だけです。そう考えると、トヨタ全体の中で日本のGDPに貢献しているのは10%ぐらいであると考えることができます。

ということは売り上げが過去最高とか、空前の利益といっても90%は日本のGDPとは無関係だということが言えます。雇用ということでも、基幹の技術職、マネジメント職も含めて、トヨタの場合はグループの中での外国人比率は50%を超えています。また出資している株主も海外が中心、取引される市場はNY、したがって配当金の行く先も海外です。

私はグローバル経済を基本的に支持しています。自由な国際市場があって、自由な競争がされることで、多様な人材のコミュニケーションが生まれ、新しいアイディアが実現されていき、人類全体としては生活水準の向上につながるからです。自由貿易も同じ理由から賛成です。

また、空洞化といわれる現象、つまり多国籍企業がモノを作る場合に、先進国である本社で製造してしまうと、コストが高いので途上国で生産してコストを抑制するとか、そうした途上国も販売先に加えていくというのは、水が高いところから低いところへ流れるように、仕方のないことだし、余程の弊害がない限り運命として受け入れるべきと思ってきました。

同時に、市場によっては「生産を現地でやって、雇用を創出しないと輸入関税をかける」という地域があり、その場合も現地生産を進めることで本体は空洞化することがあります。これも場合によりますが、避けられないケースが多いと思います。

ところが、現在の日本発の多国籍企業の場合は、生産と販売だけでなく、研究開発からマーケティング、あるいは経営戦略までドンドン外に出してしまっています。例えばトヨタの場合では、多くの予算を使ってCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、EV化)分野向けの研究開発をしていますが、そのほとんどは海外でやっています。

そうなると、研究開発費を払う先、研究開発のために雇用する人材への給与なども海外になっていきます。そしてノウハウは海外に蓄積されて、徐々に「日本発の多国籍企業であったものが事実上は無国籍企業になっているわけです。

そうなのですが、今でも「トヨタが最高業績」だと日本の新聞は喜ぶわけです。また、日本の鉄道車両メーカーが、ヨーロッパで大量受注に成功したり、アジアで新幹線プロジェクトを請け負うことが決まると、メディアは良いニュースだとか、これで日本経済も元気になるなどという言い方をします。

悪いことではありませんが、実際は鉄道のような公共インフラの場合は、特に車両の大量受注のようなケースですと、各国は雇用保障のために、現地で生産することがディールの条件になっているわけです。そうなると、例えば英国の鉄道車両を日立が受注したとしても、日本経済への貢献は一部の技術に関するライセンス料ぐらいにしかならないのです。

つまり、日本経済といってもトヨタとか日立という多国籍企業の「全体の業績」と、純粋に日本に金が落ちて、日本で金の回る日本のGDPとは全く別物だということになります。この点が、どうにも誤解が多いわけです。

どうしてかというと、経済新聞とか経済記事を読む人は、圧倒的に正規雇用の人が多いわけです。彼らの感覚は、まず自分の会社、日本における自分の業界の発展・成長が大事だという考えが中心になっています。ですから、トヨタが市場最高益だとか、日立が欧州で大型受注をしたというと、喜ぶわけです。

ですが、純粋に国内の税収とか、雇用とか、消費という点では、確かに海外で稼いだ金で日本勤務の正社員のボーナスが増えたり、アベノミクス効果も加わって、日本での株価が上がれば、多少は日本での消費にはいい影響はあるでしょう。日本での採用とか雇用には若干プラスかもしれません。ですが、それだけです。

とにかく海外で稼いだ金は、日本には還流しません。多くの場合は、海外に再投資されます。その結果として、日本経済といっても2つの経済に分断されているわけです。1つは多国籍企業が世界中で稼いだ「連結」の数字です。もう1つは、日本国内の経済活動の全体を表す「GDP」です。

昔は、この2つの数字には相関関係がありました。ですが、今は違います。多国籍企業が世界中でどんなに稼いでも、GDPへの貢献は少ないのです。

だから、日本国内の経済はスカスカになっています。いつまでも牛丼店が思い切った値上げができないのも、無料の花火大会ばかりに人が殺到するのも、ブラックな外食産業が学生バイトを酷使してそれでも大した利益が出ないのも、日本国内の格差、貧困、社会苦がドンドン悪化して閉塞感が広がっているのも、この「日本型空洞化に原因があると思うのです。

こう申し上げると、それではトランプと同じ「経済ナショナリズム」だという批判が来そうです。それは私としては気持ちのいいことではありません。先ほど申し上げたように、日本は自由貿易によってグローバルな世界で勝って来たという感覚があるのです。ですが、もしかしたら、そこで勝って来たのは日本発の多国籍企業だけであって、日本経済は負け続けて来たのではないかそれがスカスカということの意味なのです。

image by: Michel Chappaz / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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