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洪水を阻止せよ。暴れ川の氾濫防いだ日産スタジアム異次元の備え

甚大な被害をもたらした台風19号をはじめ、幾度も大型の台風に襲われた2019年の日本列島。もはやこれまでの「防災の常識」を見直すことなしには、身の安全を確保することは困難とも思われます。そんな中注目されたのは、ラグビーワールドカップの試合会場ともなった日産スタジアム。今回、フリー・エディター&ライターでジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんは、各地の台風被害について改めて振り返るとともに、流域内人口密度日本1位の鶴見川の大規模な氾濫を防いだ、日産スタジアムとその周辺の治水対策を紹介しています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

暴れ川の氾濫を防いだ「異次元の備え」

今年の台風19号は大型で強い勢力を保って、10月12日に静岡県に上陸し、気象庁の発表によれば10日から13日の総雨量が神奈川県箱根町で1,000ミリに達するなど、記録的な豪雨を特徴とした。関東を横断するように北上、三陸沖に抜けたが、北側に非常に発達した雨雲を有し、12時間に降った雨量では、全国約1,300地点中120地点で観測史上1位に達した。

東日本を中心に広範囲で河川の決壊、越水が相次ぎ、土砂や浸水による災害が各地で発生。国土交通省の発表によれば、堤防決壊は千曲川、阿武隈川、那珂川など20水系71河川、140箇所土砂災害発生は962件に達している。

このような状況を受けて、各地の被災状況を幾つかヒアリングしたが、歴史的に氾濫を繰り返し暴れ川として知られた神奈川県の鶴見川では、台風通過の翌13日にラグビーワールドカップが開かれた「日産スタジアム横浜国際総合競技場)」(横浜市港北区)の建つ新横浜公園が一時的に川の増水分をプールする遊水地となっており、河畔が被災を逃れた面がある。

一方で、「元々、東信地区は雨が少ない。考えもしない雨量の水が千曲川に注いだ」(長野県東御市役所)、「阿武隈川は平成の大改修を行っていた。大改修と言うからには、それなりの規模の対策だったはずだ」(福島県郡山市役所)など、全く想定もしていなかった雨量で河川が増水したとの見解が多く聞かれた。

「被災した長沼地区は歴史的にも千曲川が氾濫を繰り返してきた場所だから」(長野県庁、長野市役所)と、地形上対策が打ちにくい場所で、またも甚大な災害に見舞われた箇所もあった。

死者数は報道機関によって集計が異なるが、NHKの11月14日の報道によれば、死者93人、行方不明3人となっており、都道府県別の死者数では福島県31人、宮城県19人の順に多く、結局東北地方の被害が最も大きいと見られる。

9月9日に上陸した台風15号も関東に上陸した台風では最強クラスで、千葉県、神奈川県、東京都伊豆七島などで甚大な被害が出た。昨年の台風7号がもたらした西日本豪雨も多くの地点で観測史上1位の雨量を記録している。台風19号から見えてきたものは、強烈な台風がこうも連続で襲来すると、以前とは違った規模で毎年のように台風が上陸するのが当たり前の気候に変わってきており、異次元の対策を取らないと災害を防げないということだ。

10月13日、日産スタジアムで開催された、ラグビーワールドカップ2019のプールA、日本代表対スコットランド代表の試合は、28対21で日本代表の歴史的勝利となり、初の決勝トーナメント進出を決めた。両チームの奮戦ぶりは大きな感動を生んだが、もちろん前日の暴風雨により試合が開催されるのかも危ぶまれるほどだった。当日も首都圏の鉄道は不通の区間が多く、遅延が各所で起こっている状況で、よくぞ開催ができたというのが正直な感想だ。

日産スタジアムでは、サッカーよりも選手たちの当たりが強いラグビーにも耐えられるように、芝生を天然芝から耐久性を高めた、人工芝のシートに天然芝を植え付けたカーペット式ハイブリッド芝へと、昨年張り替え工事を行っている。この工事によって、芝の水はけも向上した。こうした芝の改修で大雨の後でも、速やかに整備して試合ができるように、日産スタジアムはアップデートされていたのだ。

日産スタジアムのある新横浜公園は、新横浜駅と小机駅からそれぞれ徒歩10分ほどの場所にあるが、国の鶴見川の遊水地を横浜市が契約して整備したものである。鶴見川は東京都町田市内に源流を有し、横浜市鶴見区で東京湾に注ぐが、蛇行が強く洪水を繰り返す川として恐れられてきた。都市化の進展により、流域内人口密度が国内109水系中1位となっており、水害が起これば甚大な被害が起こるのが明白なので、1980年代から全国に先駆けて総合治水対策に取り組んだ

新横浜公園内の池(左)、鶴見川(右)

その一環である新横浜公園には、日産スタジアムの他、野球場、テニスコート、スケボー広場、草地広場などが整備されており、横浜市民がスポーツやキャンプを楽しむ憩いの場になっている。

新横浜公園。スケボー広場と草地広場

しかしそれは平常時の顔で、いったん大雨が降って川が増水すると越流堤から水が流れ込んで貯水池となる仕組みになっている。

新横浜公園。遊水地でもあると明記されている

日産スタジアムも、高床式になっており、普段は駐車場などとなっている地下の部分が貯水池に変わる。溜まった水は鶴見川に排水する仕組みになっており、国土交通省京浜河川事務所によって管理されている。

日産スタジアム地下は水害を防ぐ遊水地

なお、過去最大の水位は2014年10月6日に首都圏を直撃した、台風18号がもたらした大雨による5.90m。計画高水位は8.57mなので、まだまだ余裕がある。今回の水位は0.86mであった。普段は堤防のはるか下を慎ましい水量で流れる鶴見川であるが、大げさなくらいの備えをしなければ安心できないのだ。こうした異次元の備えが全国の河川に必要になっているのではないかと痛感する。

同様に利根川水系では、渡良瀬川下流の利根川との合流地点にある広大な渡良瀬遊水地がほぼ満杯になるまで貯水池機能を発揮して、下流の利根川や分流する江戸川の流域を洪水から守った。渡良瀬遊水地は面積33キロ平方メートル、総貯水容量2億平方メートルの日本最大の遊水地で、栃木、群馬、埼玉、茨城の4県にまたがっている。33キロ平方メートルというと、新宿区と渋谷区を合わせたほどの面積だが、それでもギリギリであった。

今回は利根川支流の吾妻川に造られた八ッ場ダムがたまたま完成したばかりで水が溜まっていなかったため貯水が機能した面もあるが、過信は禁物だ。さらなる遊水地の拡張が急務だろう。

台風19号で最大の被害を受けたと目される福島県でも、被災が最も大きかった地域の1つが中通りの郡山市だ。同市は東北で2番目の人口33万人を有し、京浜工業地帯に工場を持つ多くの企業が進出する産業都市である。郡山市役所の発表では、市内14.37キロ平方メートルという、目黒区と同じくらいの広範な地域が浸水した。

郡山市では阿武隈川が越水、支流の谷田川などの堤防が決壊したが、4つある工業団地のうち、市街地に近く、2つの川の合流地点にも近い中央工業団地が水没した。パナソニックなど150社の加工組立工場などが立地する。1986年の8.5水害でも中央工業団地は被害を受け、国や県でも800億円以上を費やして河川改修工事を行ってきたが、足りなかったということだろう。元々、中央工業団地は大雨が降れば遊水池になる氾濫原のような低地に立地していたが、下水道などの工事が進み、水はけが改良されて少々の雨でもすぐ水が引くようになっていたという。ところが、今回は阿武隈川本流の水かさや勢いが凄く、谷田川などの相対的に水流が弱い支流へと大量の水が遡上し、堤防決壊や排水溝を逆流する内水氾濫につながった可能性がある。

郡山市発祥の日本最大のラーメンチェーン「幸楽苑も、中央工業団地にある主力の郡山工場が操業を停止していたが、11月4日再開した。工場の浸水は10㎝程度と、2m近く浸水した箇所もある工業団地内にしては軽微だったが、電源系が地上に面した外にあったため、浸水して電気の供給ができなくなっていた。幸楽苑では全国で500店を超える店舗のうち約240店で1週間休業し、その後は他の工場の増産で順次メニューを限定して再開していたが、11月12日より通常の営業に復帰している。電源系は万が一に備えて高所に据えなくてはならない。

幸楽苑は郡山市の中央工業団地にある主力工場が被災した

古来より氾濫、洪水を繰り返してきた千曲川であるが、まさかの橋の崩落が起こったのが、長野県東御市だ。同市は、北国街道宿場町の面影が色濃く残る海野宿という年間30万人弱が訪れる観光地を持つが、その出入口で千曲川に架かる海野宿橋の半分ほどが橋桁ごと流されて、宙吊りの状態になってしまった。橋はちょうど川が湾曲する部分にあり、流水の勢いで護岸がえぐられて、川沿いにあった道と駐車場もかなりの部分が流されて無くなってしまっている。

橋が半分流された長野県東御市の海野宿橋

橋の下には、しなの鉄道が走っているが、危険なため、上田駅と田中駅の区間の運転をしばらく休止していた。国の応急措置により橋の補強が行われたので、11月15日に再開している。

改修中の千曲川(長野県東御市)

東御市のある千曲川上流の東信地区は盆地の気候で、よく水不足に悩ませられるほどだという。日本の年間降水量は1,700㎜ほどに対し、東御市の年間降水量は過去7年の平均で約58%の979.6㎜。確かに少ない。同市役所によれば、かつて体験したこともない雨量で、水害など考えもしなかったようだ。台風19号クラスが襲来すれば、普段雨があまり降らない地域でも、橋や道が流されてしまうこともあり得るのだ。

駐車場に関してはまだ2ヶ所が残っているが、メインの駐車場が使えなくなって観光バスが迂回路を通らなくてはならなくなったため、ツアーでは海野宿を信州の観光ルートから外す動きもある。海野宿の町自体には被害はほぼなかったが、主力駐車場とそれに繋がる橋の消失もあり、11月3日に予定されていたメインイベントの「海野宿ふれあい祭り」が中止を余儀なくされた。例年なら賑わう秋の行楽シーズンの週末でも、観光客はまばらなまま、静かに過ぎ去ろうとしている。

観光客減に悩まされる海野宿

同じ千曲川でも中流域の長野市内に入ると、むしろ洪水慣れしている地域がある。堤防が決壊した長沼地区は支流の浅川が合流する手前の低地にあり、歴史的に何度も川の氾濫で浸水被害に見舞われてきた。

水没した北陸新幹線の車両基地があった赤沼には、かつて水害時には遊水池機能を果たす田畑が広がっていたので、速やかに120両の車両を移動させなければ、水没しても当然である。JR東日本に油断があった。

地元の人たちが一様に指摘するのは、浅川との合流点の先にある、千曲川の流れが狭くなる立ヶ花地区の存在である。立ヶ花の狭窄部により、水の逆流が起き、長沼地区の千曲川の堤防決壊と浅川の内水氾濫による越水を招いたと、11月13日にアップされた田中康夫元長野県知事のYouTubeチャンネル「だから、言わんこっちゃない!」Vol.613で、田中氏も指摘していた。

田中県政の頃の「脱ダム宣言」は、浅川にダムを建設しても千曲川の洪水は防げないとした、国土交通省から出向していた土木部長の意見に基づき判断したものだった。田中氏は2006年の知事選で落選してしまうが、16年に竣工した治水専用の浅川ダムは、今回残念ながら本領を発揮することができなかった。結果は明らかだ。JRも車両基地が浅川に近く、ダムがあるから安心し切っていたのだろうか。

田中氏は「水害を防ぐには川底が浅くならないように、蓄積した土砂を除去する小まめな浚渫が重要」と強調。土木部長の提案により、「浅川ダムは千曲川の氾濫防止に効果がなく、新幹線の車両基地の地下に遊水地を造り、千曲川の水を立ヶ花よりも下流に流す水路の建設が必要」と知事の時代から主張していたと改めて述べている。もし実行していれば、これほどまでの浸水被害には至らなかったのではないか。

長野市の調べでは、長沼地区穂保で千曲川の堤防が約70mにわたって決壊。4m近く浸水した場所もあった。市内の浸水した面積は合わせて15平方キロメートルほどで、渋谷区と同じくらいの面積が被災した。

千曲川の堤防決壊で冠水した長野市の長沼地区

今回の水害で、収穫期を迎えた長野県特産のリンゴに10億円とも言われる甚大な被害をもたらした。長沼地区を走る国道18号線はアップルラインと呼ばれ、リンゴの観光農園が立ち並ぶが、食品衛生上、水に浸かったり泥にまみれたりしたリンゴで、リンゴ狩りはできないし出荷もできない。

泥を被ったリンゴは出荷できない

しかし、リンゴは全滅したわけではなく、災害を逃れたリンゴを販売して農家を救済する動きが出ている。長野市内で外食向けのオンラインマルシェを運営する「JiNOMONO」では、被災した県内の農家と提携し、川水や泥に浸からなかった安全なリンゴを「台風19号災害支援リンゴ」と命名して販売。当初は10月で終了する予定であったが、好評につき11月中まで期間を延長した。

災害支援のリンゴを販売する動きも

居酒屋、レストラン、カフェ、バーなど約40社60店で、「災害支援リンゴを使ったメニューが提供された。各店の工夫で、アップルタルト、ロールアイスクリームのようなプレミアム感あるスイーツなどへと姿を変えて、消費者に喜ばれている。売上の一部は義援金として、地域に寄付する。

「JiNOMONO」代表の酒井慎平氏は、外食専門のビジネスニュースサイトの編集長を経て独立。ストーリー性のある農業と外食産業を繋げて、日本の食の価値を創造することを使命としている。信州ジビエコーディネーターとしても活動しており、冬には信州のジビエを発信したいと意気込んでいる。

酒井氏は「リンゴは比較的水害に強く、リンゴ畑とほぼ無人の新幹線車両基地が浸水した中心エリアになったことについては、知らず知らずのうちにも地域の歴史に守られたのではないか」と話している。アップルラインの形成には水害の多い土地柄が深く関係していた。長野のリンゴは不死鳥のように蘇るだろう。

また、クラウドファンディングでリンゴ農園復旧の支援を募る動きもあり、フルプロ農園4代目の徳永虎千代氏は、台風被害からの復旧ばかりでなく、元々抱えていた高齢化などの課題をも解決し、持続可能な生産地へとアップデートするために、「長野アップルライン復興プロジェクト」を立ち上げた。

クラウドファンディングで長野のリンゴ産業復興を目指す、徳永虎千代氏

当該プロジェクトは、クラウドファンディングのプラットフォームを展開するキャンプファイヤーの中の社会問題と向き合う人のためのサイト「GoodMorning」で、12月上旬まで支援を募っており、目標は1,000万円だ。同農園は長野市内に15のリンゴ畑を有しているが、13の畑が浸水被害を受け、事務所兼倉庫の実家も1階屋根部分まで浸水し、事前に収穫していたリンゴも全滅。住宅、農機具、車も含めて被害総額は8,000万円に上る。支援総額300万円で、本プロジェクトの拠点となる復興総合窓口を設置。行政の出張相談所やボランティアの拠点とする。1,000万円以上が集まれば地域で活用する薬剤散布車などの機材購入等に充てる計画だ。

ダムを造って、利根川水系は救われたが、千曲川の氾濫は抑えられなかった。ダムさえ造れば水害を防げるとする論調は危険である。ダムがなくても、遊水地などで水流をコントロールした鶴見川の事例もある。

堤防の建設、川底の浚渫、遊水地の活用、水路の開削にダムなどを加え、総合的な視点で、これまでとは異次元の河川管理を全国的に進めなければ、また同じような災害が繰り返されるだろう。

image by: 長浜淳之介

長浜淳之介

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

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兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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