混乱が続く香港情勢を受け、ついに11月27日、「香港人権法案」に署名したトランプ大統領。これにより、香港問題は新たなステージに突入したことになりますが、識者は今後の動きをどう見るのでしょうか。台湾出身の評論家・黄文雄さんは今回、メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』で、香港へのアメリカの介入により、「米中の対立が経済問題から人権・自由といった価値観の問題へと明確に転換した」と断言するとともに、香港デモが長期化する背景について解説しています。
※ 本記事は有料メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』2019年11月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:黄文雄(こう・ぶんゆう)
1938年、台湾生まれ。1964年来日。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。『中国の没落』(台湾・前衛出版社)が大反響を呼び、評論家活動へ。著書に17万部のベストセラーとなった『日本人はなぜ中国人、韓国人とこれほどまで違うのか』(徳間書店)など多数。
【中国】アメリカで「香港人権法案」が成立、今後何が起こるのか?
トランプ大統領は、アメリカ議会を圧倒的賛成多数で通過した「香港人権法案」に署名したことで、同法案が成立しました。
● トランプ大統領の署名で香港人権法が成立-中国はあらためて報復警告
この法案は、香港に高度の自治を認めた「一国二制度」が守られているかどうかについて、毎年の検証を義務付けるとともに、香港の「基本的自由・自治」が損なわれたり、市民の人権が侵害されたりした場合、その責任者や当局者、加担した企業などに制裁を科すものです。
また、アメリカは一国二制度を前提に、香港の関税などを中国本土よりも優遇していますが、中国の支配が強まった場合には、優遇制度の見直しも示唆しており、そうなると、資源や穀物など、ドル決済のために香港経由で輸入をしている中国にも大きなダメージとなる可能性があります。
中国はこの法案に猛烈に反対していましたが、成立したことで、香港問題はさらに大きな転機を迎えたことになります。
11月24日に行われた区議会選挙では、民主派が改選452議席のうち80%をこす380議席以上に達し、圧勝しました。民主派にとっては、アメリカのこの決定は追い風になります。
しかし選挙結果を受けて会見を開いた香港行政庁感の林鄭月娥(キャリー・ラム)は、政府に対する有権者の不満を認め、抗議参加者に対して平和的な対話を呼び掛けたものの、新たな譲歩は一切示しませんでした。
そのため、まだまだ混乱は続くと見られていましたが、ここへアメリカが介入してくることになるわけであり、米中貿易戦争という「経済」の問題から、「人権・自由」といった価値観の問題へと明確に転換したことになるわけです。
私は、米中貿易戦争は単なる貿易や経済の問題ではないと言ってきましたが、まさしく価値観や文明をめぐる衝突が展開されることになったわけです。そしてこれは、台湾問題にもつながっていきます。
この香港問題は、どういう結末を迎えようと、21世紀の人類史に残る事件となるに違いありません。デモの長期化は21世紀の一事件にとどまらず、今後の一大課題として提起されるでしょう。
もともと香港は珠江デルタに位置する人口5,000人の漁村でした。アヘン戦争(英語ではTrade War)後、イギリスが最初に欲しがっていたのは長江出口の船山群島でしたが、南京条約で香港の割譲が決まりました。1997年に返還された際、香港の人口が既に700万人以上、かつての1,000倍を超えていました。
アヘン戦争後は香港以外にも、各大都市に租界(外国人居留地)が設けられて「東洋の宝石」と呼ばれ、反中勢力の駆け込み寺となりました。。そこは生命財産を守られる「自由の地」であり、中国人にとってのユートピアでもあったのです。
今でも中国中国人にとっての「桃源郷」は中国以外の地であり、中国人の3人に2人が「祖国」から逃げ出したいと考えています。大手ネット「網易」の調査によれば、「生まれ変わっても中国になりたくない」理由のトップは「人間としての尊厳がない」からだといいます。日本は中国と近すぎるため、なるべく遠くに逃げたい中国人にとって、欧米がユートピアとなります。
易姓革命を繰り返してきた中国は、決して安定するとこはありません。「中国の振り子」といわれるように、中華人民共和国になってからも、大躍進政策から文化大革命、天安門事件といった動乱を繰り返し、改革開放、さらには習近平政権を経て、左のコミュニズムからファシズムの全体主義へと大きく転換してきました。
これほど激しく揺れ動く背景には、中国国内の内ゲバも大きく関係しています。中央の覇権主義と、地方との争いは、数千年をへて現在も続いている。晋や明の時代には、地方分権といった「一国二制度」もありましたが、ほとんど有名無実化しました。
現在の香港問題をみるときは、こうした史実をふまえることが不可欠です。
香港デモの主役を見ると、多くが返還後に愛国教育を受けた若者たちです。武装警察の暴走や暴力、女性へのセクハラなども数多く報道されています。ただし、香港デモについての日本の報道については、「なぜ香港返還後に愛国教育を受けた若者たちが命をかけてまで中国に対抗しているのか」「香港人の要求は、単に『一国二制度』維持の約束を守れということではないのか」「警察がなぜ同胞の香港人をここまで弾圧するのか」といった視点に欠けており、ややもするとデモ側の行動を単なる「暴動」として報じるケースも見られます。
中国政府はしきりに恫喝を繰り返していますが、人民解放軍が暴乱鎮圧に来るのは「いつ」なのかが注目されています。もちろん第二の天安門事件を起こすのは避けたいでしょう。軍を動員すれば「一国両制」の看板を下ろさざるをえなくなるし、香港経由で行ってきた科学技術の横取りも不可能になります。
デモが長期化したのには様々な理由があります。香港は都市国家だからこそ独自の存在なのであって、中国の一都市になったらその輝きを失うのは間違いありません。それをいちばん知っているのは中国であり、だからこそ「一国両制」という策を出したのです。
秦の始皇帝の天下統一後、「統一」こそが最高の政治的価値となりました。武帝の代には、それまで見向きもされなかった孔子や孟子らの儒家思想が「天下統一」のための国教とされるようになったのです。しかし中国はモザイク国家であり、求心力と遠心力の反発によって一治一乱・一分一合のような統一と分断を繰り返しています。
易姓革命を繰り返す王朝の皇帝にとって統一は夢ですが、熱力学の法則によればエネルギーは拡散し無秩序へと向かうのであって、統一など「百害あって一理なし」です。また歴史学者アーノルド・J・トインビーは、小国乱立から統一帝国の出現へというプロセスが「文明没落の現象」だと説いています。人類学や生物学でも、生存の原理は多様性を守ることにあり、統一は淘汰や退化、死滅につながるとされます。
現在、香港や上海でも独立を目指す動きが相次ぎ、かつて五胡の反乱を「五胡乱華」と呼んだのにならって「五独乱華(チベット・ウイグル・モンゴル・香港・上海)」とマスメディアは報じています。
香港デモの長期化は、世界潮流としてのナショナリズムがユーラシア大陸の東側まで及んできたことを意味しており、人類の夢と中国の夢による「文明の衝突」「文化摩擦」も背景にあります。
香港問題が、中国の国内問題という一言で片付けられないのは、こうしたアイデンティティーの対立が根底にあるからなのです。
image by: Alexander Khitrov / Shutterstock.com
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