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国際交渉人が解説。イランとイラクのデモが中東の混乱を招く理由

大規模なデモが半年以上にわたり続く香港。ガソリンの値上げに端を発したイランの反政府デモ。イランの在外公館の放火という事態も招いたイラクのデモと、国際情勢に大きな影響を与えかねないデモが各地で続いています。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんが、これらのデモの背景や、特にイラン、イラクのデモが中東地域に与える影響を考察し、その混乱に乗じるトルコの動きについて解説しています。

広がるデモの嵐─再び中東諸国に訪れる混乱の時代

世界中でデモの波が止まりません。世界中で報じられている最たるデモの例は、香港で行われている民主化デモで、11月24日の区議会選挙での民意が表明されたにもかかわらず、香港行政府や、北京の中国政府は、デモへの厳格な対応を緩める兆しはありません。

それを受けてか、一旦は沈静化したデモも、再び激化し、一部では暴徒化して警官隊と衝突するなど、非常に危険な状態に陥っています。結果、香港経済を著しく傷つける恐れが現実化しようとしています。

アメリカ政府が香港人権法を成立させ、中国政府に対して人権を尊重する対応を求めたのに対し、北京政府は“内政干渉だ”と真っ向から対立し、その対立は、快方に向かっているように思われた両国の貿易戦争にまで飛び火し、再び世界経済を不安に陥れています。

しかし、このような危ないデモは、何も香港だけで起こっているのではありません。最近まであまり報じられることがなく、多くのメディアのレーダーにもかかっていなかった“危険な香りがするデモ”が中東で多発しています。

その一つが、イランでの反政府デモです。イランと言えば、アメリカによる核合意からの一方的な離脱から、再度高まった緊張を受け、欧米諸国を相手に非常にデリケートな外交戦を繰り広げ、その“緊張”に付け込んだテロ行為や威嚇行為が日々起こっています。

イラン革命以降、長い間、経済制裁下で耐え忍び、非常に高学歴で優秀な人材を輩出し、また核開発にまで手を出すまでになっていますので、イラン国民は最高指導者および政府指導者の下、一致団結して今回の苦難も乗り越えるという体制かと考えてきましたが、先週、ついに国内での微妙な緊張の糸が切れて、今や首都テヘランをはじめ、イラン国内情勢は混乱の一途を辿っています。

そのきっかけとなったのが、今月に入って一夜のうちに予告もなくガソリン価格が3倍強にはね上げられ、国民生活およびイランの経済的な活動を実質的にマヒさせたことだと言えます。仕事が実質的にできなくなった市民が抗議のためにデモに繰り出し、そこに革命防衛隊が反撃して、すでに200名をはるかに超える死者を出しています。

イランと言えば、中東の国でありながら、昔のペルシャ時代の名残なのか、比較的言論の自由が保障されているため、国民・市民による政府批判は日常茶飯事ですし、メディアによる論評も非常に多彩だと言えますが、これまで一度も最高指導者への批判は行われてきませんでした

それが今回、デモ隊の主張の一つに『ハーマネイ師に死を!』という過激なものが含まれ、イランの結束が危機に瀕しています。名指しで批判されたハーマネイ師は、デモ隊に参加する人々を“ならず者”と呼び、革命防衛隊が激しく鎮圧に乗り出しています。今のところ、デモが収束し、普段見られる穏やかで平和なテヘランの日常が戻るまで、しばらくかかりそうです(戻るか否かも不明です)。

ちなみに今回のデモを『CIAなどによる陰謀』と捉える勢力もあり、その可能性は、私も否定できないと考えていますが、50年以上続いてきた革命の歴史は、その産物であり、それを支える核となっている革命防衛隊がハーマネイ師を守る限りは、体制の転覆につながるクーデターには至らないと考えています。ただし、革命防衛隊がハーマネイ師の側に付き、そして忠実にミッションを遂行する限りは、もしかしたらかなりの犠牲が国民・市民に降りかかるかもしれません。

そうなると、イランの国家としてのintegrityは激しく傷つけられ、非常に厳しいボディーブローとして、今後、指導部にとっては大きな試練が訪れることになるでしょう。イランはペルシャ帝国であり、どのような形になったとしても、決して西洋型の体制に変わることはないですが、イランの何らかの形での変革は、確実に西アジア地区、特に中東・北アフリカ地域における勢力地図を根本から変えてしまうことに繋がるため、地域は再び混乱の時代を迎えることになります。

サウジアラビアを盟主とするスンニ派勢力は、シーア派の雄であるイラン憎し!とライバル心を剥き出しにしていますが、イランからのcounter-balanceが作用しなくなった時には、自らの国家のintegrityも一気に失われるかもしれません。

そうなると、昔、英仏の陰謀で勝手に国境線が引かれたサイクス・ピコ協定以前のアラビア半島の状況にガラポンで戻され、新たな支配への渇望が生まれ、アラビア半島はまた終わりのない戦争の時代に突入するきっかけを得てしまうかもしれません。

それをより現実化しそうなのが、お隣イラクでの終わらないデモの存在です。一向に改善しない失業率と、慢性的な電力不足への国民の怒りが、今回のデモのトリガーと報じられていますが、実際には、フセイン政権が打倒された後のバース党の解体がもたらした政治的な拠り所と絶対的なリーダーシップの欠如が生み出した、民族・宗派間の不公平感と、相互不信が、ここにきて爆発したと言えると思います。

12月1日には、首相のアブドルマハディー氏が辞任に追い込まれましたが、事態は収束することはありません。後任選びも、誰も火中の栗を拾うのを躊躇い、非常に難航する見通しで、イラク国内の政治的な混乱と空白が長期化する恐れがあります。そうなると、著しく弱体化したと伝えられているISなど“過激派勢力”が息を吹き返すきっかけとなり、イラクはまた、長く続く戦火に晒されることになりかねません。

そして、今回のデモグループの中で顕著にあるのが、イラクに大きな影響を与えるイランの存在への不満と不信です。実際にどの程度、今回のデモにイランの影響があるのかは不明ですが、イラク国内でのイランへの反感は高まっており、最近では、ナジャフにあるイランの在外公館が放火され、両国の緊張関係も高まっています。

今のところ、イランとイラクが再度80年代のように戦火を交えることはないと思われますが、もしそのような方向に“だれか”が導こうとしているのであれば、私たちは再度、大変な悲劇を目の当たりにすることになるでしょう。イラクの停戦と復興に携わり、イランとも近しい立場にいる私としては、とてもつらい予想です。

アラブ諸国間の連帯が崩れ、それぞれが内向きな政策に変わっていく中、その混乱に乗じて地域の主導権を取り戻そうとしているのがトルコです。

これまでは、分断をうまく用いてきたのは、アラブ諸国からの嫌われ者であるイスラエルでしたが、イスラエルも国内での政治的な空白を抱え、その中、アメリカからの後押しもあり、ヨルダン川西岸パレスチナ自治区のヘブロンにユダヤ人入植地の拡大を図るという強硬策に出てしまい、これまでデリケートな非干渉のバランスを保っていたサウジアラビア率いるスンニ派諸国からの“支持”が一気に“敵対”に変わってしまおうとしています。そのような中、サウジアラビア自身も、アメリカから離れ、地域における主導権を取り戻せずにいます。

その力の混乱と空白に“付け込んだ”のが、かつてのオスマン・トルコ帝国、トルコです。地政学的な位置付けを見れば分かりますが、トルコはアジアと中東、そしてヨーロッパの中間に位置する非常に戦略的な位置付けにあり、上手にふるまうことができれば、非常に大きな力を得ることになります。

最近まではNATOのメンバーとして、軍事的に重要な戦略拠点として、欧米諸国との友好をベースに影響力を蓄え、維持し、拡大してきましたが、オバマ時代に始まり、トランプ政権の下で決定化したアメリカとの考えの不一致を受けて、アメリカ、そしてNATOへのカウンターバランスとして、ロシア・プーチン大統領に大接近しました。

何度もこのメルマガでもお話ししていますが、トルコに来年配備される防衛ミサイルはロシア製の最新鋭S400ですし、これを機に、ロシアとの軍事的な協力を拡大する旨、エルドアン大統領が時折言及しています。これにより欧米諸国とロシアという対立構造をあえて作り出し、その“勝敗”を左右できるcasting voteを握ることに成功しようとしています。

そして、中東地域に対しての影響力を駆使し、シリア・イランとの友好関係を保ちつつ、サウジアラビアを筆頭としていた反イラン体制の分裂に乗り出しています。すでに、以前お話ししたように、イエメンを舞台にして、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)の間を切り裂くことに成功しました。

サウジアラビアに対しては、カショギ氏事件以降、弱みを握ることでコントロールを試み、他のアラブ諸国に対しては、ロシアなどとの絶妙な距離感を用いながら、トルコの陣営に招き入れようとしています。

その効果は、すでにサウジアラビアやUAEにも出てきていて、サウジアラビアのアメリカ離れと、ロシアとの接近をアレンジするなど、トルコは再び、中東地域におけるフィクサー的な立場に復帰する動きを見せているように思われます。

そして、トルコ陣営の拡大は、同時に決して報じられることはないが、とても長く大規模に続いている“デモ”と考えられる『クルド人勢力の悲願』を打ち砕く、トルコの宿願を後押しすることになってしまいました。

シリア北東部からのアメリカ軍の突然の撤退の空白を受け、トルコ軍が侵略し、同地域に拠点を築いていたクルド人勢力に一斉攻撃をかけ、形式上、シリアのアサド大統領に批判させることで、アサド大統領の顔を立てて、シリア北東部を“シリアに返還する”という離れ業をやり遂げました。

その背後には、ロシアの動きがあるわけですが、ロシアとしても、トルコのたくらみをサポートすることで、中東地域におけるロシアの進出の遅れを取り戻すという目的を果たせるようになってきています。かわいそうなのはクルド人勢力ということになりますが、国際政治の波間で、完全に無視される形になってしまいました。そう、トルコが長年願ってきたように。

お話しすればいくらでもネタは出てきますが、すでに地域一丸となって力を蓄えよう!と協調をモットーとしてきた中東・アラビア半島は、また昔のように“外圧”によってうまく材料として使われ、不満のマグマが蓄積してきている状態に思われます。もし、このマグマが噴出して爆発するような事態になれば、世界は、それぞれの陣営の背後に陣取る大国も交えた世界的な戦争に突入することになるかもしれません。

その時、笑うのは誰でしょうか?私にはその“答え”が見えてきていますが、あえてここではその名前は明かさないでおきますね。来年以降、また忙しい毎日になりそうな予感です。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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