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上司の叱責で自殺。パワハラを否定し裁判所が出した意外な判決

パワハラ防止対策の義務が法制化されることが決まり、大企業では2020年6月1日から、中小企業では2022年4月1日からそれぞれ義務化されます。パワハラに該当する行為の具体例や定義などを厚生労働省から出されて、企業はこのガイドラインに沿って順守していくことが求められます。無料メルマガ『新米社労士ドタバタ日記 奮闘編』では、裁判で「パワハラでない」と判決が出たにもかかわらず賠償金の支払いを命じた裁判事例をピックアップ。一体何が問題だったのか? その本質に迫ります。

パワハラの境界線とは?

12月に入り、事務所もますます慌ただしくなってきた。どこの社労士事務所もそうだろうが、賞与の支払報告届、年末調整、年賀状や年末年始のご挨拶文の発信準備、1月1日付の労使協定やその他今年中に届出しておきたい手続き関係などが山積みだ。それに顧問先様への年末ごあいさつ回りなど。

今日は、ちょうど昨日所長に同行した年末のあいさつ回りのときの話をしたい。


所長 「今年もお世話になりました。今日は私も伺いました。最近は、いかがですか?」

E社社長 「今日は所長さんもですか。すみません、なにかあったら担当の深田くんと新米くんに聞いているので今のところは大丈夫ですよ。ところで、来年に向け、新しい法改正など気にしておかないといけないことは何でしょう?」

所長 「働き方改革関連の動きは常にご案内している通りです。E社さんの場合、同一労働同一賃金については、賃金規程などの変更を伴うと思います。パワハラ法の施行についてもご案内済みですが、裁判ではパワハラに該当しないとされた場合でも、従業員が自殺したことから、安全配慮義務違反有りで、6,142万円払えと命じられた判決が出ています。注意してくださいね」

E社社長 「ん?それって具体的にはどういう内容ですか…?」

所長 「徳島でのゆうちょ銀行の判決なんです。大学卒業後の1997年4月に採用され、徳島市の徳島貯金事務センターに勤めていた男性(当時43)が上司らのパワハラで自殺したとして、母親がゆうちょ銀行に8,189万2,175円の損害賠償を求めた訴訟の判決です。男性は2013年の異動以降、国債や年金に関する業務に従事。書類の確認漏れなどの形式的なミスが多く、上司らB、Cからたびたび叱責され、男性は、さらに上のDに異動を希望したがかなわず、2015年6月に自殺したんです」

E社担当 「訴えは、パワハラとしてなんですよね?」

所長 「そうですね。男性が帰省した実家で自殺したのは、パワハラが原因であると主張し、ゆうちょ銀行に使用者責任(民法715条)または安全配慮義務違反等の債務不履行(民法415条)があるとして損害賠償を請求したんです」

E社社長「うーーーん、パワハラってどんな内容だったんですか?」

所長 「ハラスメント行為と言われたのは、日常的な強い叱責です。『ここのとこって前も注意したでえな。確認せんかったん。どこを見たん』『何回も言ようよな。マニュアルをきちんと見ながらしたら、こんなミスは起こるわけがない。きちんとマニュアルを見ながら、時間かかってもいいからするようにしてください。あと、作成した書類については、蛍光ペンで自分でセルフチェックを必ずしてください。見たつもりにならないように、きちんと見たところを一文字一文字マーカーでチェックしてから出してな』『どこまでできとん。何ができてないん。どこが原因なん』。それと、叱責する際に、『こう』と呼ばれていた男性について『こうっ』と見下すように呼び捨てにしていたことなどが認定されています」

E社社長 「どの程度強い言い方だったのかや言葉のトーンはわからないけれど、それくらいの内容の注意はおかしくないし、普通ですよねー。昔なんか、持っているノートで頭をバシッとされたり、灰皿飛んで来たりなんてのも日常的にありましたよ」

所長 「部下の書類作成のミスを指摘して改善を求めることは社内ルールとされており、上司としての業務でした。実際、頻繁に書類作成のミスをしていたことから、日常的に叱責が継続したのですが、上司が何ら理由なく叱責したことはないと判断されました。また、叱責の具体的な発言内容は人格的非難に及ぶものではなかったと判断されました。そのため、本件事件では、一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認定されなかったんです」

E社社長 「ですよねー」

所長 「はい、でも、徳島地裁はパワハラは否定した上で、男性の体調や勤務負担への配慮を怠ったとして6,142万5,774円の支払いを命じたんですよ」

E社社長 「うーーん。そんな大金払ったら、中小企業は倒産してしまうよ。そういう保険はないんですか?」

E社担当 「いえ、社長、保険は入ってますよ。セクハラとかパワハラとかに対応している保険です」

E社社長 「そうかい、そういう保険があって、うちはそれには入っているんだね」

所長 「でもその保険はパワハラとして認定された場合のみ該当する保険ではないでしょうか?このケースはパワハラとは認定されずに、安全配慮義務違反です。そこまで網羅してくれる保険にご加入なのか一度ご確認くださいね」

E社社長 「あちゃー、そういえばそうだね」

所長 「本判決から学ぶべきことはいくつかあります。男性はハラスメント相談窓口があるのは知っていても、そこに訴えることはしていませんでした。親しい同僚には打ち明け、外部通報や告発を検討したが結局はそれも行いませんでした。しかし、同僚からは男性が死にたいと言っていることをB、C、Dに知らせています。ところが、Bらは真剣に受け止めず、聞き流していたのです。Dは男性が痩せて疲れているという印象を受けており、体調不良が気に掛かっていたとも言っています。今回のポイントは、相談窓口を利用していなかったとしても、会社側で、男性の体調不良等の原因がBらの叱責にあったことを認識しうる以上、対応しないことは許されないと判断された点です。相談を理由に不利益な取扱いを受けることや、加害者に知られ報復されることなどを恐れ、相談というアクションが起こせない場合もあり得ます。『相談に来ていないから問題なし』という姿勢ではなく、職場にハラスメントや問題となる言動がないか、常に注意を払うことが企業に求められます」

E社両名 「相談窓口等を利用していなかったとしても…となると、目配りが重要ですね」

所長 「そうですね。判決理由では、上司らの叱責は『業務上相当な指導の範囲内だった』とする一方、異動を含め勤務状態を改善する必要があったのに『一時期、担当業務を軽減しただけで他になんら対応をしなかった』と指摘したんです」

E社社長 「なんら対応をしなかった…ねー」

所長 「4月の異動に期待したのに、異動にはならず『もう夢も希望もありません 疲れました』『あがき苦しむのに疲れました』などと同僚にメールを送っていたそうです。体重も15kg減少、7月の異動もないことがわかり、 一生職場から出られないと嘆き、自殺したようです」

E社両名 「うーーん。考えさせられますね」

所長 「労働施策総合推進法等の改正が成立し、2020年6月にパワハラが法律で定義される予定です。定義内容を守ることはもちろん重要ですが、定義に該当するかしないかにかかわらず、問題といえるような言動があれば結局は企業が賠償責任を負うことになります。適正な指導のあり方を探究していくことが重要といえます。ご注意くださいね」

image by: Shutterstock.com

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【著者】 イケダ労務管理事務所 【発行周期】 週刊

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