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『シベリアの力』開通。中国とロシア接近が物語る新しい世界地図

中国とロシアの間にパイプライン『シベリアの力』が開通。この動きについて、「これまでにはなかなか考えづらい政治的な動き」だと注目するのは、メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんです。島田さんは、中ロ両国接近の背景と狙いを3つのポイントで解説。自由経済陣営と国家資本主義陣営という2軸の対立は、2つの世界大戦前の国際情勢と似ていると警戒を強めています。

中国とロシアの接近が物語る新しい世界地図

ロシアの国営エネルギー企業のGAZPROM(ガスプロム)社が、『シベリアの力』と名付けられたパイプラインを通じて、中国に天然ガスを提供することになった。このニュースが入ってきた際、「ああ、ついにロシアと中国が動き出した」ことを実感しました。

その開通式には、双方ともテレビ会議システムでの参加となりましたが、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席が出席し、それぞれ『シベリアの力』の持つ意義を述べ、今後深まっていくであろう中ロ間の協力関係について言及しました。

報道では淡々と『シベリアの力』開通のニュースのみが流れましたが、この動きはこれまでにはなかなか考えづらい政治的な動きである点には触れられていませんでした。

冷戦終結後、ロシアはしばらくソビエト連邦解体後の混乱で表舞台から姿を消し、経済的にもスランプに陥っていましたが、その同じ時期に、中国が著しい経済成長を遂げ、軍事力も含む“総合的な国力”をつけて、一気に世界のスーパーパワーにのし上がりました。

それゆえに、アメリカに目を付けられ、トランプ大統領に至っては、ご存じの通り、半ば言いがかりにも近い形で、波状攻撃のように貿易というカードを用いて中国攻撃に出るに至りました。

ロシアもやっとのことで経済成長も取り戻し、プーチン大統領の下、政治的な安定、そして軍事力の整備、ついには“ウクライナ領”クリミア半島にまで侵攻して、世界情勢を左右しうるスーパーパワーの位置付けまで復帰してきました。

その両国は、スーパーパワー化する過程において、これまでは協力ではなく、反目もしくは競合して、互いを牽制してきました。特に北朝鮮に対する影響力の行使や、中央アジア諸国(旧ソビエト連邦の共和国)への影響力拡大において、ことごとく対立してきました。

それが、今年に入って、中ロは急激に接近し、今や強い協力関係を世界各地で結ぶようになっています。いったいどのような意図があるのでしょうか。

1つ目は、アメリカに対峙するための対抗軸という位置付けです。中国の習近平国家主席も、ロシアのプーチン大統領も、トランプ政権の誕生当初は、トランプ大統領から持ち上げられて、米ロ・米中は友好的な関係になるのではないかと“妄想”が語られましたが、ご存じの通り、両国とも真っ向からアメリカとは対立関係にあります。

ロシアについては、トランプ大統領が誕生した選挙への介入疑惑に対する反動から、トランプ大統領が“あえて”ロシアへの対立軸を形成することで、再度対立構造ができました。そこに、米ロ間の中距離戦略核弾道ミサイルの停止の取り決めを、トランプ政権が一方的に破棄したことで(実際には“他の目的”が両国間にあるようですが)、関係は冷え切っています。

中国については、ご存じ米中貿易戦争の、アメリカ側からの発動により、今や2年以上にわたる対立に発展し、どちらも超大国としてのプライドから退くことはせず、その悪影響は両国内のみならず、相互依存関係にある世界経済の性格ゆえに、世界経済全体に及んでいます。

2018年までは、両国とも、それぞれにアメリカからの圧力や非難に対する抵抗を行い、中ロ間はそれぞれの覇権と影響力の拡大競争に勤しんでいましたが、その図式は、2019年に入って一転し、ここにきて、世界各地でアメリカが代表する自由貿易・民主主義陣営と、中ロが率いる国家資本主義陣営の対立という構図に様変わりしました。

先週スタートした『シベリアの力』は、エネルギー安全保障面での中ロの接近として描かれますが、同時にロシアの外貨獲得手段を作り、中国にとってはエネルギー安全保障におけるエネルギー源の多様化に寄与しています。

両国がエネルギー、天然ガスパイプラインを通じた結びつきを強めたことで、シベリアからウラル山脈までに至る中央アジアエリアについては、完全に資本主義陣営の締め出しに成功するという結果になり、確実に巨大な国家資本主義の陣営がここに成立します。

2つ目は、アメリカ・トランプ政権の“失政”による中ロの域外への影響力拡大です。その顕著な例は、中東・アフリカ地域に伸びる中ロの影響力です。

中国は、豊富な資金力と安くて質のいい技術を以て、一帯一路政策という戦略の下、アジア各国はもちろん、アフリカ大陸各国に対しても、『気前のいい貸付』という武器を用いて、東南アジア諸国、中央アジア諸国、中東、アフリカ諸国を国家資本主義の陣営に組み込もうとしています。

欧米諸国はこれを『債務の罠(debt trap)』と非難していますが、被援助国からは、中国による“のっとり”への懸念は抱きつつ、欧米諸国や世界銀行などの国際援助機関とは違い、制度的な構造改革を援助条件に課すといったことはせず、あくまでもBusiness is businessという態度で非干渉主義を貫く支援をし、パートナーシップを結ぶ形式を取ることで支持を拡大しています。

アフリカ各国からは、「別に中国が好きなわけではないが、欧米諸国のように内政にいちいち口出ししないのでマシ」との声もあるほどです。

ロシアについては、これまでに何度もお話ししてきましたが、中東アフリカ地域への進出は、ソビエト連邦の崩壊と解体もあり、欧米諸国に比べて出遅れていましたが、シリアの内戦や米・イランの反目、アメリカとトルコとの争いなどで生まれた緊張と不安定な状況に付け入り、アメリカが敵視するイランやトルコ、そしてシリアのリーダーシップに近づき、アメリカへの対抗力を提供することで、出遅れを一気に取り戻そうとしており、これまでのところ、予想以上にうまく行っているものと思われます。

そして、今、中ロがこの地域でも手を結ぶ動きが出ており、これまでアメリカにべったりだったサウジアラビアやアラブ首長国連邦もロシアへの急接近をしていますし、アフリカ諸国も、欧米諸国への対抗力としての後ろ盾として、中ロを迎い入れているようです。

これまで長く世界のすべての大陸に軍港を持ち、どの海にでもアクセスで来たのはアメリカ1国だけでしたが、中ロが手を結ぶことで、その対抗軸として、同じく世界中でアメリカと対峙する体制ができようとしています。結果、国家資本主義の陣営の広がりが、まるで赤い波に例えられるように、顕在化しています。

中ロのパートナーシップが世界の地政学上の現実を変えようとしていると思われる3つめのポイントは、欧州(EU)の影響力の著しい低下による“第3の対抗軸”の不在です。

2年以上にわたって続くBrexitを巡る混乱は、確実に欧州連合(EU)のintegrityを弱め、一枚岩での対外政策が取りづらくなっていることに加え、確実に欧州各国の経済もスランプに陥れています。

引き金となった英国については、「EUに留まることは何ら経済的な利益をもたらさない」という状況があっての離脱へのかじ取りなのですが、そのあおりはフランス経済のスランプと、度重なる大規模デモによる経済のマヒに繋がっていますし、EUの優等生であるはずのドイツ経済も思いの外、伸び悩んでいる状況で、欧州全体で見た場合、EUは経済的なスランプからまだ回復していません。

ゆえに、Brexitに加えて、経済問題と、拡大しすぎたが故の政策方針の不一致という域内での対応に追われ、ロシアや中国による拡大路線に効果的な対抗策は打てていません。

今週に入って、マクロン大統領とメルケル首相が、ロシアとウクライナの休戦協定締結に向けて一肌脱いだことで、何とかEUの外交力を誇示しようとしていますが、実際にはこの協定もロシア・ウクライナ双方とも満足のいく内容にはならず、Breakthroughを国際情勢に提供するレベルにまで至っていません。ゆえに、ロシアによる他の大陸における欧州各国の権益への浸透は止まらず、また効果的に中国の影響力拡大にも対抗できていません。

ゆえにアメリカは単独で、中ロが画策する国家資本主義の陣営の拡大に対抗しないといけない状況になっているのですが、トランプ政権の方針として、世界中での影響力の保持よりは、国内問題の解決にベクトルが向いていることから、中ロの影響力の拡大への効果的な対抗力を発揮できていません。

このようなポイントが同時に作用することで、世界は再び欧米軸の自由経済陣営と、中ロが推し進める国家資本主義の陣営の2軸に分かれる構造になり、これは第1次世界大戦、そして第2次世界大戦直前の国際情勢と似ていて、国際協調体制・相互依存体制が弱まり、世界は政治・軍事・経済などすべての面においてブロック化する方向に進み、両陣営の力のぶつかり合いによる微妙な、非常にデリケートなバランスに直面しています。

日本の安倍政権は、その外交方針として『地球儀を俯瞰する外交』という、少し理解しがたいコンセプトを打ち出していますが、このような陣営間の力の緊張が顕在化してくる国際舞台において、どのような役割を果たし、今後、どのような位置付けを狙うのか。八方美人的な対処ではなく、しっかりとした戦略を練っておかないといけないと考えます。

朝鮮半島がこのままだと中ロの勢力圏になり、アメリカはもしかしたらアジアに関心がなくなるかもしれません。さて、そのような時、我が国日本はどのようにしてその存在を守るのでしょうか。非常に難しい時代に入ってきました。

image by: Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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