MAG2 NEWS MENU

第三次世界大戦の開戦秒読み。米がイラン司令官を殺した真の目的

米国によるイラン革命防衛隊の司令官殺害が、世界に緊張をもたらしています。なぜトランプ大統領は、報復の連鎖を呼びかねない司令官の殺害という「暴挙」に出たのでしょうか。そして巷間囁かれているような、第3次世界大戦の引き金になる可能性はあるのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、「政治的には非常に複雑な問題」とした上で、トランプ大統領の動機や軍事衝突の可能性等を考察しています。

トランプ、イラン司令官殺害の目的とは?

普通、要人を殺害するのは「暗殺」といって、秘密裏に実行して知らんぷりをするものです。ですが、トランプはイラン革命防衛隊のナンバー2で、防衛隊の中の「クドス部隊」のリーダーであったスレイマニ司令官については、堂々と「殺した」という事実を公言してしまいました。それだけでも、非常識極まる作戦と言わざるを得ません。

このニュース、発生した事象は「ドンパチやって憎いヤツをぶっ殺した」ということで単純そのものに見えますが、政治的には非常に複雑な問題です。仮説も含めて、現時点での論点を整理しておこうと思います。

1.今回のスレイマニ殺害については、彼の率いた「クドス」というのが、イランによる中東全域におけるシーア派勢力の活動を操っていたとされ、米国とイランの長い駆け引きが背景にあるのは事実です。そう考えると、スレイマニという「大物」を殺したという大事件は、米国とイランの本格的な軍事衝突になりかねないという見方も出てきます。

ですが、一方で、今回の事件は昨年末以来発生している、クドスによると思われる駐イラク米国大使館などへのテロ攻撃とその報復という、小規模な「攻撃と報復」の中で発生したという「短期的な事象」という見方も可能です。

実は、そのどちらかというのは、評論する人間の価値観ではなく、当事者がどう考えて、どう行動するかによって決まります。ということは、現在はボールはイランが握っている中で、イランがどのような対応をするかで、事態の評価も定まって来るのだと思います。

2.トランプ側の動機ですが、中心にあるのは原油価格の操作ということだと思います。トランプの行動は、まるで「トラブルを拡大」したがっているかのように、それも「トラブルの泥沼化」を志向しているかのように見えます。全く事態を収拾する気のない、誤った判断のように見えます。ですが、見方を変えて、トランプは原油価格を上昇させるのが目的で、そのためには「トラブルを欲していて、しかもトラブルが継続することを期待しているとしたらどうでしょうか?そう考えると今回の行動は説明が可能になります。

トランプの原油価格政策ですが、少し変わったところがあります。ブッシュ以来の共和党は、エネルギー産業の利権を代表していることで、原油高を狙って行動することが多かったのですが、トランプは必ずしもそうではありません。というのは、燃費の悪いピックアップトラックや巨大SUVの大好きな支持者を中西部に抱えている中では、原油価格が上がりすぎるとマズいからです。

ただ、この年初の局面では、少し上げておこうという要素はあったのかもしれません。また、盟友のサウジや、裏でつながっているロシアなどにエールを送る」ためにも原油高政策になるこの種のトラブルを計画的に発生させる動機は十分にあります。

3.今回の事件で国際社会がハッキリと認識したのは、現在のイラク政府はアメリカとかなり仲が悪くなっているということです。現在のイラク政府というのは、イラク戦争の結果として、アメリカが据えたわけですが、その設計が根本から妙な事になっていました。というのは、アメリカのイラク戦争というのは、サダム・フセインによるバース党支配の打倒にあったわけですが、戦争の結果としてバース党、つまりスンニー派の政治勢力は新生イラクから排除されてしまったのです。

その結果として、新生イラクというのは、クルド人とシーア派から構成されることとなりました。シーア派というのは、イランの宗派と一致していますから、当然にイラクに対するイランの影響力は高まるわけです。その結果として、今回のようにスレイマニ司令官が公然と反米活動をイラクで実施できるようになっていたわけですが、同時に、イラン政府における反米、親イランということもハッキリしてしまいました。

ですから、イラク政府は「外国駐留軍隊の追放」という決議を行なって、米軍を追い出しにかかっているわけです。そのぐらい、アメリカと現在のイラクは仲が悪くなっているわけです。

4.では、同じシーア派同士ということで、イランがイラクの南部を併合することがあるかというと、それはないでしょう。宗派は同じでも、ペルシャ語のイランと、アラビア語のイラクは全く別の国ですし、20世紀にはイラン=イラク戦争を延々と戦った同士でもあります。また宗教的にも、シーア派の始祖というべき、4代目カリフのアリー廟のあるのはイラクであり、イラクのシーア派には自分たちが本家という意識があるようです。これに対して、イランの信仰にはペルシャ文化が混ざっていたりするので、お互いに決して仲が良いとは限りません。

5.アメリカ国内の政治ということでは、動機は山のようにあります。まず、イランへの敵愾心を煽って共和党と支持層の団結を強化、その一方で、どうせ民主党は反対するので「臆病者とか反米的という批判を向けることが可能、まずそのような計算があることは容易に想像がつきます。そして、事態は完全にそのように展開しています。そんな中で、「弾劾審査に関するメディアの関心を吹き飛ばすという意味も含めると、年明けの話題を「ジャックする」ということでは、今回の事件はベストなタイミングを計算して起こしたというわけです。

とにかく、この「メディアジャックするというのが重要で、弾劾のニュースに加えて、2月のアイオワ、ニューハンプシャー目指して盛り上がる民主党予備選の報道を「消してしまう」という効果も計算していると思います。

6.これもアメリカの純粋に国内的な問題ですが、昨年12月以来、NYを中心に悪質な「反ユダヤのヘイトクライムが頻発しています。トランプは、長女夫妻がユダヤ教徒だし、ネタニアフのイスラエルとは強固な同盟だということで、親ユダヤだという姿勢を見せています。ですが、アンチ・ユダヤのヘイトが噴出してくるようだと結局は「差別主義者であるトランプの影響」という声が出てくる可能性は十分にあります。これを帳消しにするには、イスラエルの仇敵であるイランとの確執をエスカレートさせるということは効果があるわけです。

7.殺されたスレイマニは、イランを代表してレバノンやシリアのヒズボラを支援していました。例えばシリアでは、ヒズボラはアサド政権と共闘しています。一方で、トランプはアサド黙認の立場で、そこには矛盾があるわけですが、そういうことは、全く気にしないわけです。理念とか正義とかには全く興味のないことによる怖さというべきでしょうか。

8.カショギ暗殺以来、何かとギクシャクしていたサウジとの関係も大きいわけです。例えばイランとサウジのトラブルは延々と続いているわけですが、今回のスレイマニ殺害で、アメリカとイランの緊張が高まれば、それだけ「サウジはアメリカの同盟国という認識が強くなります。その効果も計算されていると思われます。

9.問題は、今回の余波で急遽増派が決定した3,000の米兵です。例えば、バグダッドの米国大使館の警備に行くというのですが、どう考えても士気は低そうです。目的がない、正義がない、イランの標的とされる危険はある、現地政府とも敵対、そもそも先輩たちが巨大な犠牲を払った親米的な新生イラクなど消えた中で、絶望的な気分を抱えている可能性があります。もしかすると、イランは、そこを狙って仕掛けて来るかもしれません。勿論、仮定の話ですが、仮にそうであれば非常にイヤな感じがします。

10.一部には、河野外相を中心とした日本外交による「米国とイランの仲介が失敗したという批判もあるようですが、さすがにそれは酷だと思います。河野外相はやれることはやって、その結果として、日本とイランの信頼関係を確認しつつ、国際社会にはアピールもできたのですから、別にこの結果が失点にはならないと思います。ただ、仮に原油の価格なり供給に問題が出てくるようであれば、日本の化石燃料への過度の依存は見直さないといけません。

いずれにしても、これでイランとアメリカが戦闘状態に陥るとか、イランが米国本土でテロ攻撃を行うというようなことになる可能性は低いと思います。舌戦はあくまで舌戦として受け止めるべきで、その点からすると年明けの東京市場の下げは、必要以上ではないかとも思います。

image by: adam yusof / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 冷泉彰彦のプリンストン通信 』

【著者】 冷泉彰彦 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 第1~第4火曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け