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緊迫の中東情勢。国際交渉人が警戒を強める2020年恐怖のシナリオ

イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官をアメリカが殺害し、極限の緊張状態で幕を開けた2020年。イランが「ギリギリの線」の報復を成功させたことで、さらなる武力衝突は回避されましたが、予断を許さない状況は続いています。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』の著者で国際交渉人の島田久仁彦さんは、中東情勢がどう変化し複雑さを増していくかを解説。北朝鮮情勢への影響も紐解きながら、国際社会がハンドリングを誤れば人類3度目の大戦へとなだれ込んでしまうと警戒します。

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波乱の幕開け─緊迫する中東情勢が描き出す恐怖の2020年

2020年の国際情勢はいきなり驚愕のニュースからスタートしました。 1月3日、イラン革命防衛隊の精鋭部隊であるQuads部隊を率いるカセム・ソレイマニ司令官が米軍の軍事ドローンによる空爆で爆死しました。 イラク国内のシーア派組織の活動を指揮するためにソレイマニ司令官がバグダッド国際空港で乗りこんだ車列に対するピンポイントでの攻撃でした。この際、同時にイラクでシーア派の武装組織を率いるリーダーも爆死しています。

この作戦、元は年末にイラン革命防衛隊とその配下が行ったとされる在イラクアメリカ大使館への攻撃への報復として、トランプ大統領が指示したと言われていますが、米政府内でも驚きをもって捉えられるほど、通常では考えられない攻撃だったとのことです。 しかし、この1月3日の攻撃は、これまでに圧力と対話への機運を駆使しながらやっと作りあげてきた中東地域でのデリケートな安定を崩壊させるきっかけになりました。

ISのリーダーであったバグダディ氏を暗殺したり、情勢を、当初、トランプ氏が望んだ方向ではなかったかもしれませんが、小康状態に持ち込んだりして、公約であった中東地域からの米軍の撤退を可能にするかもしれないタイミングで、自らその可能性を摘んでしまいました。 それに加え、『中東のアメリカ』と揶揄されるイスラエルを、イランとの直接対決の瀬戸際まで追いやり、“同盟国”であるアラブ首長国連邦(UAE)をイランの報復対象に追いやり、アメリカ離れが進むサウジアラビアを危機に晒す結果となっています。

今回のアメリカ軍によるソレイマニ司令官の殺害は、欧米諸国からも非難を受け、国連事務総長やNATO事務局長も米・イラン両国に自制を強く促すという緊張状態に追いやりましたが、何よりも問題とされ、そして中東諸国を完全に反米・アメリカ離れに追い込んだのが、トランプ政権のアメリカによる『中東アラブ諸国における不文律の無視』です。

その不文律とは、ハムラビ法典にも記される『目には目を歯には歯を』というルールで、『攻撃を受けた際には報復する権利を有するが、その規模や程度は、受けた攻撃と同程度かそれ未満でないといけない』という内容ですが、今回のソレイマニ司令官の殺害は、年末の事件への報復としては過剰反応であったと理解されています。

国民的英雄を殺されたイランとしては、もちろんアメリカに対する報復を計画しましたが、1月8日に行われたイラク国内の米軍施設であるアルビルとアル・アサド空軍基地への10数発の“弾道ミサイル”による攻撃は(作戦名は『殉教者ソレイマニ』)、この不文律にのっとり、犠牲者を出さないギリギリの線で行われています。

そして、国際社会の声に応えるように、ザリフ外相曰く、『報復攻撃は一段落した。』と発表し、アメリカとの直接戦争へのエスカレーションをギリギリのラインで防ごうとしていますし、1月8日にトランプ大統領が行った演説では、軍事的なオプションはとらず、経済制裁の強化が“報復措置”として打ち出され、一応、軍事的なエスカレーションは避けることができたかのように報じられていますが、イラン国内の過激派の声とのバランスから、まだまだ先行きは分かりません。

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イランの戦略とは?

ここで皆さん、お気づきでしょうか?今回の案件に際して、最高指導者ハメネイ師が頻繁に登場し、反米感情を煽り、ザリフ外相が“怒り”と“融和”のバランスを取る動きをしている中、一度もロウハニ大統領が表舞台に登場していません。 これは、軍事的・国家安全保障関連の権限がハメネイ師にあるからという理由のほかに、国内の情勢および勢力が、今、完全に反米過激派に偏り、その裏で穏健派の代表と目されるロウハニ大統領の勢力が弱体化しているという状況を表しています。

今回、トランプ大統領が経済制裁の強化を打ち出したことで、再度、経済フロントで対峙するロウハニ大統領が出てくるかもしれませんが、イランを敵対視する周辺国からも一目置かれる彼の権限が削がれているような状況であるならば、混迷を極める中東地域にとっては、決して良い材料とは言えないでしょう。

例えば、どのような悪影響が考えられるでしょうか。以前にもこのメルマガでお話ししましたが、サウジアラビアが『イランが核開発を再開するならば、自らも核開発を行う』と公言した核武装化が本格化する可能性です。 シーア派の雄であるイランに対抗するスンニ派の雄であるサウジアラビアは、地域のスンニ派勢力を守るためには手段を選ばないと宣言しているため、ロシアのバックアップを得て核開発に乗り出すかもしれません。

ただ、イランの後ろ盾もロシアですので、この点については、ロシアと、アメリカの出方次第と言えるでしょうが、確実に地域の不安定化は免れない状況です。 次に、イラクの混乱が再燃することになるでしょう。現在の暫定首相はシーア派の勢力であり、比較的イランと近いとされていることもあり、国内のスンニ派からの攻撃を受け続けていますが、今回のソレイマニ司令官の殺害とイランによる反撃が、どちらもイラク国内で行われたという、非常に迷惑な現実に直面し、政治的にも、治安面でも、不安定化が進むことになってしまいます。

そして、そのイラクの不安定化と、中東諸国間のデリケートなバランスの崩壊は、追い詰めたはずのISISの再興・復活へとつながることになります。ISISを追い詰めるにあたり、今回殺害されたソレイマニ司令官は掃討作戦で大活躍をしていましたが、その象徴的な存在が倒れたことで、イラン、イラク、シリア、レバノン、イエメンなどでの混乱が激化することになり、小康状態になっていたはずのシリア内戦も、ISISへの対策という新たなフロント(戦線)が復活することで、再度、複雑化することになってしまいます。

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その時、ロシアは?

中東地域の不安定化は、地域における影響力拡大を目論むロシアのプーチン大統領を喜ばせ、一帯一路を中東にまで伸ばしつつ、安全保障上の覇権拡大も狙う中国、そして地域のリーダーとしての地位を取り戻したいトルコを利することになるかもしれません。

実際に、今回の攻撃の応酬の最中、プーチン大統領はシリア・ダマスカスを訪問し、アサド大統領と会談し、その後、トルコのエルドアン大統領とも会談し、共同戦線をとることを再確認し、ロシアの影響力の拡大を印象付けています。 そして、そのロシアの完全なバックアップを得て、今や、イランは報復措置の一つとして、核合意はかろうじて維持しつつ、ウラン濃縮については無期限でレベルを上げる旨発表しました。

恐らく以前に到達した20%のレベルかそれ以上まで濃縮レベルを上げ、ついには兵器転用できるレベルまで上げるという行動に出る可能性が出てきました。 それは、これまでアメリカの一方的な離脱後も、何とか核合意を維持するために働き掛けを行ってきた欧州各国(英仏独)における対応の分裂が顕著になり、今や孤立を強めるイランは、自らのcapabilitiesの誇示を行うことで、アメリカやイスラエル、スンニ派諸国という多方面からの脅威に対抗するという手段に訴えかけるしかなくなってくるからです。

そして核合意の当事者であるはずの中ロもイランの“自衛的な行動”をサポートするとの意思表示をしていますので、今後、国際社会がハンドリングを誤ると、一気に(今、ハッシュタグで流行しているように)第三次世界大戦への坂道を転げ落ちてしまう状況になるかもしれません。

今後、米・イランの直接戦争になることはないと思いますが、イランは、革命防衛隊も国軍も、局地戦に長けており、圧倒的な軍事力を誇るアメリカ軍といえども、一旦戦いの火ぶたが切って落とされると、油断はできない状況になります(イランの指導部は、アメリカへの脅しとして【ベトナム戦争における米軍の惨状】に言及しています)。

地域を混乱に陥れることで、敵味方の区別がつきにくい状況になり、それゆえに、地域における相互不信が増殖し、それが“闘い”を一層ややこしくすることになります。緊張は続きますが、アメリカとイランのデリケートなやり取りについては、見守るしかありません。

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気になる北朝鮮の動き

ところで、この情勢の裏で複雑な心境になっているのが、同じくトランプ大統領のアメリカに盾突き、非核化を先延ばしにする北朝鮮とそのリーダーである金正恩氏でしょう。 表面的には、軍事戦略においては多方面で戦線を開くことはタブーとされていますので、中東地域で火の手が上がり、アメリカがその対応に追われる限りは、アメリカによる朝鮮半島情勢への攻撃の可能性は下がり、北朝鮮にとっては、核開発やICBMの開発のための時間稼ぎができるため、北朝鮮をめぐる問題の“解決”は先延ばしになる、と考えられます。

しかし、今回のソレイマニ司令官の暗殺に見られるように、全面戦争には打って出ることはないかもしれませんが、米朝間の協議が行き詰り、北朝鮮が対米威嚇をエスカレートさせてしまった場合、無人攻撃機やドローンによるピンポイントでの暗殺作戦が実行される恐れが出てきます。

報道などでは、これまで金正恩氏の動向や居所をオンタイムで把握することは非常に困難とされてきましたが、実際には、かなり高い確率で特定できる状態になっているとのことです。ゆえに、アメリカにとって安全保障上の脅威が生まれるか、もしくはトランプ陣営の選挙戦にとって有利だと判断された暁には、意外な形での北朝鮮問題の終焉が訪れるかもしれません。 つまり、このメルマガでも何度もお話ししているイランを中心とする中東の混乱と、朝鮮半島情勢は、物理的な距離に反して、運命共同体と言えるのかもしれません。

2020年は、恐らくこの2つの緊張状態(イランと北朝鮮)がどのように発展していくかによって、今後、私たちが生きていく世界の様相が見えてきます。NBC+D(Nuclear,Biological and chemicalに加えて、digitalが加わる)を駆使した人類3度目の世界大戦へとなだれ込み、自らの生存を脅かしてしまうのか。

それとも、何とか多面的な調和を見出し、デリケートな安定を達成できるのか。 それは、今、アメリカとイラン両国がぎりぎりの線で踏みとどまり、そして、両国を取り巻く“その他大勢”も混乱に乗じることなく、調和を望む動きを取ることができるか否かにかかっているといえるでしょう。

7月には日本で久々のオリンピック・パラリンピックが開催されます。真にスポーツを通じた“平和の祭典”を楽しめることを切に願います。 本件については、年初からいろいろと情報が入っており、書きたいこと、お伝えしたいことも多々あるのですが、諸々の制約があることもあり、長くなってしまいましたが、今回はこのあたりで。

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image by: Nicky Urban / Shutterstock

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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