MAG2 NEWS MENU

論点がズレている。死者数ばかり煽る日本の新型肺炎報道の違和感

ニュースやワイドショーで連日大きく取り上げられている、新型コロナウイルス感染症。マスコミは冷静な対応を求めてはいますが、結果的には彼らの過熱ぶりが不安を煽るという悪循環を招いています。そんな状況に違和感を示すのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、日本における新型肺炎報道を様々な角度から検証し、その問題点を指摘しています。

ここがヘンだよ、新型肺炎報道

一番の違和感は、死者が300名を超えたとかいう種類の報道です。この病気ですが、結果論としての致死率はあるのですが、相当程度レベルで救命は可能と思います。

高齢者や既往症との併合で危険になるというのは事実でしょうが、仮に肺の炎症が相当に進行した場合は酸素を送って持たせておけば、体力と免疫力の回復で救命可能な症例は多いのだと思います。

腎臓に問題が行った場合に、透析でつなぐと回復するかというとネガティブだということなら、これは救命困難ということになりますが、その症例は少ないはずです。

ということは、死者が出ているとして、その大半の問題は武漢の救命体制にあるわけです。隔離しつつ酸素吸入と点滴で持たせて回復へ持っていく、その体制が取れずに亡くなった方が出ているということで、その意味で当局の「病院突貫工事」には十分な意味があります。

反対に、日本では「300人も死ぬ病気だ」などと怖がる必要は薄いと考えられます。

子供の死亡例は非常に少ないようですが、危機感が「だらける」のを恐れてか、余り報じられていないのは不思議です。

もっと言えば、強毒性のインフル(H5N1)の場合はこんなものではありません。肺炎は肺胞炎になって喀血まで行くし、胃腸の炎症は多臓器不全にまで行きます。頭痛から脳膜炎発症という可能性もあって、致死率は60%と言われているわけです。それと比較すると、今回のウィルスは弱毒性に近いと言って良いように思います。

例えば2009年に流行した「新型インフル(H1N1亜型)」は強毒性ではなく、日本での死者は198人と「非常に少なかった」わけです。通常、インフルの死者というのは日本の場合に年間5,000人とかであれば想定内であり、これが7,000とか(2006年)、15,000(2005年)とかになれば、役所が色々と動きます。

さて、新型肺炎ですが、そう考えると「命の危険」はゼロではないものの、日本的な基準で言えば季節性のインフルより低いし、武漢の問題は「ウィルスが強い」のではなく、「医療体制が追いつかない」問題が大きいと考えられるわけです。

もう一つ、数の問題としては中国では「治癒者」の数をちゃんと数えているわけですが、日本の報道には出てこないという問題があります。

その一方で、この新型肺炎について、潜伏期間中の他者への感染は想定内の話です。ですから、チャーター機3便の帰国者の中で、症状の出ていない人からウィルスが検出されたのも想定内、その人の中で後に発熱が出たのも想定内です。

だったら「潜伏期間中のウィルス検出に成功」という言い方にすれば、いたずらに恐怖感が蔓延することはないと思うのです。

奈良で風評被害が出ているようですが、こうなるとチャーター便帰国者に卵を投げているというような一部の国・地域の反応と同レベルです。バスの運転手さんで、感染して発症したが隔離療養している人が奈良に住んでいるだけで、市内がシーンとしているなどというのは明らかに行き過ぎです。こうしたケースのために、首長とか選出議員とかがいるわけで、しっかり仕事して欲しいと思います。高市早苗氏とかは特に。

反対に、来日観光客の通過が顕著であったはずの京都、各空港、山梨界隈、東京湾や大阪湾界隈などについては、風評のトラブルがないのは良いことだと思います。その風評エネルギーが奈良に向かってしまったということなんでしょうか。

ワクチンについては、このウィルスに関する免疫メカニズムがもっと解明され、また試験薬が出来たとして、大規模な「臨床試験(治験)」をする必要がありますから、数年かかる話です。

問題は治療薬で、発症した患者さんに投与して、免疫力を回復させてウィルスを攻撃する化合物を世界中で必死に追いかけているわけです。この点に関しては、HIVに有効な、つまり落ちた免疫力を回復させて肺炎などを抑制する薬剤が、今回の新型肺炎にも有効ではないかとか、色々な仮説があるわけですが、とにかく一進一退で色々な研究が進むと思うので、キチンと報道すべきと思います。

その一方で、日本での国会論戦では検査キットの増産の話が出ていました。勿論、大事だし、しっかりやって頂きたいと思います。ですが、テクノロジー先進国で、理数系の国民の教育水準も例外的に高い日本で、どうして治療薬の開発の話が話題にならないのかというと、別に日本の製薬メーカーさんが「降りて」いるからではないと思います。

そうではなくて、日本勢にしても、こうした新薬の開発、特にスピード感の必要な開発というのは、日本では難しいからです。新薬を開発する際に必要な治験、つまり医師、医療機関、患者の3者がしっかり同意して、協力体制を組んで、新薬の無害性、あるいは有効性を実証していく試験というのは、日本では非常に難しいのです。

そこにカネが絡めば批判される、失敗すれば本人や家族が同意していても批判される、といった傾向の中で複雑な規制があるからです。ですから、これだけ世界中が頑張って戦っている状況の中でも、日本では国会論戦で「マスクを24時間体制で作れ」とか「検査キットを増産せよ」といった、それはそれで重要ではあるものの、肝心の治療薬の話では「ない」話題ばかりが進むのです。

先週の日本では、チャーター機で帰国した方の中で、「検査拒否者が2名」出たというのが話題になりました。正確に言うと、検査を拒否して自宅に帰ったのが2名、その他に自宅に直行した人が1名いたようですが、その事情がよく分かりません。

そんな中で、2名の人には批判が殺到して、結果的にその人達は検査を受けたようですが、どうもスッキリしない話です。

まず、アメリカは軍事基地に隔離、オーストラリアは絶海の孤島に隔離しているのに、日本は任意検査で「けしからん」という大合唱が起きていますが、これは違います。アメリカが基地での隔離をしているのも、オーストラリアが孤島での隔離をしているのも事実ですが、この両国の場合は「強制」ではありません。

法律上は「任意」という枠組みで行なっているということでは、別に日米豪何も変わりはないのです。そこを省略して報じるのは正確ではありません。

それにしても、検査を拒否して、しかも「ビデオを撮る」と言ったので係官が諦めたというのも妙な話です。問題なのは、そうした態度ではなく、動機を含めた事情です。

例えば「家族の介護が必要」とか止むを得ない事情があるのなら、批判するにしても、それはそれで「そういう例だ」として対応すべきです。本人に(肺炎の重症化とは無関係な)持病なり障害があって、帰宅という選択をせざるをえなかった、そんな可能性もゼロではありません。

また会社などの都合でどうしても出勤してもらわなくては困るという事情があったとしたら、批判されるべきなのは本人ではなく会社(官庁?)ということになります。

これも仮の話ですが、本人が「チャーター便帰国者と行動を共にするのが怖い、一刻も早くそのグループから逃げたい」という考え方にとらわれていた可能性もあります。それならそれで、説得の論理等も変わるし、批判のアプローチも違って来るのではないでしょうか。

そうではなくて、本当に「反権力」とか「強制されるのがイヤ」という理由であったとしたにしても、その場合は、武漢での声掛けから始まって、検査について、どのような「条件」でチャーター便に乗せたのかを検証し、その上で、より精度の高い対応になるように改善点があれば改善ということになると思います。

一方で、日本産婦人科感染症学会が、「新型コロナウイルス感染症について、妊娠中ならびに妊娠を希望される方へ」という告知を行なっています。

新型コロナウイルス感染症について妊娠中ならびに妊娠を希望される方へ(PDF)

どうも微妙な内容です。いたずらに妊産婦の不安を煽るだけで、しかも現在は妊娠中期まで勤務する女性が多いこと時代ですから、丁寧さにも欠ける印象です。

この団体、性感染症予防に熱心なあまりに、HPVワクチン普及については、そんなに熱心ではないなど、政治的な濁りがあるのかもしれませんが、それにしても、こんな状況で「ジカ熱を思い出せ」というのは、ちょっとヒドいと思います。

いずれにしても、今回の疾病流行に関して、報道機関には自制しようという意志は感じられるものの、どうしても流されているという印象が否定できません。

後は、これは今、大変な時期にやる議論ではありませんが、どうして日本企業がこれだけ武漢で経済活動をしているのか、その分だけ、日本のGDPが減って空洞化が加速しているのではないか、という問題意識は必要と思います。そんな議論ができるところまで、武漢のコミュニティが一刻も早く回復することを願わずにはいられません。

image by: He jinghua / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 冷泉彰彦のプリンストン通信 』

【著者】 冷泉彰彦 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 第1~第4火曜日発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け