MAG2 NEWS MENU

遠ざかる米テスラの背中。トヨタが犯した「決定的な戦略ミス」

もはや止めることのできない世界的な流れとなっている、電気自動車(EV)へのシフト。各国各社がこぞってEVをリリースししのぎを削っています。そんな中で、トヨタが戦略的なミスを犯しているとするのは、世界的エンジニアとして知られる中島聡さん。中島さんは今回、自身のメルマガ『週刊 Life is beautiful』でその理由を記しています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年2月4日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

テスラ以外の電気自動車

私はこれまで、BMWの3シリーズ、トヨタプリウス、Tesla Model 3と乗り継いで来ましたが、私の妻はここ20年ぐらいレクサスばかり(それも最近はどれもハイブリッド)を乗り継いで来ました。今回、レクサス(ESh)のリースが切れることもあり、再びレクサスにするのかと思ったら、「今度は電気自動車に乗りたい」と言うのです。

彼女は、「アーリー・アダプター」の私とは違って、比較的保守的な「レイト・マジョリティ」であり、そんな彼女が電気自動車に乗りたいと言い出したという事実そのものが、今の米国の自動車業界を良く物語っていると思います。

テスラファンの私としては、是非とも彼女にもテスラに乗って欲しいのですが、「ミニSUV(ハッチバック付きの乗用車)」が欲しい彼女に最適なModel Yはまだ発売されてないし(前倒しで来月にも発売されるという噂もありますが、予約は既に殺到しているので少なくとも数ヶ月は待たされると思います)、「夫婦で揃ってテスラに乗るのは嫌だ」という彼女の気持ちも分からなくはありません。

しかし、テスラ以外の電気自動車となると、それほど選択肢は多くありません。

日産リーフは、4年ほど前までは「もっとも売れている電気自動車」でしたが、テスラのModel 3が発売されて以来、すっかり影が薄くなってしまいました。さらにゴーン氏の事件が企業イメージを大きく損なっており、リーフを担いでいたゴーン氏が追い出されてしまった今からリーフを買う気にはなれません。

シボレーからBolt EVが発売されてはいますが、こちらはコンパクトカーな上に、デザインも悪く、シボレーも本気では売っていないので、対象外です。

BMW i3も、とてもBMWが発売するようなデザインとは思えず、これでどうやって、これまでのBMWファンを捕まえるのかが分かりません。

上の三つに共通するのは、デザインが「いかにも電気自動車」である点で、テスラが登場する前の「遅くて航続距離の短い電気自動車」のイメージを引きずっています。

そんな中で、際立ってデザインが良いのが、ポルシェのTaycanです。こちらは、BMW i3と違って、「ポルシェ・ファンが何を望んでいるか」をしっかりと意識した上での、素晴らしいデザインです。残念ながら、彼女が欲しがっている「ミニSUV」とは大違いです。

そんな理由で、「Model Yを待つしかない」と私は頭から決めつけていたのですが、そこで彼女が突如注目したのが、アウディのe-tronです。

確かにちょうど良い大きさのSUVだし、他の電気自動車のように「いかにも電気自動車」という顔をしていないのも彼女にとって魅力的なのだと思います。

ということで、近所のアウディのディーラーまで試乗に行くことにしました。

Model Xでディーラーに乗り付け、中に入ると、刺青をした綺麗な女性(シアトルでは普通です)が近づいて来て(Katelynという名前)、「Model Xの買い替えですか?」と尋ねてくるので「いやいや、こっちじゃなくて、もう一台の方の買い替え。僕はテスラの方が良いと思うんだけど、彼女がアウディのe-tronを試乗してみたいと言うから来た」と答えます。

「e-tronは置いてあるの?」と尋ねると、「数台あります」と答えが帰って来ます。私はディーラーは(メンテナンスで稼ぐことの出来ない)電気自動車は売りたくないので、それほど在庫は抱えていないだろうと思い込んでいたので、少し驚きです。

そこで早速、そのうちの一台を試乗したのですが、乗り心地はごく普通の乗用車だし、加速もブレーキもテスラと比べると、ガソリン車と大きく違いはありません。アクセルを踏み込んでも、テスラのようにいきなり加速はしないし、ブレーキを離した時に再生ブレーキが作動することもありません。

この辺りは、電気自動車は自在に設定出来るので、アウディはあえてガソリン車に近い設定にしてあるのだと思います。テスラに慣れている私は、少し不満だったのですが、妻はそこが気に入ったようです。

高速道路に入ると早速、オート・クルーズを試します。「e-tronには、アダプティブ・クルージング機能があるはずだから」とスピードを上げたところ、前の車が近づいても減速してくれません。Katelynが慌てて「アダプティブ・クルージングの設定はデフォルトではオフです」と付け加えます。こんな大事な機能は、デフォルトでオンじゃなければダメだと思いましたが、黙っていました。

試乗後、妻の感想を聞くと、結構気に入ったようなので、値段交渉に入ります。本当は、Model Yを待ちたいところですが、テスラ以外の電気自動車を運転することは、色々と勉強にもなるし、メルマガのネタにもなります。

そこで、在庫の中から必要なオプションが付いた車体の値段を出してもらうと、定価から1,600ドルしか引いていません。他の車種がどのくらいの値引きで売られているかを頭に入れておいた私は、「他の車種は5,000ドル引いてるよね」と厳しく指摘すると、Katelynは「上司に相談して来ます」と席を離れます(これは、値引き交渉中のセールスマンの常套文句です)。

しばらくすると、戻って来て「OKが出ました」というので、実際の購入手続きに入った時に、もう一度数字を確認すると、4,000ドル引きにしかなっていません。ムッとして「5,000ドル引きだと言ったじゃないか」と指摘すると「ごめんなさい」と数字を書き直して来たのですが、今度は「5,600引き」になっています。アメリカ人は、暗算が不得意なので、こんなことは結構あります。

私が、書類にサインをしようとすると、妻が横から「え、今日買うの?」と言います。私が「気に入ったって言ったじゃない」と尋ねると、「一晩ぐらい考えてからにするのかと思った」と彼女は言います。相談して、結局その場で買うことにしたのですが、気分良く値引き交渉が出来たのが、一番の理由だったりします。

その後すぐに、リース切れのレクサスをディーラーに返却に行ったのですが、その時に妻が呟いた「レクサスが電気自動車を出してくれていたら、こっちを選んだのに」という言葉が、強く印象に残りました。

私は、10年以上に渡ってトヨタ自動車と仕事をして来たし、経営陣も含めて、親しく付き合って来ました。そんな関係があったからこそ、私はプリウスを運転し、妻はレクサスを運転して来ました。2年ほど前にプリウスからModel Xに乗り換えた時は、少し良心の呵責を感じていたぐらいです。

しかし、今回のレクサスからアウディe-tronへの乗り換えに関しては、完全にトヨタの戦略ミスだと思います。既に、電気自動車はアーリー・アダプター向けのニッチな存在から、アーリー・マジョリティが欲するものに変わりつつあります(転機は2019年だったと思います)。

2020年の今になって、これだけ地球温暖化が注目を浴び、各国の政府が、電気自動車へのシフトを宣言したにも関わらず、富裕層向けのレクサス・ブランドで、電気自動車が提供出来ていないのは大失敗です。

特に重要なのは、主婦層に人気のミニSUVで、ここが2020年の主戦場になることは目に見えています。3月には出荷が始まるテスラのModel Yが市場を席巻することは、ほぼ確実ですが、少なくともe-tronを提供しているアウディは高く評価して良いと思います。

【追記】e-tronの評価は、もう少し運転してから来週号にでも書く予定です。

テスラの四半期決算

テスラの決算発表がありました。アナリストの予想を上回る売り上げと利益だったため、株価が急騰しましたが、私から見ると、それほど驚くべき数字ではありませんでした。最も重要な数字は、Free Cash Flowで、これが$1 billion以上あったことは、とても良い兆候です。

テスラは、まだ成長中の企業なので、生産ラインへの莫大な設備投資を必要としています。そのために必須なのが、Cash Flowで、そこさえしっかりと管理出来れば、まだまだ成長の余地がある会社です。今回の発表で、現金にかなりの余裕があることが分かったのは、好材料です。

アナリスト向けのカンファレンス・コールで、イーロン・マスクは、上海の工場の建設費は借金で賄うことが出来たのが助かった、と発言しましたが、同じようなことがベルリン工場でも可能であれば、さらに積極的な投資が可能になります。借金を嫌う経営者もいますが、テスラのように、ニーズが十分にある会社の場合、借金をして設備投資に回すのが、最も賢い財務戦略です。

カンファレンス・コールでイーロン・マスクが語った、もう一つの重要な点は、粗利益率(18.8%)に関するコメントです。イーロンは「粗利益率を上げるには、自動運転が鍵を握る」と何気なく触れましたが、まさにこれがテスラをテスラとしている点です。

テスラは、現在、全ての車種に、自動運転に必要なカメラ・センサー・自社製のAIチップを搭載していますが、自動運転機能そのものは、ソフトウェア・オプションとして提供しています。テスラ自身は、このオプションの装着率を公開していませんが、たぶん50%を切っていると思います。この装着率の低さは、自動運転機能の開発が完了していないことを考えれば当然で、それを待って購入するのが賢い選択肢です(私は、勢いで最初から装着しました)。

現在の状況をまとめると、

となります。つまり、自動運転オプションの装着率が上がると、テスラの粗利益率は上昇するのです。

こんなことが出来るのは、テスラが自社製のAIチップを作っているからです。自動運転に欠かせないAIチップやGPUは、市場で購入するととても高価(Nvidia製のGPUだと数千ドル)ですが、そのコストの大半は、研究開発コストであり、製造コストは安いのです。

テスラのAIチップに関しては、既に研究開発費は計上済みなので、ハードウェア・コストそのものは微々たるものなので、全車に搭載することが可能なのです。

他の自動車メーカーの場合、Nvidiaなどから高価なチップを購入する必要があるため、全車に搭載することは不可能で、ハードウェア・オプションとして提供するしかありません。結果として、自動運転オプションを選ぶ人は少ないし、そのオプションの粗利益率も普通の数字(18%程度)になってしまいます。

実は、この問題を完璧にではありませんがそれなりに解決する方法があります。良い頭の体操になると思うので、考えてみてください。答えは来週のメルマガに書きます。

image by: Arcansel / Shutterstock.com

中島聡この著者の記事一覧

マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料で読んでみる  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 週刊 Life is beautiful 』

【著者】 中島聡 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 火曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け