クルーズ船内で新型コロナウイルス感染症の拡大を阻止しようするわが国の試みは、事実上失敗に終わりました。「隔離の発想が裏目に出た結果」と分析するのは、軍事アナリストで危機管理の専門家でもある小川和久さんです。この経験を生かすべくさまざまなアイデアを発信する小川さんは今回、主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、各自治体や一定規模の病院に「病院天幕」を備えることを提案。南海トラフ巨大地震なども見据え、その必要性を訴えています。
新型肺炎から学ぶべき教訓
新型肺炎(新型コロナウイルス感染症)が日本国内でも感染拡大の兆しを見せ、様々な行事の延期、中国からの部品供給停止をはじめ、社会的・経済的影響は避けられない事態となっています。
そうしたなか、様々な疑問が頭をもたげてきて、そこから生まれたアイデアを今後の危機管理に活かせないかと、考えを整理し、然るべき関係筋に提案したりしているところです。
そのひとつは病院天幕です。一例を挙げれば、神奈川県のキャンプ座間に第1軍団前方司令部を置く米国陸軍は、相模総合補給厰に250ベッドの病院天幕4セットを備えています。合計1000ベッドの運用には4000人の医療スタッフが必要とされ、そのために米本土から予備役部隊が投入されることになっているのです。
なぜ、病院天幕の話をするのか、不思議に思われる向きもあるかと思いますので、少し説明しておきましょう。
クルーズ客船ダイアモンド・プリンセスで乗客・乗員約3700人の10%を超える感染者が発生したのは、クルーズ客船をひとつの「島」のように位置づけ、そこにとどまってもらえば感染拡大を防げるだろうとの、一種の「隔離」の発想が裏目に出た結果でした。
しかし、巨大なクルーズ客船といえども乗客乗員の数からすれば「密閉空間」であり、米国の専門家から「ホットスポット(感染源)にいるようなもの」という批判が出るのも、無理からぬところがあります。
このようなクルーズ客船に対する日本政府の対応の背景には、乗客・乗員を一定期間、社会から遮断して経過観察するための医療施設が不足しているという現状があるのです。そして、実を言えば、医療施設の不足は感染症ばかりではありません。南海トラフ地震などの巨大災害時に万人単位で発生する重傷者に対応できるだけの病院もないのです。
これに対して、私は病院天幕の準備を提案してきました。避難所などに指定されている学校の校庭などの空間に、一定の水準を満たしたテント村を迅速に構築し、全国から駆け付けるDMAT(災害派遣医療チーム)などが手当にあたるのです。
先に紹介した米国陸軍の病院天幕は高度の医療設備を備えたものですが、平均的な重傷者の手当にそこまで高度なものは必要ありません。自衛隊の病院天幕のレベルで構いません。それを必要数、自治体が備えておけば、大規模災害だけでなく、今回のような感染症の経過観察や「隔離」にも投入できます。一定規模の民間病院にも、駐車場に展開できる規模のものを備えておけば、来院者に車の中にとどまってもらい、外から医療スタッフが検査するようなことも避けられるでしょう。
そうした総合的な取り組みにいまから着手し、新型肺炎対策だけの縦割りに陥ることなく、次なるパンデミックと大規模災害から国民を守ること。それこそ、今回の新型肺炎から学ぶべき教訓のひとつだと思います。パンデミックも、大規模災害も、新型肺炎が蔓延しているさなかでも、われわれを襲ってくる恐れがあることを忘れてはなりません。(小川和久)
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