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クルーズ船で露呈。自分より有能な部下の意見を聞けぬ日本の官僚

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」において、新型コロナウイルスの感染拡大防止に失敗した日本政府。厚労相は感染症専門医の岩田健太郎氏の「告発」も黙殺し、結果的に世界から批判を浴びることとなってしまいましたが、その原因はどこにあるのでしょうか。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、前例主義と形式主義に汚染された官僚主義の弊害をその主因として上げ、この問題のために救える命が救えないということが起きる可能性もあると警鐘を鳴らしています。

問題は、自分より優秀な人材を管理できない、指導できない人物

クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で発生していた不十分な防疫体制の問題は、現時点でも厚生労働省は

  1. 主要な感染は2月5日以前のもの
  2. 2月19日以降の日本国内へ向けた下船方法に誤りはなかった
  3. 船内で業務にあたっていた厚労省職員と医師への検査は不要

という立場を変えていません。つまり、岩田健太郎医師が動画で指摘し、これに対して「正しいことが通らない」と「やんわりと諭(さと)した」高山医師のメッセージも拡散した中で、2月5日以降の船内での感染の可能性について世界的に懸念が生じている中で、依然として厚労省としては、それは「なかった」という強弁を貫こうとしているわけです。

例えば、23日から24日の報道では米国国務省からは「船内隔離14日を満たす2月19日を待たずに、17日にチャーター機で米国人を帰国させたのは、日本政府の負荷を軽減するため」という意味不明のメッセージがあるとかないとかいう報道がありましたが、これも奇妙です。米国政府に対して、「5日以降の感染が怖いので急遽引き取った」ということを「言わないでくれ」という根回しがあり、米国サイドが「日本に貸しを作る」形で、そのようなメッセージをリークするのに同意した可能性が感じられるからです。

ちなみに、外交の常識からすれば、そのように他国に「弱みを見せて貸しを作る」というのは国益を毀損する可能性があり、ご法度であることは言うまでもありません。

どうして、こんな不自然なことになっているのでしょう。少なくとも厚労省官僚の感染が3名、内閣官房の職員の感染が1名出ている(2月24日時点)わけですから、5日以降の防疫体制に問題があったのは明らかなのですが、どうして認めようとしないのでしょうか。また、それ以前の問題として、どうして岩田医師の助言は「無視された」り、「ムカついた」りされたのでしょう?

1つには、官僚組織の悲しさということはあるでしょう。前例主義と形式主義に汚染されて、細かいことまで文書で指示するという「ビューロクラシー(官僚主義)」にがんじがらめに縛られてしまって、過ちを訂正出来ないということがあると思います。

それとは別に、責任者クラスの人が「スキル不足」という可能性、特に「感染症対策の専門スキルがない」だけでなく、「一般的な管理スキルもない」という状態だということが推察されます。

この「一般的な管理スキル」ですが、こうした危機において重要なのは次の5つだと思います。

  1. 情報流通を迅速に行う
  2. ネガティブ情報を歓迎する
  3. 方針に誤りがあれば直ちに訂正する
  4. 見通しに幅があれば、世論に対して、より厳しいケースを覚悟させる
  5. 自分より有能な部下に気持ちよく仕事をさせる

このうち結構大事なのは4.です。世論というのは非常に感情的に揺れます。ですから、とても怖いわけで、通常の神経ですと見通しに幅がある場合は「楽観論」を言ってその場をしのぐのが楽であるわけです。ですが、仮に世論が楽観論を信じている中で、より悪い事態になればリーダーシップへの信任が傷んでしまいます。ですから、厳し目に言っておくというのは常識だと思います。

一番大切なのは5.です。このスキルは、管理監督者として「絶対」に必要なものです。そうでなければ、管理監督者は全能者となって、その分野の全ての知識を習得し、絶対的な判断力を持っていなくてはなりません。人間の組織というのは、そうではなくて、情報や判断材料は「自分より有能な部下」から上がってくるわけです。そこをちゃんと出来ない人、その点で「ムカつく」とか「有能な人を嫌う」という種類の人は管理のポジションに置いてはダメです。

こうした管理能力のことを、例えば古代中国では「諫言に従う」という言い方で表して来ました。つまり皇帝は、臣下からの「それは違います」という反対意見などをしっかり受け止めて、それに従うべきという考え方です。

例えば、ある王朝のある皇帝(唐の太宗李世民など)の場合は、「流れるように諫言に従った」という形容で歴史に名を残しています。つまり部下の「耳の痛いような反対意見」に対しても、「一切怒らず」自然にそれに従ったというのです。

では、この種の管理スキルというのは、東洋的なものかというと、西洋でも似たうような事例は沢山あります。アメリカのレーガン大統領は、ブレーンの進言を、それこそ「流れるように」受け入れたばかりか、それを世論に対して分かりやすく翻訳する「コミュ力」を持っていたとされます。

例えば、不十分(特に部下の進言の要点を深く理解して自分の言葉に翻訳するスキルが足りない)ではありますが、安倍総理や、ブッシュ大統領も、少なくともこの点ではできないと言うよりは、できた方だと思います。

管理だけでなく、教育・指導もそうです。自分より能力の高い子どもの能力を見抜いて伸ばすのが教師ですが、往々にして「質問は邪魔」だとか、「私と張り合うのか」的な姿勢を見せて、折角の才能を潰す教師がゴロゴロいるわけで、こうした人物は社会の敵だと思います。

日本のヒエラルキー文化というのは、年齢や学年、職歴、職位に応じて「権力が最初に与えられ」てしまい、それを使い果たしてゲームオーバーになってもいいという、バカみたいなところがあります。そうした文化の弱点を知って、少なくとも管理者や指導者は「自分より優秀な人物をハッピーにし、モチベーションをより高める」のが仕事だというようにしなくてはダメです。

今回の新型肺炎の場合は、この問題のために救える命が救えないということが起きる可能性があります。また、日本経済ということでも、こうした「間違った管理者、教師」の存在を許すことで、ものすごい損失が発生しているのではないかと思うのです。

image by: Kevin Hellon / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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