アジア圏のみならず、今や全世界で猛威を振るう新型コロナウイルス。アメリカでも感染者数が爆発的に増加し、当局は対応に追われています。米国在住の作家・冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、アメリカの新型ウイルス対策を詳細に紹介。さらにこのウイルスが人類と共存するためにクリアすべき「3つのポイント」について論じています。
新型コロナウィルス問題に関する2つのクエスチョン
今回は次の2つの点について議論してみたいと思います。
「アメリカのコロナ対策は、日本の後追いなのか?」「新型コロナウィルスは季節性インフル同様に『日常化』できるのか?」の2つです。
まず、アメリカの状況ですが、本稿の締め切り(現地時間3月9日・水)時点では、
- 感染数 603
- 死者 22
- 発生州 35(ワシントンD.C.を含む)
という数字、またその一方でサンフランシスコ近海にはクルーズ船「グランド・プリンセス」が停泊中で、感染が発生しているなど日本と類似の進展をしています。では、完全に日本の後追いかというと、そうではなく、少し違った動きもあるようです。気づいた点を箇条書き的に記録しておこうと思います。
1.まず、社会における基本的な認識はアメリカも日本も同じです。このウィルスは、伝染力が高い一方で、多くの無発症者が感染を拡大する危険性があり、かといって全員の検査を行えばデメリットもあることから、様子を見ながら水際作戦と、社会の段階的な閉鎖を行うということで、前提も方法論も日米はソックリです。
2.一方で、連邦政府レベルでは混乱が見られます。CDC(疾病センター)という強力な専門家集団があるのですが、トランプは初動において「危険性の軽視」をするような放言を続けています。また、今回のコロナウィルス感染が起きる前に、そもそもCDCの予算をカットし、トップを更迭するなど非協力的でした。
ですから、ウィルス対策について「過小評価ゆえに消極的」なトランプ政権と、これに対するCDCなど専門家の対立を抱えています。これは日本との比較で言えば、かなり違っています。
一方で、社会的に「こうしたシリアスで専門的な危機」については、トランプのようなリーダーには「期待しない」という姿勢もあります。トランプ自身がペンス副大統領に司令塔を振っていることもあり、当面はこの体制で回るということも言えるのかもしれません。
3.各州は非常に真剣です。例えばNYのクオモ知事は「感染者1名」という段階では、「NYは世界に開かれた窓」だから「遅かれ早かれ発生は不可避」だとして、「動揺しないように」と強気でした。ですが、感染が拡大すると一気に「非常事態宣言」を打っており、臨機応変という格好です。
その一方で、政治的ライバルであるNYのデブラシオ市長は「日本やイタリアからの来訪者は14日間自主隔離」というアナウンスを行っています。現場ではそんなに真剣に適用はされていないようですが、このように州レベルと市町村レベルでチグハグというところもあります。
4.教育機関についてですが、大学は非常に神経質になっています。本稿の時点で、シアトル周辺のワシントン大、NYのコロンビア(女子大のバーナード含む)はクローズ、スタンフォード、プリンストンも「リモート授業に移行」ということで、かなり厳格に動いています。
小中高に関しては、その町村で感染者が出るとクローズということになっています。但し、アメリカの場合は、大学は勿論のこと、小中高でも「リモート授業」、つまりネット授業での対応を取っているのが特徴的です。ニュージャージー州の一部の町では、「ネット授業の体制確認」作業のために、本日1日の閉校を行って、先生たちが準備というところもあります。
5.社会的な不安感、イベント自粛ということについては、日本と非常に似ています。日本での反応が「先進国型の社会でコロナ感染が広がるとどうなるのか」というケースとして、アメリカはそのまま後追いしている感じです。
大リーグの開幕はまだどうなるか未定ですが、とりあえずバスケットボールの大学選手権など、多くのイベントが無観客などの対応になりつつあります。音楽祭の種類はかなりキャンセルが進んでいます。また、生活物資の備蓄の動きも始まっています。
6.日本との違いということでは、亡くなった高齢者の遺族であるとか、自分は感染したが治った人といったケースで、実名を出して取材に応じるということがされており、その点については少しオープンな感じがあります。
7.クルーズ船への対応では、「乗客2,000名はオークランドで下船。その後は各州の軍の基地に14日隔離」ということが決まりました。これは横浜の事例に学んでいると思います。当然と思います。
8.アメリカ人は「健康な人はマスクはしない」とか、一般的に「手洗いの習慣が非常に薄い」ということで、日本とは基本的な行動パターンが異なるわけで、その分だけ脆弱性があるわけですが、こうした点については急速に対応が進んでいるようです。
9.問題は、株の暴落です。今日はNY市場がオープンすると、約5分でS&Pの指標が7%下落となり、「サーキットブレーカー」といって自動的に15分間の取引停止がされました。その後は、更に下がったわけではないのですが、終値でも2,000ドル以上の下げとなっており、ダメージは広がっています。専門家の中には、こうなるとコロナ問題が医学的にスルーできても、バブル崩壊のスパイラルは止まらないという解説をする人もあり、かなり厳しい状況という声も出ています。
以上が、本稿の時点でのアメリカの状況ですが、では、第二の問題、つまり「新型コロナウィルスは、どうなったら正常化するのか?」という問題については、どう考えたら良いのでしょう?
十分に議論が尽くされたわけではないし、政府も、また各国の専門家も特に方針を明らかにしているわけではありません。ですが、現時点で言えることは次のようなことではないかと思います。この点に関しては、引き続き、読者の皆さまのご意見を頂戴したいと思います。
まず、インフルエンザと同じように人類と共存するかというと、例えばですが現時点までの数字で見てみますと、
インフル(70歳代以上の高齢者の場合)
日本…重症化率0.07%、死亡率0.03%(厚生労働省の資料による)
新型コロナの死亡率
イタリア…4.96%
米国………4.03%
中国………3.83%
韓国………0.68%
ということで、今回の新型コロナの死亡率は、インフルと比較して非常に悪い数字となっています。ですが問題は、そう単純ではありません。
- 検査を増やして母数を上げると死亡率は減る(韓国の場合)
- 検査体制が追いつかないと、死亡者の発見が先行して率が上がる(アメリカの場合)
という具合に、数字にバラツキがあるわけです。つまり、本当の感染者数が把握できて、死亡数を正しく割り算できればいいのですが、現在は分からない、つまりどの程度危険なのか分からない危険な状態ということが言えます。
次に厄介なのは、潜伏期間の問題です。通常インフルの場合は3から4日、最長で7日程度と言われていますが、仮にこの新型コロナの場合に当初から言われているように14日あるとすると、非常に面倒です。
また、無発症の感染者が感染を拡大するという問題もあります。インフルの場合も無発症者が感染を広める現象は知られていますが、あくまで仮ですが、「インフルより重症化率が高く、死亡率も高く、その一方で潜伏期間が長く、潜伏期間中の感染拡大もあり、無発症の感染者も感染を拡大する」ということが確定するとしたら、これは厄介だということは言えそうです。
問題は、そうした確定をさせるためには、相当数の検査が必要であり、その際に「猛烈な規模の数字」が出てしまうと、社会的なスローダウンがもっとひどくなる危険があるわけです。
もう1つの問題は、ウィルスによる疾病のメカニズムがまだ良く見えていないということです。肺炎になった場合の影に特徴があるとか、髄膜炎の症例があるとか、排泄物にもウィルスがあるとか、とにかく人体において、このウィルスがどのような活動をするのか、まだ十分に解明されていません。勿論、全世界の研究者が必死になって調べているので、時間の問題と思われますが、とにかく待たねばならないということだと思います。
その上で、薬剤の問題があります。このウィルスに対する免疫のメカニズムを調べて、予防薬と治療薬を開発するということでも、全世界の製薬会社が今現在猛烈なスピードで取り組んでいるわけですが、こちらのメドがどうかということは重要です。
整理しますと、
- 症例を重ねることで「どんな病気なのか?治療法はどうか?」という理解と技術が進むこと。その結果として、人類としてこの疾病について「質的な」理解が確定すること
- 大規模な検査を経て、無発症者からの感染、潜伏期間、重症化率、致死率などのデータが固まり、人類として「量的に」この疾病の理解が確定すること
- 同時に、予防薬と治療薬が開発・実用化されて、全世界規模としてニーズに見合う供給がされること
この3つが完了すれば、このウィルスと人類は共存できるのではないかと思います。その場合ですが、インフルよりは脅威が大きいとなった場合には、予防薬の投与を危険性を持ったグループには必須として課するとか、流行時には社会的な規制を発動するといった強い対応を日常的に取る必要が出てくる可能性もあるかもしれません。
問題は時間です。諸説ありますが、SARSのように初夏になると弱体化して、同時に完全に追跡と封じ込めができるという可能性は日に日に遠ざかっているようにも思います。
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