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「新型コロナの感染拡大を遅らせても感染者総数は同じ」の大ウソ

新型コロナウイルスを巡って何より心配されているのが、医療現場の崩壊。事実、中国の武漢では医療崩壊により、普段ならば救える命も多数失われたと伝えられています。そのような事態を避けるには、どんな手を打つべきなのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアの中島聡さんが、独自に立てたモデルの計算から導き出された「感染拡大速度と感染者数の関連性」を提示。現段階では感染率をいかに下げるかが重要として、そのために一人一人がすべきことを記しています。

※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2020年3月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

感染率と医療崩壊

新型コロナウィルスが通常のインフルエンザと比べて脅威なのは、新種のウィルスであるため免疫力を持つ人がいない上に、有効なワクチンや治療薬がまだ存在しないためです。そのため、急激に感染が拡大した結果、肺炎などを起こした重症者が必要な治療を受けられなくなる「医療崩壊」を起こしてしまう可能性があるのです。

実際に、こんなケースで、どんな形で感染が広がるのかに関しては、様々なところで簡易的なグラフでを見ましたが、実際に最悪の場合ピーク時にどのくらいの人数が同時に感染するかを知りたかったので、自分でモデルを立ててみました。

ネット上に「計算ウイルス学・免疫学の展開」という文献があったので、それを参考に以下のようなモデルを立てました。

とした場合。

が成り立つと予想できるので、n(0)=1(一人の感染者)、N=1億人として、n(t)を感染率βを変化させてプロットすると、色々と面白いことが分かります。

下のグラフは、感染率が1.8(青)の場合と1.3(赤)の場合を比較したものです。

感染率が1.8だと、ピーク時には感染者数が1,500万人に増えてしまい、これでは医療崩壊は免れません。しかし、感染率を1.3に下げると、ピーク時の感染者数は300万人に抑えることが出来ます。

興味深いのは、総感染者数です。感染率が1.8だと、約8,000万人(日本人の大半)が感染することになりますが、1.3だと約4,500万人に抑えられるのです。

とある解説者の「感染拡大を遅らせても、感染者の総数は同じだ」というコメントの信頼性を疑っていたのですが、間違っていることがこのモデルで証明できました。感染拡大のスピードを抑えることは、単にピークを低くするだけでなく、感染者数も減らすことが出来るのです。

ちなみに、医療崩壊が起こると、重症患者が適切な医療を受けられなくなるため、致死率は当然上昇します。仮に通常の致死率を0.1%、医療崩壊が起きた場合の致死率を0.5%と置き、上の総感染者数とかけ合わせると、

となります。

1918年~19年のスペイン風邪で亡くなった日本人は39万人なので、医療崩壊が置きた場合は、それに匹敵することになります。

有効なワクチンや治療法が存在しない今の段階では、「どうやって感染率を下げるか」がとても重要です。学校閉鎖などの政府による施策にだけ頼らず、一人一人が、

などの基本的なことを地道に実効することが実は感染率を下げる上で(つまり、医療崩壊を避ける上で)とても重要なのです。

ワイマール憲法に学ぶ緊急事態条項

新型コロナウィルス対策の一つとして、安倍総理が「緊急事態宣言が出せるよう法整備をする」と発言したことが物議をかもしています。

安倍政権にとって、憲法改正の目玉は第九条ではなく、緊急事態条項の追加だとされているので、そこに繋がる話です。

安倍さんとしては、「緊急事態に関する法律が整っていないから、今回のようなケースで、素早く的確な施策を打つことが出来ない。だから整備すべきだ」という論理なのでしょうが、それであれば、具体的に「どんな施策が(今の法律のままでは)打てないのか」を明確に示すべきです。

緊急事態条項は、政府が緊急事態を宣言することにより、普段よりも強い権限を得て緊急事態に素早く対処出来るように追加されるものですが、悪用される可能性も十分にあるので、慎重に考える必要があります。

その意味では、第二次世界大戦で、ドイツがワイマール憲法(もしくは、ヴァイマル憲法)の緊急事態条項をどう活用(悪用)したかを学ぶことは良い勉強になります。

ワイマール憲法の48条2項には、大統領の非常措置権限として以下のような国家緊急権を定めていました(Wikipediaより)。

ドイツ国において、公共の安全および秩序に著しい障害が生じ、またはその虞(おそ)れがあるときは、大統領は、公共の安全および秩序を回復させるために必要な措置をとることができ、必要な場合には、武装兵力を用いて介入することができる。

 

この目的のために、大統領は、一時的に第114条(身体の自由)、第115条(住居の不可侵)、第117条(通信の秘密保障)、第118条(言論の自由)、第123条(集会の自由)、第124条(結社の自由)、および第153条(財産権の保障)に定められている基本権の全部または一部を停止することができる。

憲法とは、どんな人が政権を握っても国民をないがしろにしないように、様々な国民の権利を定めていますが、こんな緊急事項条例があると、政権は、緊急事態宣言さえすれば、なんでも出来てしまうようになります。

ヒトラーはこれを利用(悪用)して、圧倒的な力を手に入れ、政敵やヒトラーのやり方に反対する人たちを刑務所に送り込んだり処刑したりし、合法的に(ここが重要!)独裁者となり、ユダヤ人を虐殺し、世界を戦争に巻き込んだのです。

つまり、下手に憲法に緊急事項条例を設けてしまうと、「政権に必要以上の力を持たせない」という憲法の効力に抜け穴が出来てしまうことになるのです。

去年、日本の弁護士会が、自民党の緊急事項条例に反対を表明したのはまさにこれが理由なのです。

下にいくつか関連する資料へのリンクを貼り付けておくので、これを機会に緊急事項条例に関して勉強しておくのも悪くないと思います。

【参考文献】

自民党、参院選公約に憲法改正で緊急事態条項…非常時に内閣に権力集中、弁護士会が反対
緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である
憲法改正「緊急事態条項」は本当に必要なのか?被災者を支援してきた弁護士が分析
『モーニングショー』が自民党の改憲案「緊急事態条項」の危険性を検証!
独ワイマール憲法の“教訓” なぜ独裁が生まれたのか(Youtube)

※表記に間違いがあり、本文の一部を訂正しました。(2020年3月12日)

image by: Ned Snowman / Shutterstock.com

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マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。IT業界から日本の原発問題まで、感情論を排した冷静な筆致で綴られるメルマガは必読。

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【著者】 中島聡 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 火曜日(年末年始を除く) 発行予定

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