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森まさこ法相を「検察が逃げた」と口走るまで追い込んだ裏事情

先日掲載の「『検察逃げた』の森法相が問題行動。委員長も思わず『あちゃー』」でもお伝えしたとおり、3月9日に行われた参院予算委員会で、突如「東日本大震災の時に福島県いわき市で検察官が最初に逃げた」と口走り、後に謝罪した森まさ子参院議員。現役の法務大臣による検察を貶めるかのような発言は各所で批判の対象となりましたが、そもそもなぜ森法相はこのような「失言」を口にするに至ったのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんが自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、その大元となった出来事として「安倍政権が今年1月31日に強行した閣議決定」を挙げ、その日から森法相が追い詰められるまでを丹念に追っています。

森法相を錯乱させた安倍首相の唐突な法解釈変更

森まさこ法務大臣は、安倍首相に呼び出され、大目玉を食らったという。もしそれが本当なら、森大臣は舌打ちしたい心境だったことだろう。

なぜなら、法務大臣たる彼女が、およそ、その立場をわきまえぬ奇妙キテレツな発言をするに至ったもとをただせば、安倍政権が今年1月31日に強行した閣議決定にあったからだ。

黒川東京高検検事長の勤務を今年8月7日までとする。こんな閣議決定は過去に例がない。検察庁法によると、検事総長以外の検察官は63歳に達したら退官しなければならない。1957年2月8日生まれの黒川氏の退官日は今年2月8日だったが、それを半年ばかり延長するというのだ。

現検事総長の稲田伸夫氏が8月に定年を迎えるのをにらんで次期検事総長に、安倍政権ベッタリの黒川氏を据える布石なのは、誰が見ても明らかだった。

その人事の違法性を野党に厳しく追及され、苦し紛れに飛び出したのが3月9日の参院予算委員会における森法相発言である。

「東日本大震災のとき、検察官は福島県いわき市から市民が避難してない中で最初に逃げたわけです」

法務大臣の立場にありながら、民主党政権時のこととはいえ、検察を批判しているのである。しかも、検察官の定年延長問題とかかわりのある話とは、とうてい思えない。

質問者の小西洋之議員は、なぜ唐突にこんな話が出てくるのか、さぞや当惑したことだろう。なにしろ、それまでの森大臣とのやり取りとは、あまりにも食い違う答弁だったのだ。

昨年12月になって、突如として黒川氏を定年延長させる案が持ち上がり、実現に向けて動き始めた経緯について、小西議員が「なぜ突然変異したのか」と詰め寄ると、森法相は「社会情勢の変化」を理由にあげた。「どのような変化か」と問われて飛び出したのが「検察官は逃げた」だった。

実はこれ、森氏が野党・自民党の女性論客として民主党政権を追及していたころの地元関連の持ちネタだった。

検察の報告書によると、福島地検いわき支部は2011年3月11日の震災後、極度の混乱状態に陥り、事件関係者の取り調べができなかった。一方、福島地裁いわき支部もまた3月14日以降、裁判を開けない事態になった。このため、地検いわき支部は執務場所を3月16日から23日まで郡山支部に変更した。そのことをいまさら、現職の法務大臣がことさらに取り上げて、「検察官が逃げた」と蒸し返したのである。

森法相はなぜ、こんな答弁をするにいたったのであろうか。「検察は逃げた」という受け止めの是非はともかく、検察官の定年延長を必要とする社会情勢の変化を説明するために持ち出すような話ではあるまい。

2月10日から13日にかけての国会の動きを子細に観察すると、背景が見えてくる。

2月10日の衆議院予算委員会。この日まで、検察庁法との矛盾をつかれた森法相は「検察庁法には勤務延長の規定がない。特別法に書いていないことは国家公務員法が適用される」と、テキトーな理屈で押し通そうとしていた。しかし、山尾志桜里議員(立憲)が、そうはさせじと、たちふさがったのだ。

山尾議員 「大臣の見解では、検察官の定年延長が認められるようになったのは
いつからですか」

森法相 「国家公務員法が設けられた時、昭和56(1981)年の改正時と理解しています」

1981年に成立し4年後から施行された改正国家公務員法で60歳定年制が導入されたさい、定年延長の規定が設けられたので、検察官の定年延長も同時に認められたのだと言いたかったらしい。

その理屈をぶっ壊す事実を山尾議員は突きつけた。定年制導入が審議された81年4月28日の衆議院内閣委員会における質疑の内容だ。

神田厚議員(民社党) 「定年制の導入は当然指定職にある職員にも適用されることになるのかどうか。検事総長その他の検察官…これらについてはどういうふうにお考えになりますか」

 

斧誠之助・人事院事務総局任用局長 「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております」

人事院は現在の国家公務員法に改正される時点で、検察庁法に定年の規定がある検察官には、国家公務員法の定年制は適用されないと明言しているのである。

山尾議員の指摘に、安倍官邸はさぞかし、あわてふためいたのではないだろうか。1月31日の閣議決定を、どう正当化するか。安倍首相は急ぎ、側近に妙案を求めたであろう。

2月13日の本会議。安倍首相はこの件について、平然とこう述べた。

「検察官も一般職の国家公務員であるため今般、検察庁法に定められている特例以外については一般法たる国家公務員法が適用されるという関係にあり、検察官の勤務延長については国家公務員法が適用されると解釈することとしたところです」

1981年以来の解釈をくつがえし、検察官の定年延長について「国家公務員法が適用されると解釈することとした」と言う。立法時の精神を無視するお得意の「解釈変更」をまたもや、やってのけたわけである。

これにより、本当は山尾議員の指摘によって、2月10日から13日の間に解釈変更されたにもかかわらず、1月31日の閣議決定より前に解釈変更されていたと口裏を合わせる必要が森法相や“忖度官僚”らの間に生まれた。

2月19日の衆院予算委員会で、山尾議員は、解釈変更がいつ行われたのかについて厳しく追及した。

山尾議員 「解釈変更したのはいつですか」

森法相 「1月下旬です」「内閣法制局とは1月17日から21日に、人事院とは1月22日から24日に話し合い、異論がないという回答だった。そのあとなので1月29日です」

山尾議員 「大臣が、昭和56年の国会答弁で検察官は国家公務員法による定年延長の適用外とされたのを知ったのはいつですか」

森法相 「人事院から考えが示された1月下旬です」

山尾議員 「誰が見ても2月10日でしょ。私が質問した日の」

実はこれに先立つ2月12日の衆院予算委員会で、後藤祐一議員(国民)の質問に対し、人事院給与局長、松尾恵美子氏は、昭和56年の法解釈をそのまま引き継いでいると答えていた。

その翌日の2月13日に安倍首相が突如として解釈変更を言い出したのは、松尾氏にとって、まさに「寝耳に水」だった。人事院が1月24日に解釈変更に合意したと言う森法相の主張と食い違ってしまった。

山尾議員はその点にも追及をゆるめない。

山尾議員 「2月12日に人事院は、現在までも同じ解釈を引き継いでいると言った。撤回しますか」

松尾人事院給与局長 「1月22日に法務省から解釈が示され、解釈を変えた。現在という言葉が不正確でした。撤回させていただきます」

恥を忍んで、明々白々のウソをつく羽目になった松尾局長はさぞかし不本意だったことだろう。

2月10日の山尾議員の指摘を受けた無理やりの解釈変更だったのを、1月31日の閣議決定前に法務省、内閣法制局、人事院がきっちりとした手順を踏んで行ったように、つじつまを合わせようとする。疑惑まみれの総理大臣が人事で検察コントロールをはかろうとする意図を察し、必死になる彼らの姿は、そこはかとなく哀しい。

森法相はこの問題の矢面に立ってきたが、野党の執拗な追及に、かつてヒステリックな民主党政権批判のネタに使った「検察は逃げた」がむくむくと蘇り、立場もわきまえずに口走って墓穴を掘ったのだ。「気分本位」は、迷いのもとである。

image by: 森まさ子 - Home | Facebook

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