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追い詰められた首都。東京は本当にロックダウンすべきなのか?

新型コロナウイルス感染症の拡散防止のため、海外各都市で取られている都市封鎖、いわゆる「ロックダウン」。ここに来て感染者が急増している東京においても、ごく近うちに同様の措置が取られるのではとの声が各所で上がっていますが、もはや避けることはできないのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、事実上の外出禁止令が発令されているニュージャージーに住む冷泉彰彦さんが、様々な要素を鑑みつつ東京にロックダウンが必要か否かを考察しています。

東京は都市封鎖(ロックダウン)すべきなのか?

東京に関しても、このまま経路不明の感染者が増加したり、大規模クラスターが発生したりした場合には、都市封鎖という判断を迫られるかもしれません。そのためには準備が必要です。また、東京には東京の方法もあり、それ以前の問題として、そこまでしなくてはならないのか、という点の検討も必要です。

既に実施されているニュージャージーを含めた、ニューヨーク都市圏エリアでの実情とアメリカでの報道を踏まえ、更には日本を中心とした専門の各先生方の論考などを参考にしながら、気がついたことをご報告したいと思います。

まず最初は、実施をどの程度強制するかです。中国・ヨーロッパのケース(強制レベル大)と、アメリカの多くの州のケース(強制レベル中)は少し違います。この両者の違いですが、

という違いです。これに対して日本の場合は、

となっています。この強制の度合いですが、例えば中国の場合は民主政体でないので個人の人権を気にしないでできるとか、ヨーロッパの場合は政府がパニックになっている、あるいはアメリカは厳しい中でも人権に配慮している、一方で、日本の場合は政府が後手に回っている…そんなイメージがあります。

ですが、実際はそういった印象ではなく、あくまで数字をベースに決めているのです。具体的には、「社会距離戦略(ソーシャル・ディスタンス)」における「減少目標値(q)」という数値です。

このqという数値ですが、つまり通常の対人接触を100%としたとき、それをどこまで減らすかという目標値という意味です。例えば、q=0.01(1%)ということですと、これまで一週間に100人と会話していた人の場合、それを1人にしなくてはなりません。一方で、q=0.5(50%)が目標の場合は、半分にするということになります。

実際の目標値の設定ですが、勿論、都市全体、あるいは国全体として感染者をゼロにすることが究極の目標となります。そのために重要視されているのがR0(「アール・ノート」または「アール・ゼロ」、基本再生産数=簡単に言ってしまえば感染率)という指標です。

これは単純化して言えば、1人の感染者が出た場合に、その人が何人に病気をうつしてしまうかという数字を平均したものです。R0=5だと、1人が5人にうつすということで、感染は爆発的に広まってしまいます。一方で、R0が1より小さくなる、例えば0.1なら急速に収束しますし、0.8とか0.9であっても収束に向かっているということは言えます。

このR0(感染率)ですが、まずウィルスの種類によって異なります。よく知られたウィルスの中では麻疹(はしか)が強く、何もしないとR0=15前後と言われています。一方で、季節性のインフルの場合は2から4ですが、今回の新型コロナウィルスの場合は何も対策をしないで、免疫のない集団の中に感染者が入ってしまうと「2.5ぐらい」だという数字があります。

これに加えて、環境によってもR0は変化します。まだコロナに感染していない人が、ある期間(例えば1ヶ月間)、絶対に玄関から出ず、また玄関も開けずに一切の「人との接触」を絶ち、冷蔵庫と戸棚にある食品だけで生き延び、配達された郵便物にも触れないということをしていれば、R0はほとんどゼロになります。

反対に、閉ざされたクルーズ船で対策が不十分だと6とか8、ライブハウスでは4とか6とか、今回の小池知事が注意喚起したナイトクラブでは5とか7とか(あくまで全くの仮の数字ですが)いう形で、同じ新型コロナウイルスであっても、R0は大きくなります。都市の場合なら、都市閉鎖(ロックダウン)をするのは、このR0を意図的に減らすための政策です。

つまり、世界中の国または都市がロックダウンをするのは、この「R0」を1より小さくすることに全力を挙げているわけです。中国湖北省の武漢市は、それを達成したことで第一次感染をおおむね収束させることができました。

具体的には、各国において感染症の専門家は「q(接触を減少させる目標値)」の数字を動かすことで、何とか「R0」が1より小さくなるようにシミュレーションを行っているわけです。

例えば、これもあくまで単純化した話ですが、最初に申し上げた「強制レベル大」という場合は、qの目標値が「0.03(3%)」以下になるようです。例えばフランスの場合、外出には「外出目的申告書」を携帯させるとか、散歩やジョギングは自宅から半径500メートル以内といった規制をしていますが、そうした規制によって、q=0.018(1.8%)ぐらいを目指しているようです。

また中国の武漢市の場合は、感染がピークとなった時期には「外出は1家族1人が1週間に1回」というような厳しい規制があったようで、しかも警察による取締や罰則の適用を伴うものでした。これは共産党政権だからできるとか、民主国家ではできないとかいった問題ではなく、武漢市の、その時の状況では「q=0.01(1%)以下」にしないと、R0(感染率)を1未満にはできない、そのような切羽詰まった状況があったということです。

一方で、アメリカの場合は「都市閉鎖「q=0.18(18%)」ぐらいをターゲットにして、日々の状況に基づいて国や州、都市が様々な規制をかけています。例えば、私の住むニュージャージーの場合は、まずレストランやバーが休業命令の対象となり、その数日後にヘアサロンなどパーソナルケアの店舗に休業命令が出されましたが、別に思いつきでやっているのではなく、感染の状況を見ながら「q」の目標値をどんどん下げているわけです。

ニューヨークの場合は、罰則規定が導入されていて、公共空間での集合や禁止行動(バスケットボールなど)を行った場合は、250ドルから500ドルの罰金とされていますが、そうした罰則の設定や罰金の金額も「q」の数字を下げる努力としてされているのです。

ところで「R0(感染率)」と「q(減少目標値)」の関係ですが、勿論、その都市や地域の人口、そして感染者数も関係してきます。例えば、人口の割に感染者が多く、現在の感染率「R0」も高い場合は大変に危険ですから、「q」を思い切り小さく取って、それこそ3%とか1%を目標にしなくてはならなくなります。

一方で、人口の割に感染者が少ない場合は、「q」をそれほどムリに小さくしなくても、「R0」を1未満にして収束に向かわせることが可能になります。反対に、ある都市の全体として「R0=2」とかになると大変です。感染サイクルを7日間としても、14日で4倍、21日で8倍、28日で16倍と倍々ゲームで増えていってしまうからです。更に2.5から3に近づくと、もっと激しい感染爆発になります。

さて、東京の場合ですが、判断は非常に難しいところに差し掛かっているように思われます。

判断を行うためには、実際の感染者数を推定しなくてはなりません。ところで、日本の、特に東京の場合はPCR検査の数が限られているという指摘があります。これは事実ですが、その背景には次の3つの事情があると思われます。

1.日本の場合は、徹底したクラスター対策に集中して成果を上げてきた。つまりクラスターが発見された場合に、陽性患者を隔離すると同時に、周囲の濃厚接触者も含めて何度も何度もPCR検査を行って、感染を封じ込める作戦が取られている。そこで、限られた検査能力の中では「初めて検査を受ける人」に割けるリソースが少ない。

2.検査陽性イコール感染症指定医療機関に入院、という厳格な(国際的にみれば贅沢な)運用を取っている。止める話は何度も出ているが、現場などの反対があるのと、軽症者は一般病院や自宅での療養となった場合のケア体制が構築できていない。そこで逆算して軽症とみなされる患者は検査を先送るしかない。

3.クルマ社会でないので、ドライブスルー検査が不可能。従って、検査場所での感染拡大の危険性があるために検査数を一気には増やせない(今回、残念ながら大きなクラスターを発生させた台東区の永寿総合病院がいい例)。

ということで、依然として日本(特に東京の場合の検査件数)は少ないままです。ちなみに、本稿の時点(アメリカ時間3月30日)における検査数、陽性患者、死亡数は、

となっています。一方で

ということで検査数は正確な数字が出なくなっていますが、東京の場合とは2桁違う数字になっているわけです。では、仮に思い切り検査数を拡大したら、東京の場合はどのぐらい出てくるのかということになると、一つの目安は「勢い」です。

現在のNYは一時期の「3日で感染者が倍になる」状況から、最新の時点では「倍になるのに6日」までペースが緩やかになってきており、ピークが近づいているとされています。

一方の東京ですが、把握できているクラスター(例えば繁華街の店だとか、台東区の病院)を除外して、経路不明の感染ということで考えると、ジワジワと増えているわけです。仮にこれが数日で倍になるというような勢いを見せているとなると、その背景にある「見えないクラスター」も同じ速度で拡大していることが考えられます。

そうすると、ある時点で急にR0が1から2、更にそれ以上ということになって、「重症者が殺到する」という最悪のシナリオに数日で転換してしまう、そんな可能性があるわけです。

その場合ですが、良くも悪くも「ドタンバになると、個人の裁量でアドリブ対応を含めて頑張る」カルチャーというよりも、「厳格にマニュアルを守る」カルチャーの日本の場合は、非常にあっけなく医療崩壊が起きてしまう可能性があるわけです。

例えば、日本医師会は「一刻も早い緊急事態宣言を」という主張をしていますが、それは人権をすっ飛ばしたいとか、自分たちが保守派だとかいうようなことでは全く無く、日本の厳格なマニュアルを守りながら一気に重症者が殺到してきた場合の医療体制の脆さを知っているがゆえの悲痛な訴えであると理解できます。

勿論、私はアメリカという遠くから見ているので、誤りやズレはあるかもしれません。ですが、専門家の方々の論考を必死で勉強しながら、アメリカでロックダウンの真っ只中で耐えている経験を重ねたところから、以下のような見通しを述べさせていただこうと思います。

1.仮にあと数日(4月2日・木)ぐらいまでで、東京の「経路不明の感染者における増加傾向が明らか」となった場合には、準ロックダウンを真剣に検討する必要がある。

2.その場合に、企業、官公庁、学校は今週中に、通勤通学を止める準備を完了する必要がある。具体的には、新年度体制に伴う業務権限の移譲、学校における教科書配布など。

3.中国、韓国、欧州、アメリカの実例からは、例えば飲食店の営業停止(テイクアウトとデリバリーのみ許可)というのが常道だが、日本の場合は強制命令を出す法律が感染病法しかないし、それでも短期間しか出せない。また強制にすると補償が必要で、確かに人情としては出したいが、東日本大震災、豪雨・台風被災の事例との比較では難しい。そこで「消費者の自粛を強く求める」という手段となった。28・29日の週末はその実証実験だった可能性。

4.個人への罰則規定については、日本の場合は法律上の根拠が難しい。その一方で、感染のスケールを考えると、そこまで強く「減少目標値」を下げる必要はなく、むしろ社会的な混乱によって「減少目標」が下がらなくなる危険もある。従って、マイルドな対応となるのではないか。

ということで、非常に切羽詰まってきたように思えます。ですが、東京都も、そして各医療現場も、また都民の皆さんも、冷静な判断と対応が、まだまだ可能であると思います。

どうして多くの大学生が3月に海外渡航していたのか?

ところで、この間に「2月末から3月にかけて欧米への渡航」をして、帰国した人が無症状のまま感染を拡大させているという事例が出てきました。この問題ですが、5つ指摘しておこうと思います。

1つは、これは武漢からのチャーター機帰国と同じ性質のもの、つまり日本人が「危険回避」のための緊急帰国ということです。

2つ目は、にも関わらず、3月11日頃までは全世界が欧米での感染拡大の危険性を認識していなかったのは事実です。ですから、対応が遅れたのはどうしようもない不可抗力としか言えないように思います。

3つ目は、帰国者への14日の自主隔離、公的交通機関利用自粛について、急に発表したことが、かえって駆け込み帰国を引き起こしたという問題で、これはもっと他に方法論はなかったのかと思います。

4つ目は、多くの大学生がこの時期に欧州や米国に渡航していた理由ですが、中にはこの令和の時代に「卒業旅行」などというトンチンカンなことをやっていた(つまり、就職イコール服役か徴兵と勘違いして、学生のうちに海外旅行という発想が古すぎ)若者もいるようです。ですが、多くの場合は短期留学で、しかも国のあっせんで民間企業の寄付による制度を利用したもののようです。ですから一方的に批判することはできないように思います。

5つ目ですが、こうした帰国者がウィルスを持ち込んでいるというのは事実と思いますが、実際は、このグループについても、クラスター防止のために相当な追跡ができているように思われます。3月の帰国者が欧米から感染力の強いウィルスを持ち込んでいるので、今回の第二次感染拡大が起きているというのは、ウソではありませんが、それが全てではないようにも思われるのです。

image by: PhotographerIncognito / Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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