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剥がれた化けの皮。安倍首相「やってるフリ」で逃げ切り図る賭け

先日掲載の「これぞ『アベノマスク』首相の1世帯マスク2枚配布発表に批判殺到」等でもお伝えしているとおり、国難とも言える状況下でリーダーシップを発揮できているとは言い難い安倍首相。東京五輪の「1年延期」決定も現実的ではないという声が各所から上がっています。そんな首相について、「国民をバカだと思っている」と強く批判するのは、ジャーナリストの高野孟さん。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』でそう判断せざるを得ない理由を記すとともに、今回の「新型コロナ禍」をきっかけに世界の政治経済が構造転換に向かうのではという見解を示しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年4月6日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

米国でも物笑いの種となった「アベノマスク」──コロナ禍対応で問われる指導者像、そして国家像

今井尚哉補佐官が脚本・演出を担当し、安倍晋三首相が主役を演じる「やってるフリ」芝居は、4月1日の「アベノマスク」宣言に至って、ついに国内ばかりでなく米国の複数のメディアからも揶揄されるほどの物笑いの種となってしまった。

なぜ突然に「布製マスク」なのか?

一般に家庭用として売られている使い捨ての不織布マスクは、業界用語ではサージカル・マスクと呼ばれている。「外科用のマスクという意味で、本来、手術の時などに医師の口から唾液や雑菌などが患者の手術部位に付着しないように開発されたマスクを指します。ウイルスなどの『吸入』を防ぐためのものではありません」(スリーエム社HPの解説:「マスクには種類がある」)。

これに対して、プロ仕様のマスクとしてはN95防護マスク、DS2防塵マスクがあり、これらは「マスクを正しく装着し、顔にフィットさせれば、PM2.5、ウイルス、放射性粉じんの吸入リスクを低減する目的には有効」「N95は米国労働安全衛生研究所(NIOSH)が定めた規格、DS2は日本の厚生労働省が定めた規格で、両者はほぼ同等」(同上、写真参照 )。N95とは粒子捕集効率95%以上という意味である。

かつて北京のPM2.5大気汚染が激しかった時には現地の日本大使館がN95の装着を推奨していたものだが、今はその仕様のものは感染症に立ち向かう医療関係者に集中しなければならない時で、我々は一般の不織布マスクで我慢しなければならない。しかしそれは、自分が感染している場合に他人に移すのを防ぐこと、ウイルスに触れた手で自分の口や鼻に触るのを防ぐことに一定の効果が期待されるという以上のものではない。布製マスクも同様だが、布の編み目は不織布よりも遙かに粗いので、その効果は相当低くなる。

そもそも安倍首相は3月5日に3月中にマスク6億枚以上を供給できると表明したが、その公約が一体どうなったのかをきちんと国民に説明しなければならない。増産が思ったようにうまく行かなかったのか、増産はしたけれど大元のところで買い占めている者がいたのか、それとも流通体系にネックがあって店頭になかなか出回らないのか、実状を明らかにして対策を示す必要がある。そして、それが奏功して不織布マスクが十分に出回るようになるのは(例えば)4月下旬になる見通しなので、それまでの繋ぎとして、性能的にはやや落ちるけれども布製マスクを全戸配布させて貰います──というのなら、まだ話は分かる。

しかし実際はそのような丁寧な検討の結果ではなく、今井が「全国民に布マスクを配るというサプライズを打てば、国民の不安なんかパッと消えますよ」と進言して、安倍首相が盲従しただけのようである。国民をバカだと思っているこの2人だからこそ出来る、愚劣極まりないパフォーマンスである。

「アビガン」キャンペーンは大丈夫か?

もう1つの悪質な「やってるフリ」芝居は、新型コロナウイルスへの治療薬が今にも出来るかのようなキャンペーンで、これには特に読売新聞が前のめりになって旗振り役を買って出ている。

安倍首相は3月28日の記者会見で「一日も早く皆さんの不安を解消できるよう、有効な治療薬やワクチンの開発を世界の英知を結集して加速してまいります」と言って、新型インフルエンザの治療薬アビガンなどいくつかの薬品名を挙げた(本号FLASH 欄参照)。そのアビガンについて4月5日付読売は一面トップで、「アビガン200万人分確保/新型コロナ/経済対策原案5本柱」の大見出しを掲げ、さらに第3面でこれを受けて「ワクチン開発短縮に挑む/世界の大手続々/早ければ『1年』」と8段記事で盛り上げた。

もちろん、治療薬と予防ワクチンが1日も早く開発されるよう、誰もが待ち望んでいるが、だからと言って過剰な期待を抱かせるようなことを一国の指導者が口にするのはよろしくない。というのも、アビガンは富士フイルム富山化学が開発した抗インフル薬で、それが新型コロナウイルスにも有効だと中国の科学技術省の主任が3月17日に発表したため、俄に注目が集まってはいるけれども、実はこれが国の承認を受ける際に催奇形性(奇形児を産む危険)があることが問題になり、条件付きの承認となった経緯があるからだ。

橋本宗明=日経ビジネス編集委員は3月19日付同誌電子版でこう書いている。

そもそもアビガンは14年に抗インフルエンザ薬として日本で承認されているが、通常の医療用医薬品とは扱いが大きく異なる。「他の抗インフルエンザウイルス薬が無効または効果不十分な新型または再興型インフルエンザウイルス感染症が発生し、本剤を当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ、患者への投与が検討される」とされ、厚生労働大臣の要請がない限り販売はできない。

 

というのも、承認を取得した際、動物実験の結果などから催奇形性(さいきけいせい)を持つ可能性が指摘されたためだ。承認申請は11年に提出されたが、審査期間は約3年と長期に及び、既存の抗インフルエンザ薬とは異なるメカニズムであることから、新型インフルエンザに対する備蓄用の位置づけで何とか承認された。ただし、催奇形性が心配されるため、妊娠中や妊娠の可能性がある女性が使うことはできない。服用した薬は精液や母乳の中にも出てくるので、男性が服用した場合も避妊が必要だし、授乳も中止しなければならない。このように、慎重に使用する必要がある薬であり、臨床研究などを除いてこれまでほとんど使われてこなかった……。

さらに安倍首相は28日の会見で、もとはエボラ出血熱の治療薬として米国で開発中の抗ウイルス薬「レムデシビル」の名前も挙げた。これは試験管レベル、動物実験レベルではMARSやSARSに対する効果が確認されているものの、医学ライター=井出ゆきえの4月1日付「ダイヤモンド・オンライン」の記事によると、「実臨床ではこれまでに、エボラウイルス感染患者に対する投与が試みられたことはあるが、治療効果は認められていない、国内外ともに未承認の薬」であって、まずは本来のMARSやSARSの治療薬として承認された上で新型コロナウイルスに転用出来るかどうかを試すのだろう。まだトンネルの出口も見えない段階のようである。

来年夏までの「1年延期」でよかったのか?

東京五輪組織委の森喜朗会長は、4月3日付朝日新聞のインタビューに答えて、3月24日に安倍首相がIOCのバッハ会長と電話会談して1年延期を決めた時の様子をこう語っている。

会議の30分前に来てくれ、と安倍さんに言われてね。彼は1年延期というから、『2年にしておいた方がいいのではないですか』と聞いたら、『ワクチンの開発はできる。日本の技術は落ちていない。大丈夫』と言う。

 

(来年9月の自民党総裁任期満了を踏まえて)『政治日程もあるよな』と言ったら、『あまり気にしないでくれ』と。安倍さんはかなり明快に『これでいいんだよ、1年でいいんだ』と言った。(安倍さんは)21年に賭けたんだ、と感じたよ……。

そう、安倍首相は1年延期に賭けたのだが、その賭けを支えるのは「ワクチンの開発はできる。大丈夫」という希望的観測でしかないということである。しかもこの短い台詞にもいくつか混濁があって、まずワクチンの開発と製造は来年夏前には無理だろう。ワクチンはどんなに早くても1年か1年半はかかるというのが常識である。治療薬はできている可能性はなくはないので、それが全世界に出回ってパンデミックは終息しているであろうことに賭けたということである。それに、ワクチンにせよ治療薬にせよ、たぶん「日本の技術」だけでは難しいだろう。

会員制情報誌『選択』4月号は、上述の「レムデシビル」はじめコロナ治療薬の開発競争の最前線をレポートしているが、そこでは「このように創薬技術を巡り、世界は激しい競争と合従連衡を繰り返しながら前進しているが、日本は蚊帳の外にいる。……現状、日本は欧米や中国の臨床試験の進展を祈るしかない」と余りにも情けない日本の現実を指摘している。この点でも安倍首相は、現実とは大きくかけ離れた、「嘘」のつもりではないのだろうが、はかない「夢」を語っているだけである。

漫画家のやくみつるが語っているのが正しい(4月4日付毎日夕刊「週刊テレビ評」)。

安倍晋三首相が東京五輪を「新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして実施したい」と、高校英語の「未来完了形」のような文体で語った言にまつまでもなく、東京五輪はコロナの世界的感染拡大の終息(ないしは開催可能と判断できるほどの「収束」)が大前提だ。であれば、1年後の開催を確認したというひとまずの結論は、中止の決定を1年間猶予してもらったことと限りなく同義ではないか。

 

開幕の3、4カ月前となる来年の今ごろ、改めて開催の可否を問われてダメとなれば「さらなる延期はありません。その時こそ待ッタなしに中止です」と〔IOCから〕言い渡されたに等しい。

 

そして現状を見るに、1年後、世界が平静を取り戻しているとはとても思えない……。

世界の政治も経済も構造転換に向かうのではないか?

結局、この危機の中で問われているのは、各国の指導者の質ということになるだろう。本誌No.1,037(「台湾との差が歴然。新型肺炎でも馬脚をあらわした後手の安倍政権」)では、米外交問題評議会シニアフェローのヤンゾン・ファン教授の「公衆衛生は信頼を基盤にしている。政府への信頼は社会資本であり、これが効果的な公衆衛生上の対策をとる上で極めて重要になる」(フォリン・アフェアズ・レポート3月号)という言葉を紹介したが、まさにその通りで、台湾を筆頭に、韓国、やや出遅れたものの途中からの中国などは的確な行動で国民の信頼を得つつ被害を一定のところで抑えてきた。反対に、国民をバカ扱いして言葉の遊びで操れば権力などどうにでもなるという調子で過ごしてきた指導者は、安倍首相も、トランプも、かなりの程度でジョンソンも、国民の信頼を得られないどころか失望ばかりを増幅させ、日々化けの皮を剥がされていく。

そのさらに先を眺めれば、このことを契機に、国家のあり方も世界経済の姿も、大きく構造転換を遂げていくことになるのではないか。米国は、世界最大の経済大国であり、全世界の軍事費の半分近くを一国で使い果たすほどの史上最強の軍事帝国であるけれども、その経済力と軍事力を振り回しても国民の命をろくに守ることができないという、情けない姿を晒している。しかもその責任を逃れようとするためだろう、これを「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」とか呼ぶことで危機の責任が米政府にはないことを国民に認めて貰おうとする、醜い努力を続けている。

ソウル大学の朴喆熙教授がこう述べる(4月5日付東京新聞「時代を読む」)。

コロナウイルスは軍事力や経済力に基づいている「強大国」のイメージを変えていく可能性がある。G7の一員である米国、英国、イタリアのような国がウイルスにこれほど弱いとは誰も思わなかった。

 

「ソフトパワー」の中身変わるのではないかと思う。ソフトパワーは文化、芸術、政治の質など主に国の魅力などを意味したが、国民に「命の安全と心の安心」を提供できる能力が含まれるだろう。「最低の生活保障、最高の医療保障、適正な福祉保障」など生活安全中心の国家競争力概念の重要性がますます重視されると思われる……。

米国は、偉そうなことを言っているけれども、最低の生活保障も、最高の医療保障も、適正な福祉保障もない、詰まらない国だと世界中の人々が思い始めることで、世界は変わるのかもしれない。ブータンの「国民総幸福度(GNH)」を本気で学び直そうか、という風に。

image by: 首相官邸

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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