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コロナ重症患者の救世主となるか。中外製薬「アクテムラ」の実力

富士フイルム富山化学が開発した「アビガン」が、新型コロナウイルス感染症の軽症者に対して効果を発揮するとして世界中から注目を集めていますが、同じく日本発のある薬が、重症患者の救世主となる可能性が出てきました。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、ノーベル賞受賞者の本庶佑氏が名をあげた抗体医薬品「アクテムラ」の作用システムを紹介しその積極的な臨床試験を訴えるとともに、相変わらず正しいリーダーシップを発揮できない安倍総理に対して批判的な見方を示しています。

アクテムラはコロナ重症患者治療の切り札になるか

ノーベル賞受賞者の本庶佑・京大名誉教授は、風格ある紳士ゆえ、あからさまに次のようなことは言わない。

「“アベノマスク”配布に466億円もかける金があるのなら、新型コロナウイルスの治療薬研究に投入してもらいたい」

しかし、本音は上記に近いのではないか。4月11日朝の日テレ系報道番組「ウェークアップ!ぷらす」に生出演した本庶氏の以下の発言を聞いていて、そう思った。

「安倍さんが言う100兆円のうち、真水がどれくらいかわかりませんが、100億でも病態解明と治療薬につながる研究に出していただければ、非常に大きな結果が出てくると信じております」

「過去にない、強大な規模」と安倍首相が大口をたたいた総額108兆円の緊急経済対策。税金や社会保険料の支払い猶予まで含めて金額を水増ししているが、GDPに寄与する「真水」は20兆円程度ともいわれる。そのうち100億円でいいから、治療研究にまわしてほしいと訴えるのだ。もっともなことではないか。

治療薬研究に関して、本庶氏は一つの薬名をあげた。「アクテムラ」(一般名:トシリズマブ)。中外製薬が創薬した国産初の抗体医薬品で、関節リウマチをはじめ6つの病気の治療薬として承認されているものだ。

「アビガン」は軽症段階で投与すれば効果が出るといわれるのに対し、「アクテムラ」は重症患者の治療に使えるのではないかと期待が高まっている。

中外製薬は、4月8日に新型コロナウイルス肺炎の薬として治験をはじめる届けを出したが、厚労省の動きはというと、いつものことながら、鈍い。

本庶氏はこう言う。「アクテムラとか、日本で開発されてますからね。そういうものを、もっともっと臨床の現場で使ってみろ、というような指針を出さないといけない」

海外では、重症新型コロナ肺炎の入院患者約330例を対象に臨床試験の開始を中外製薬の親会社、ロシュ社(スイス)が3月19日に発表している。日本も急がねばならない。

「アクテムラ」はなぜ期待できるのだろうか。どうやら「サイトカインストーム」がキーワードのようだ。

「(新型コロナで)死に直接かかわるのは、サイトカインストームという非常に大きな免疫反応の変化です。なぜ起こるのかがよくわかっていないので、世界中の研究者が問題にしている。そこを実地でもやりながら病態を解明して、短期間でこれを終息させる。これが一番重要だと思います」

実地でやるとは、具体的には「アクテムラ」の臨床試験のことをさすのだろう。

サイトカインストームを起こし、突如として重篤な肺炎に陥るケースが新型コロナではしばしば見られる。ウイルスを排除するために分泌されたサイトカインが、過剰な免疫反応を起こすのだ。なぜそうなるのかを解明するためにも、「アクテムラ」などを積極的に臨床で使えるよう、厚労省が指針を示すべきだという。

病原体への免疫系の攻撃は、白血球の好中球やマクロファージなどが飲み込んだり、キラーT細胞が宿主細胞を破壊したり、抗体が病原体を不活化させたりしておこなわれる。免疫の活性化と抑制に、重要な役割を果たしているのが、サイトカインと呼ばれる生理活性蛋白質だ。

サイトカインの一種である「インターロイキン6」(IL-6)が、自分の免疫に自分の体を攻撃される自己免疫疾患の原因に関わっていることを発見した大阪大学の研究チームと中外製薬が共同研究して生まれたのが、国内初の抗体医薬品「アクテムラ」である。

IL-6の作用を妨げる働きを持つため、炎症反応が暴走するサイトカインストームから生命を救うのに効果があるのではないかと、期待されている。

新型コロナウイルスに感染し、呼吸困難になったとき、今のところ、人工呼吸器、または、人工肺とポンプの体外循環回路による「ECMO」で酸素を補給し、患者の自力による復活を願うしか手立てはない。

いわば、丸腰で戦っているのが実態だ。ワクチンができれば、その投与で抵抗力が備わるが、コロナウイルスのワクチンは簡単にできないと本庶氏は指摘する。それでは新型コロナウイルス流行の終息がいつになるか全く見通せない。だからこそ、一刻も早く有効な治療法を見つけるべきであり、そこに政府が力を入れるべきだと本庶氏は説く。

本庶氏は免疫をつかさどる細胞にある「PD-1」という新たな物質を発見。それが免疫の働きを抑えるブレーキ役を果たしていることを突き止めた。人の体が持っている免疫でがん細胞を攻撃する新しいタイプの治療薬「オプジーボ」は、この発見によって開発された。

免疫系の異常反応が、新型コロナウイルス感染でなぜ起きるのか、その解明と治療法の確立のために抗体医薬品「アクテムラ」の実地使用が必要であることを本庶氏という、分子免疫学の泰斗が主張している意味は大きい。

ごく最近のことだが、本庶氏は三つの緊急提言を発表した。

  1. 感染者を検出するPCRを毎日1万人以上に急速に増やす
  2. 東京圏、大阪圏、名古屋圏の1ヶ月の完全外出自粛
  3. 治療法として外国で有効性が示されているものを実地導入する

そして、こう指摘する。「目に見えない忍者のような敵を見つけることはできないが、毒をもらった人を発見して他人に移らないようにすることと、適切な治療で死亡を防ぐことが大切」と。

この提言にくらべ、現実に政府がやっている緊急事態対策がいかに生ぬるいかは、日本国民の誰もが感じていることだろう。

安倍首相の判断をいつにも増して鈍らせている元凶は、例によって秘書官や補佐官といった連中であろうし、厚労省の医系技官ともいえよう。

前例のない危機対応にあたふたする官邸官僚と、専門的知見をふりかざす厚労省医系技官とのコミュニケーションがうまくいっていないのも問題だったのではないだろうか。

2017年に新設された医務技監(次官級ポスト)には、評判の必ずしもよくない鈴木康裕氏が居座っている。医務技監はパンデミック対策の司令塔たらねばならないはずだが、忖度気質の強い鈴木氏がその器かどうかとなると、首をひねる関係者も多いようだ。

1984年に慶應義塾大学医学部を卒業し旧厚生省に入省、順調に医系技官ムラで出世してきたのはいいが、臨床経験は乏しく、ましてや感染症の対策をテキパキと指示できるほどの修練を積んでいない。

それでも、早期に大量検査体制を構築し、陽性の人々を見つけ出して隔離することが大切だと鈴木氏ら医系技官には十分わかっていたはずである。わかっているのに、必要な隔離施設、屋外での検査センターなどをつくっていく難事に着手するのを怠り、軽症者が入院すれば重症者のベッドが確保できないという理屈で検査数を抑えてきたのはなぜなのか。

現状変更を嫌がる気質がありながらも、専門的知見もまた有するはずの厚労省医系技官を、加藤厚労大臣や安倍官邸が他国の例を見たり、実地経験豊かな専門家の意見を聞くなどして、しっかりと機能させれば、対コロナの戦況は今よりずっとましなものになったであろう。

アビガンの承認手続きに関しても、軽症者にしか効かないにもかかわらず、重症者に投与したため、思ったような成績が出ず、遅れをとってしまった。

新型コロナ感染症から回復し抗体を有する人の血漿を用いた新薬づくりに武田製薬が米国の有力企業と共同で着手し、6月には治験を終える予定のようだが、平時のような厚労省の対応だと承認までに時間がかかってしまう。

国の存亡にかかわる緊急時には、強いリーダーシップによる迅速な戦略展開が必要だ。

なぜ安倍首相は「私がすべての責任を取る」と宣言して、完全外出自粛、思い切った補償、簡易な抗体検査とPCR検査を併用した大量検査を断行しないのか。今は財務省の財政健全化イデオロギーに付き合っている場合ではない。

image by: 厚生労働省 - Home | Facebook

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