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「手作りマスク」が示したコロナ後の個人ビジネス時代の可能性

新型コロナウイルスの感染拡大により、中国で生産や輸出に制限がかかると、マスクすら簡単に手に入らなくなった日本。この事態を受けてさまざまな「手作りマスク」が国内で生み出されるようになりました。メルマガ『j-fashion journal』の著者で、ファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、この流れは、新型コロナ禍が過ぎ去ったあとの消費者心理とビジネスのあり方を変え、個人によるビジネスの可能性が大きくなると予想しています。

1.大量生産大量販売の反省

これまでは大量生産大量販売の時代でした。産業革命後、大量生産ができるようになって、大量販売が必要になった。大量生産の目的は、スケールメリットによるコスト削減です。

昔は、どんな商品も職人が手作りしていました。一人の職人が、一つの商品を最初から最後まで作っていた。現在のような大量生産でなくても、誰も困っていなかった。生産量が少なくても、商品が壊れたら修理すればいい。一つの商品を長く使ったわけです。

大量生産が大量販売を必要とし、大量販売を継続するには、大量消費が必要になります。大量消費とは、次々と新しい商品を買い求め、古い商品は捨てることです。修理するより、新しく買った方が安い。そこまでコストダウンをすれば、「使い捨て文化」が生まれます。

職人が手作りしていた時代は、最小限の資源で暮らしていたのに、使い捨てになると大量の資源を使います。大量の資源を使って、大量生産して、せっせと使い捨てた結果、大量の廃棄物が生まれ、地球の環境を汚しました。廃棄物を完全に生分解する前に、次の廃棄物が捨てられます。石油化学製品は生分解もできません。廃棄物は増える一方であり、環境汚染も止まりません。

考えてみれば、人間とは地球に寄生している生物です。食料は大地や海から生み出されます。人間も手を加えているけど、元々は地球が与えてくれた「土、水、空気、有機物等」が生物を育てます。その命を人間がいただいて生きています。我々が着用している衣服も地球が生み出した原料で作られています。住んでいる家も地球が作り出した材料で作られています。

私たちは、地球に生かされている存在です。それなのに、人間は自ら生存できないような環境を生み出している。「地球に優しく」というけど、人類が滅びても地球はびくともしません。困るのは人間です。人間が生きられる環境を人間が自ら壊しているのです。私たちは、大量生産大量販売を反省しなければなりません。

2.貨幣依存経済の反省

現代人は、お金がないと生きられないと思っています。お金がなければ家にも住めないし、食料も服も買えない。学校にも行けないし、医者にも行けません。あらゆることにお金が必要です。そのお金を稼ぐために、私たちは働いています。

昔は周辺の人の力を借りながら、自分で家を建てていました。食料も自給自足していました。自宅で機を織り、きものも仕立てていました。自分で作ったものを物々交換することもできたし、余剰分を売ることもできました。それでも若干の現金は必要ですが、現在ほどお金に依存していなかったのは確かです。

その頃は、自分の生活を維持するための仕事と、お金を稼ぐための仕事が混在していました。更に、農村や漁村は共同体を形成していました。共同体として、道路、水路、山林等の整備も行います。現在の公共事業も自分たちで行っていたのです。

こうした暮らしを産業革命は破壊しました。地方に散らばっていた共同体を解体して、都市に人を集めました。そして、会社や工場に勤める生活を奨励しました。個人が作っていた商品を、何百人、何千人の人が大量に作るようになりました。

商社が、海外から原材料を大量に輸入し、倉庫に入れ、それを工場に売り、工場は生産計画を立て、製品に加工して、デリバリーする。その過程で多くの企業と多くの人々が関わります。昔は一人の人間が最初から最後まで行っていた仕事を分割し、大勢の人がその一部を担うようになりました。

次第に仕事の全体像が見えなくなり、生活のための仕事から、お金のための仕事に変わっていく。そして、仕事は個人で行うのではなく、組織で行うようになりました。その頃から、人間はストレスに悩むようになったと思います。個人が自分のペースで仕事をするのと、組織の中で命令された仕事を行うことは大違いです。

全体が見渡せる仕事は具体的なイメージを持つことができます。しかし、組織の一部だけの仕事は抽象的なイメージしか持つことができません。仕事に喜びを感じることはなくなり、単に生活を維持するためのお金を稼ぐ仕事になってしまいました。

仕事がつまらないから、休日には気晴らしが必要になります。職場と住宅が遠く、出勤時間が決められているから、満員電車に乗らなければなりません。住宅もお金で買い、食料もお金で買うので、お金のために稼がなければなりません。

世界中の人々が、そんな生活を続けた結果、地球環境は汚染され、貧富の格差が生まれました。一方で、大量の食品廃棄を生み出し、一方では食料不足で飢える人がいる。そんな世界になった原因は、自給自足を捨て、貨幣に依存した商品経済になったからとも言えるでしょう。

3.グローバル経済、中国依存への反省

貨幣経済が進化し、それがグローバルに拡大しました。世界で最も安く作れる地域で大量生産して、世界で最も高く買ってくれる市場で大量販売すれば、儲かります。但し、それを行うには、大量の物資を輸送しなければなりません。人間も世界中を飛び回ることになります。大量の燃料,つまり大量の石油が必要になりました。

昔は小さな村で完結していたことを、世界のスケールまで拡大しました。スケールを拡大すれば、それだけ利益も大きくなります。そんなグローバル経済の典型的な成功例が中国でした。

現在、世界は中国生産に依存しています。もちろん、日本も依存しています。日本は先頭を切って、中国に進出しました。多分、当時の日本人は中国に夢とロマンを感じていたと思います。日本が持っている技術を中国に移植すれば、中国は発展していくに違いない。同時に、日本が国内でできなかった大きなビジネスが可能になるかもしれない。もっと世界に大きな存在感を示すことができるのではないか。小さな島国に住んでいた日本人にとって、大陸進出には大きな魅力がありました。

第二次世界大戦で敗戦してから、日本はアメリカに頭を押さえつけられていました。飛行機を作ることも禁じられ、空母を持つことも禁じられました。日本の繊維産業が対米輸出で成長すると、輸出の自主規制を迫られ、輸出ができなくなりました。

日本の国力が上がり、アメリカが貿易赤字と財政赤字を抱えると、無理やり円高ドル安へと為替誘導が行われました。次第に、日本の富を収奪する仕組みが出来上がっていったのです。それでも、多くの日本人は更に努力して成長しようと考えました。

そんな中で中国が改革開放政策を発表し、日本政府、日本企業は「日中友好」の名の元に、積極的に中国進出を始めたのです。当時はアメリカも中国の成長を後押ししていました。世界が中国に夢を感じていたのでしょう。

それほど、当時の中国には何もなかった。中国には工場を建設する敷地はいくらでもあったし、工場で働く労働者も簡単に集まりました。しがらみのない国で、一からスタートできる。そこに可能性を感じたのです。そして、合弁企業を作り、理想と考える工場を中国に建設しました。

日本企業は機械を持ち込み、技術者を送り込み、工場を育てました。それでも、日本市場に対応できるまで、10年近く掛かりました。90年代になって、中国からの輸入が爆発的に伸びました。その結果、日本の市場価格が下落しました。日本の流通企業は安く作って安く売ることに熱中しました。国内にデフレスパイラルが起こり、市場は収縮し、利益も減少しました。国内製造業は淘汰され、日本人は貧しくなりました。

そして、予想外のことが起きました。あっと言う間に中国の生産力が世界の需要に追いついてしまったのです。多分、私を含めて多くの人々は「世界はもっと大きい」と思っていたでしょう。しかし、「世界の工場」になった中国は、世界市場に対して過剰生産になってしまいました。何もなければそのまま進んでいたでしょう。日本にとって過剰生産は当たり前のことでしたから。

しかし、新型コロナウイルス禍で世界が止まりました。そこで振り返りました。日本は中国の成長に協力することで、何か良いことが起きると思っていました。多少は自分たちにも利益が回ってくるのではないか。しかし、結果的に中国だけが豊かになり、日本は貧しくなりました。

情けないことに、マスクまで中国生産に依存して、本当に必要な時に入手できなくなった。日本の注文で生産したマスクまで中国政府が輸出禁止になって、中国政府の戦略物資になってしまった。これが、安く作って安く売りたいと思って、日本人が努力した結果です。愚かな話です。

今後も、新たなウイルス感染が起きるかもしれません。それも中国から発生する可能性が大きいと思います。私たちは中国依存の体制を修正しなければなりません。安く作って安く売る。そのために海外で大量生産するというビジネスの考え方そのものを見直す必要があります。

4.個人は小さなビジネスで生き抜こう

マスクが足りなくなって、手作りマスクが広がりました。ガーゼの生地やゴム紐も品不足が続いています。また、安いミシンも売れているそうです。私の知り合いの機屋さん、縫製屋さん、藍染め工場、アパレル企業、デザイナーも独自のマスクを作って販売しています。異業種の大手企業もマスク生産に参入しました。

日本で一般に市販されているマスクの7割は中国製で、多層構造の合繊不織布で作られています。全自動マシンで生産され、1点あたり数円のコストです。それが数十円で販売されていました。しかし、正価品の入荷が止まり、転売屋が1枚500円程度で販売するようになりました。

手作りマスクは、1000円から3000円程度ですが、作っている人の顔が見えます。それぞれに工夫しているのも楽しく、布製の手作りマスクを見直す人も増えました。自分でマスクを作るために、久しぶりにミシンを踏んでみると意外に楽しく、その勢いでトートバッグや洋服を作る人も増えているようです。

私が文化服装学院に通っていた40数年前は、まだ家庭で洋裁をする人がいました。月刊誌「装苑」の巻末には洋服の作図が掲載されていました。それを見て、全国のファッション専門学校の学生が服を作っていたのです。

また、デザイナーの登竜門である装苑賞を受賞した若いデザイナーも「半日で縫える直線裁ちワンピース」のような特集に作品を出していました。それらの服は、現在のユニクロの服のように完成度も高くないのですが、手作りの服として、それなりの魅力がありました。問題は消費者の価値観です。品質が高く安い商品が好きか。手作りのオンリーワンの商品が好きか。

私は新型コロナウイルス禍で、消費者心理はかなり変化すると思っています。海外生産から国内生産へという動きも出てくるでしょう。消費者心理は極端に振れます。

これまで安い量産品を選んでいた人も、手作り商品を選ぶかもしれません。単に商品を購入するのではなく、「支援する」「つながる」「共感する」という要素が含まれれば、商品だけの価値では決まりません。逆に言うと、手作り商品を継続するならば、こうした商品以外の情報やコミュニケーションが不可欠になるでしょう。

私が個人ビジネスを推奨する理由は、もう1つあります。それは、新型コロナウイルス禍と共に金融恐慌等が発生することが予想され、多くの企業倒産と失業者増加があるだろう、ということです。つまり、生き延びるためには、個人ビジネスが不可欠になると思うのです。

そんな時に、マスクを自作し、販売した経験が生きるのではないか。企業に依存するより、個人の方がビジネスがしやすい時代が来ると思います。

■編集後記「締めの都々逸」

「コロナ去っても 戻らぬ世界 はてなき  荒野を歩きだす」

グローバルビジネスが崩壊し、国や地域の経済に分解され、個人がビジネスの主役になる時代が来ると思います。いつになるか分からないけど、その時代を目指した教育プログラムを固めようと思います。(坂口昌章)

image by: shutterstock

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