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日本社会を脆弱にした経済優先の政策。池田教授が説くムダの効用

新型コロナウイルス感染拡大により医療崩壊の危機が叫ばれていますが、この事態を招いた一因として、厚労省が進めてきた病床数の削減があると指摘するのは、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授です。教授は、昆虫の世界にはムダと思われる生態が有事のセキュリティ装置となっている面があると紹介。病床数の問題に限らず、安倍政権の経済効率重視政策は、有事のリスクを増大させていると警鐘を鳴らしています。

経済効率最優先で削減されてきた病床数

今回の新型コロナウイルスの大流行によって、日本の社会経済システムが極めて脆弱であったことが誰の目にも明らかになってきた。つづめて言えば、目先の経済的な利益を最大化するために、既存のシステムを次々に経済効率最優先のシステムに変えてきた結果、今回のコロナ禍のようなdisturbanceに対して対処する能力を喪失してしまったということだ。

厚生労働省はここの所ずっと、全国の病院のベッド数を減らすことに腐心してきた。2015年に掲げた目標によれば、2025年までに最大で15%減らすという。重症患者を集中治療する高度急性期の病床を13万床、通常の救急医療を担う急性期の病床を40万床、それぞれ3割ほど減らす方針だという。この方針に沿って、毎年病院は統廃合されて、病床は減ってきた。

例えば、橋下氏が知事をしている時に、多くの市民や医療関係者が医療崩壊を招くと反対したにもかかわらず、強引に病院の統廃合を決めた大阪では、COVID-19の入院患者が増え続けた結果、4つの病院で救急患者の受け入れを拒否したという(4月18日現在)。交通事故やクモ膜下出血で緊急手術が必要な人はむざむざと死ぬことになるのだろう。もしかしたら、COVID-19の死者よりも、後者の死者の方が多くなるかもしれない。

無駄を省いて医療費を削減するということは、経済合理性から見て今現在の状況に適合した最適な医療システムにしようということで、状況が少しでも変われば対応できなくなってしまう。環境が、毎年毎年変化する状況下で暮らしている野生動物は、相当な無駄を抱えていることが普通だ。一番の無駄は有性生殖というシステムである。無駄がないと絶滅する確率が高くなるのだろう。

今の環境に一番適応している遺伝子型があるとして、この遺伝子型の個体をどんどん増やしていけば、この生物種は同じようなニッチ(生態的地位:食物と棲息場所が重なる2種の生物は同じニッチを持つという)を持つ他種との競争に有利になって、個体数が増えていくだろう。同じ遺伝子型の個体を増やす方法は単為生殖である。私が好きなカミキリムシの中にも単為生殖するものがいる。

奈良の春日山や岡山県の臥牛山に、クビアカモモブトホソカミキリという名前の、素人に名前だけ聞かせて、どんな虫か想像して絵を描いてくれないかと頼んだら、楽しい絵がいっぱい出てきそうなカミキリがいる。この虫は単為生殖をしていることが分かっている。西表島や台湾にも同じ種がいて、こちらは有性生殖をしている。春日山の個体群は、この虫が属するKurarua属の最北端に棲息している。恐らく棲息するのに厳しい環境で、遺伝子型が変化すると生きていけないのかもしれない。その結果、生きていける遺伝子型を持つ個体だけが、無性生殖で生き続けているのだろう。環境が激変すれば、たちまち絶滅に追い込まれると思う。

ムダこそ安全装置。効率化や大繁栄は絶滅と紙一重

最近話題になったミステリークレイフィッシュというザリガニは、飼育下で誕生した1匹のメスを祖先に持ち、染色体が3nで単為生殖をすることが分かっている。マダガスカル島では大増殖をして在来のザリガニの生存を脅かしているらしい。すべてクローンで、繁殖効率が極めてよく、ニッチが似た他のザリガニたちは勝てないのだろう。無駄を省いて儲け第一主義に徹した企業みたいなやつだな。

しかし、ひょんなことで絶滅しそうな気がするね。単為生殖が繁殖効率に優れ、他の種を圧倒するならば、どうしてほとんどの種は有性生殖をするのだろう。それはタイムスパンを多少長くとると、単為生殖をして遺伝的多様性が全くない生物種は、環境が変化したときに絶滅するからだと思われる。

以前、「飛蝗について」(生物学もの知り帖 第114回)でも書いたけれども、1875年の大発生時に12兆5千億匹という天文学的な個体数を記録したロッキートビバッタは僅か27年後の、1902年までには完全に絶滅してしまった。大繁栄と絶滅は紙一重なのである。

多くの野生生物の個体群には、一見種の存続の役に立たないように見える個体が結構いる。多くの昆虫類は膨大な数の卵を産むが、ほとんどは親になれず、繁殖に関与する前に死んでしまう。無駄を省いて卵数を絞ると、有事の時に絶滅してしまうだろう。「働かないアリにも意義がある」(長谷川英祐著)と題する本がある。わき目も振らずに働いているように見えるアリやハチの7割は余り働かず、1割は一生働かないという。

無駄の極みみたいだけれど、この働かないアリは、有事のセキュリティ装置として、巣の存続に役に立っているに違いない、という話だ。経済効率を優先して、ベッド数を減らせば、通常時の効率は確かによくなるだろうが、今回のような有事には、対応できないのだ。救急医療は他の産業と違って、人の命がかかっている。経済効率第一主義を医療に適用するのは間違っている。

政府が作ってきた日本社会の脆弱さが明らかに

今回のコロナ騒ぎでもう一つはっきりしたことは、外国からの人や物の移動がちょっと滞っただけで、輸入に頼っていた物が不足して、インバウンド頼みの観光産業がダウンしてしまうことだ。グローバル・キャピタリズムの論理に従えば、同じものならば、一番安い生産コストで作られた製品が市場を制するということになる。

日本で作られたコムギやトウモロコシや牛肉の生産コストは、アメリカ産のものに比べてはるかに高く、関税をかけなければ、日本産のものは競争に敗れるに違いない。尤も、アメリカ産の作物には、ネオニコチノイドやグリホサートといった農薬が沢山残留しており、肉にはホルモン剤や抗生物質などが入っている。富裕層は買わないだろうが、圧倒的多数の一般国民は安い食品を買わざるを得ない。

問題はこういうことを続けていると、日本の農業は衰退して、食べ物の供給をもっぱら外国に依存することになることだ。軍備を増強しても、軍需産業の儲けにはつながっても、真の意味の国防には役に立たない。戦闘機は食えないし、コロナウイルスを退治することもできない。そもそも戦争になる前に、外国からの流通はあらかたストップするであろうから、この時点で、多くの国民は飢えに直面して、戦争どころではなくなる。

今考えなくてはならないのは、多少効率が悪くても食料自給率を上げるシステムを崩さない(作る)ことだ。食料は国の生命線だ。国の生命線をアメリカに握られれば、無理難題でもアメリカの言うことを聞かざるを得なくなる。アメリカの属国化政策を押し進めた安倍政権は、売国奴と言っても過言ではない。経済効率第一主義は有事のリスクを増大するのは、ここでも真である。

もう一つの問題は、日本はエネルギー自給率がものすごく低いことだ。これについては、既にあちこちで述べているので、詳細はここでは述べないが、重要なことは、急に自給率を上げる方途は今のところないことだ。とりあえずは、エネルギーを売ってもらえるように、エネルギー供給国と友好関係を結ぶほかはないだろう。

日本政府は、小泉・竹中時代から、大企業の短期的な利益を極大化するために、正規雇用を減らし、都合に応じて雇用したり、馘首したりできる非正規労働者を増やしてきた。今回のような騒ぎが起きると首を切られた蓄えのない非正規労働者の数が増えて、これは社会不安の増大要因になる。

さらに日本人の時給はまだ高いといって、大量の外国人の単純労働者を受け入れた結果、失業した外国人労働者が溢れたら、大変厄介な事態になる。これらもすべて、短期的な利益の追求のために、システムを今現在の状況に最適化した結果である。こういうシステムは、社会的な安定性がなく、状況が変わった途端にクラッシュしてしまう。

インバウンドで食わざるを得ないのも、一般の日本人の給与水準が落ちて、遊びに行くお金が無くなってきたからだ。多くの日本人が、遊びに行ってお金を落とす余裕があれば、インバウンドに頼らなくとも、観光は壊滅しない。国に金がないのに、そんな夢のような話は非現実的だという人が多いだろうが、そう思わされているのは現在のグローバル・キャピタリズムのシステムを当然だと思うからである。システムを変えれば、話は全く違ってくる。

image by: shutterstock

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