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コロナ患者の命そっちのけ。それでも厚労省が守りたがる「制度」

4月6日、安倍首相が「一日2万件に増やす」と表明した新型コロナウイルスのPCR検査数ですが、その実態は遠く及ばぬ状況にあり、国民の間にも不満と不安が広がっています。なぜ検査数は一向に増えないのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんが、「検体採取ではなく分析体制に問題がある」として、検査数拡大を阻害していると思われる要因を推測するとともに、それ以前の問題として総理や大臣の姿勢を厳しく批判しています。

PCR件数、問題は検体採取ではなく分析体制

日本においてPCR検査の件数は思うように伸びていません。例えば4月6日に安倍総理は、この日に行われた新型コロナ対策本部の会合で、PCR検査の1日あたりの実施数を、当時の平均1万件から倍の2万件に増やすと表明しました。ですが、それから約1ヶ月を経た後、国会において加藤厚労相は、「2万件に『拡充する』が2万件『検査する』とは言っていない」と答弁して、世論の怒りを招いています。

この加藤答弁は、安倍総理が「桜を見る会」に関して、自分の山口県事務所が有権者に対して「募っているが募集はしていない」とした珍答弁と比較されているようですが、勿論、深刻さということでは次元が異なります。PCR検査が受けられないことで、入院治療ができない期間に突然死する症例も出てきている中では、正に生と死を左右する問題だからです。

加藤大臣は何を考えているのか、というと自分の所轄している厚労省の利害を代表していると考えられます。では、PCR検査の件数を増やしてしまうと、一番負荷がかかると思われる保健所の現場を守るために、「拡充するが検査はしない」という奇怪な答弁を駆使しているのかと思うと、そうでもないようです。

例えば、29日の参議院予算委員会では、蓮舫議員は、

「3月中旬から4月28日まで、路上や自宅で突然死し、検視して(コロナウイルス感染)陽性だった人の人数は何人ですか?18人です。うち11人が東京です。検査結果は亡くなった後だったという報道がある。今の検査体制だと救えない命があるのではないですか?」

などと例によって威勢よく質問をしたのですが、これに対して加藤厚労相は以下のように答弁しています。

「検査を受ける要件ではなくて、受診の診療の目安でありまして、37.5度を4日、そこを超えるんであれば必ず受診をしていただきたいということで出させていただきました。そして倦怠感等がある。それも4日だ。あるいは37.5度と倦怠感と両方だと、こういう誤解もありましたから、そうではないんだ、倦怠感があれば、すぐに連絡をしていただきたいと。こういうことは、これまで幾度も周知をさせていただいております」

その後の部分では

「さらにそうした誤解があれば、誤解を解消するよう努力していかなければならない。それ以前の問題として、保健所機能がそういったところで本来の機能を発揮できるように我々も一緒になって課題を解決していく。ボトルネックを解決していく。現場も努力をしながら、相当努力をしながらやっていただいております」

などと、まるで保健所も誤解しているので「本来の機能が発揮できていない」と保健所まで非難しているような答弁になっていました。つまり、現場の最前線である保健所を守るために「PCR件数をコッソリ裏で抑制」ということでもないようです。

ちなみに、これは加藤大臣だけでなく安倍総理もそうですが、PCR検査が足りないという批判に対しては、「検査を増やす努力」をしているという答弁もあるわけですが、例えば、同じ4月29日の村田議員への答弁で加藤大臣は、

「PCR検査の人手という問題もありますので、歯科医師の方にも協力をお願いしました。国民の皆さんが安心して頂ける状況を一日も早くつくるべく努力をしたい」

などと答えていました。こう言われると、何となく「規制緩和には慎重な厚労省にしてはフレキシブルにヤル気だな」という印象を持ってしまいますが、これも要注意です。

この「歯科医でも可能」とか「ドライブスルー検査も」などというのは、全て、検査の前半部分、つまり対象者の鼻の奥から綿棒を使って「検体を採取」する部分の話です。問題は、そこが足りないだけではありません。集めた検体を、試薬と機器を使いながら技師が「検査する」という後半部分、つまり「分析」の部分のキャパが足りていないのです。そこを改善するという話は、全く聞こえてきていません。ということは、厚労省としては「改善する気がない」と考える事ができます。

以降は、勝手な憶測です。できればハズレであることを期待したいです。この憶測が全くのハズレであれば、良いのですが、もしも当たっているようであれば、コロナ危機の出口戦略も狂ってくるし、何よりもこれからも救命できる生命が救命出来ないというケースが続くからです。

さて、コロナのPCRもそうですが、一般的に日本で医療関係の検査の実施や分析を行う仕事は、「臨床検査技師」という専門職が担っています。国家資格ですから、国家試験をパスしなくてはなりません。また、試験の受験資格には指定された学位が必要なので誰でも勉強すればなれるわけでもありません。

非常にザックリ言えば、全部で20万人ぐらい有資格者があり、そのうち半分弱の9万人ぐらいが稼働しており、そこに毎年3,000人ぐらいが試験に受かって加わる一方で、定年で同じぐらいの人が引退するという規模となっているようです。

では、資格さえあれば戦力になる、つまりコロナ危機の現在となると足りない分は臨時に加わることができるのかというと、そう単純ではないようです。ここからは、憶測を含みますが、まずウィルスの有無を判定するというのは遺伝子検査になります。これは専門性が高い、つまり検体の扱い方、機器の扱い方、そして最終的な判定の仕方などで熟練を要するのです。現場からは「2年の経験がないと難しい」という意見もあるようです。

ということは、例えば引退した団塊世代のベテランに戻ってきてもらって衛生研究所などに臨時の戦力にというのは、難しいとされています。また、この「臨床検査技師」ですが、「残業が少ない割に、正規雇用として地位が保障されている」という職種という側面もあり、実は女性が70%位を占める職場でもあります。ですから、男尊女卑の続く日本社会で女性が「家事と両立」できるとして入ってきているケースが多いのです。ということは、分析業務を時間外にこなすとなると、相当に無理の出る組織ということもあります。

さらに言えば、資格を取るために大学もしくは専門学校で専門的に勉強することが必要ということは、一つの特権になります。ですから、仮にコロナ危機が収束した場合に、余剰人員が出てしまい、その結果として正規雇用が非正規になったり、ということは当事者も、また監督官庁の厚労省も絶対に阻止したいと考えているはずです。

それ以前の問題として、陽性か陰性かを判定するという、重要な業務を背負っている以上は、その任務を遂行できるのは自分たちしかないという良くも悪くもプライドが支えている職場であるとも言えるでしょう。一方で、処遇はそんなに良いわけではなく、正規雇用ではあるものの年収は平均400万、但し正規雇用なので最初は思い切り安いが、長く勤めるとアップするという極めて日本型の体系になっています。

一方で、実は法律の上でこの臨床検査技師は「業務独占」にはなっていません。まず、上位資格である医師はもちろん、看護師も同じように検体採取と分析をやっても何の問題もありません。それどころか、実は医師や看護師とは違って無資格者が同じような業務を行っても、違法にならないケースが有るのです。

という状況の中では、厚労省としては今回のコロナ危機において、できるだけPCR検査を増やして人命を救うことよりも、また国家として危機の出口戦略を明確にし、国際的な信用を確保することよりも、この「約9万人の臨床検査技師集団」が安定して働ける制度と現実を「何が何でも守り切る」ことが至上命題になっている可能性があります。

では、彼らは悪意から既得権を擁護する守旧派としてダークサイドに落ちたのかというと、それは違うと思います。そうではなくて、そのように安定的な制度、組織として「臨床検査技師」という専門集団を維持していくことが国益であり、また人命を守ることだと固く信じている、そんな可能性を感じます。

けれども、残念ながら今は平時ではありません。そうではなくて臨戦態勢を組んで人命を救い、社会と経済を救い、国際信用を維持するためには例外的に柔軟な対応をする時期なのです。政治に無理なのであれば、ジャーナリズムが立ち上がって、そうではないんだ、とにかく今は組織の維持よりも優先すべきことがあるということを訴えていく、それが大切ではないかと思うのです。恐らく、現場の臨床検査技師の一人ひとりも、大変さの中でそう考えているのではないか、そのように思うのです。

それ以前の問題として、総理にしても、大臣にしても、現実の把握もできていないままに、官僚に操られるだけ、そのために言葉に説得力がないので、尾身博士とか西浦博士にリスク・コミュニケーションを丸投げして恥じることもない、これはやはり国家的危機だと思うのです。

コロナ危機下の経済報道、時間の感覚を疑う

日本の新聞などの経済ニュースには、決められたフォーマットがあるようですが、私はいつも不自然な印象を持っていました。典型的なのは、決算の数字です。日本でもそうだと思いますが、世界の株式市場ではアナリストが企業の業績予想を立て、これを頼りに投資家は株を売ったり買ったりします。

ですが、アナリストの予想は外れることがあります。赤字が見込まれて、株が下がっていた場合に、決算の結果が発表され、予想より良かったということになると株価は上昇します。また、好決算の予想が外れると、依然として黒字でも株は下がります。

ところが、日本の経済記事というのは、そうしたダイナミズムとは無縁の報道をします。例えば、約1年前の2019年4月30日に米国のアップルコンピュータが、決算を発表した際に、共同通信社は、

【サンノゼ共同】米アップルが4月30日発表した2019年1~3月期決算は、売上高が前年同期比5%減の580億1,500万ドル(約6兆4,000億円)、純利益は16%減の115億6,100万ドルと2四半期連続の減収減益だった。主力製品のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の販売不振が続いた。

という報道をしました。まるで悲観的な内容です。「減収減益」に加えて「販売不振」というのですから最悪、そんなイメージです。ところがこの決算を受けて、アップルの株は上昇したのです。どうしてかというと、事前にアナリストが発表していた予想を「ビート(打ち破って)」して、より良い結果を発表できたからです。

勿論、個々の投資家はよく分かっているので、この日本式の報道を見て一方的に悲観して株を売ってしまい損した人などはいないのかもしれません。ですが、株を売ったり買ったりするのではなくても、世界のハイテク企業の動向を真面目に追っかけている人はいるはずで、そうした人はこの記事を見て誤解してしまうのではないかと思います。

ですが、共同さんの現場には、「アップル減収減益もアナリスト予想を上回り株は上昇」という書き方をしては「いけない」というローカルルールがあるのだと思います。それは、4月30日に翌日のことを翌日と書いてはダメで、来月1日と書いてかえって「分かりにくく」しているのと同じで、日本の絶望的な形式主義とか、保守性なのだと思いますが、何ともやれやれという感じです。

それでも昨年の4月のアップルの決算報道については実害はなかったと思います。ですが、問題は今年です。4月に入っての経済報道では、例えば4月29日のテレ朝さんのニュースサイトでは、

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、ANAホールディングスの先月までの3カ月間の決算は過去最大の赤字になりました。ANAホールディングスが発表した今年1月から3月までの決算で、最終損益は四半期決算では過去最大となる587億円の赤字になりました。また、3月までの1年間の最終利益は276億円で、前の年度に比べて75%の大幅な減益となりました。一方、JR東日本も先月までの3カ月間の決算で最終損益が530億円の赤字になったと発表しました。新型コロナウイルスの影響による利用客の大幅な減少が経営を直撃しています。また、両社は今後の感染拡大の影響を見通せないとして、今期の業績予定を「未定」としています。

などと「のんきな」報道をしています。青い方のキャリアさんも、緑のJRさんにしても、3月期の決算などは「どうでもいい」のです。そうではなくて、現在は企業の存続へ向けてどちらも必死なのです。

ANAさんなどは、運航便数が90%以上削減で、キャッシュ流出とファイナンスの問題は存亡の危機レベルになっています。JR東さんも観光とかインバウンドだけでなく、通勤通学定期の巨大な売上が消える中では、こちらも非常に厳しいわけです。

そんな中で、3月決算が赤字というなんとも「のんびりした」時間感覚。これでは、本当に日本経済が救えるのか不安でなりません。

私は1993年秋に、訳があって某長信銀さんの内部の飲み会に参加したことがありました。当時はバブル崩壊直後で、住専問題、つまり住宅ローンを背負ったノンバンクの経営危機が話題になっていました。ですが、長信銀さんの幹部の人達は「このままだと都銀(今のメガバンク)も危なくなるよな」などとのんきな話をしていたのです。

住専が吹っ飛んだのが95年、それから数年でこの長信銀も破綻するのですが、そんなことは92年にはほぼ分かっていたはずです。ですが、多くの幹部が自分のメンツを守ることに必死になって問題を先送ったのでした。つまり自分が民事で訴えられる時効が来るまでは問題を先送るというイイカゲンな方法です。

とにかく、今回のコロナ危機はその深さ、広さともにバブル崩壊どころの話ではありません。もっともっとスピード感を上げていかないと、被害が拡大して収拾がつかなくなる可能性があります。

運輸、航空、メディアなどについては、リストラや統合を含めた将来像を見据えながら、足りない資金は公的なものを入れていく、その財源は国際金融市場から調達する、その代わりゾンビ化した部分には金は回さないという「異常事態の国家経営」が肝要になってきます。そこで一番の障害となるのは、先ほどの「株が上がっているのにネガティブ報道」「存続危機を横目に、のんきな3月決算報道」という時間感覚です。もっともっと真剣にならないとダメだと思います。

image by: Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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