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安倍首相の出世に拉致問題を利用された、横田めぐみさん父の無念

40年以上に渡り、北朝鮮に拉致された愛娘の救出運動の先頭に立ち続けるも、再会叶わず6月5日に87歳で他界した横田滋さん。安倍首相は「申し訳ない思いでいっぱい」と語りましたが、識者は首相の拉致問題に対する取り組みをどう評価するのでしょうか。これまでたびたびこの問題について論じできたジャーナリストの高野孟さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で今回、「拉致の安倍」と呼ばれながらも北朝鮮から相手にもされない状況を招いた総理の対北外交について総括を試みています。

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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年6月8日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

「拉致の安倍」が何も出来ずに終わる舌先三寸の18年間――横田滋さんが亡くなった機会にもう一度振り返る

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父=滋さんが亡くなったことについて、安倍晋三首相は6月5日、記者団に対し、「痛恨の極み」「断腸の思い」「本当に申し訳ない思いでいっぱい」などと、相変わらずの空疎な決まり文句を並べ立てはしたものの、滋さんが深い無念を胸に抱えたまま87歳の人生を閉じざるを得ない結果となったことへの自分の責任について言及することはなかった。いや、もし記者がそこを問えば、彼は「責任は感じている」と答えただろう。しかし、皆さんもご存知の通り、安倍首相にとって責任は「感じる」ものであって、決して「とる」ものではないのだから、訊くだけ無駄というものである。

「拉致」から生まれた安倍政権

安倍首相が総理へのチケットを手にしたきっかけが、拉致問題にあったことは周知の通りである。2002年9月の小泉純一郎首相の訪朝による日朝平壌宣言に基づいて、翌月に5人の拉致被害者が日本に“一時帰国”した際に、福田康夫官房長官や田中均外務審議官らが約束通り5人を一旦北に戻そうとしたのに対し、副長官だった安倍首相が独りこれに反対して戻さないという政府決断を主導したとして、国内の保守派や嫌北勢力の間で「格好いいじゃないか」と大いに評価が高まった。それが、小泉氏による事実上の後継指名を得て一気に総理の座に駆け上がるバネとなったのである。

その保守派の気分をよく伝えていたのは、彼らが大いに期待した第1次安倍政権が惨めな崩壊を遂げた際の、中西輝政=京都大学教授の『諸君』07年10月号の論文だった。彼はこう述べた。

安倍政権とは拉致問題によって生まれた政権であることを、もう一度明確に意識しなおす必要がある。……いま安倍政権の命運は、国民にとっての政治家・安倍晋三像を確立できるかどうかの一事にかかっている。それには何が必要か、もう一度自らの原点である“拉致”に立ち返ること以外にない。拉致問題に立ち戻り、徹底したこだわりを見せる必要がある。

この10年、日本の保守はひたすら「上げ潮」の状態にあった。その起点は1997年で、前年12月に創立された「新しい歴史教科書をつくる会」が同年1月、初めて小杉隆文相に慰安婦記述の削除を申し入れ、同年3月、拉致被害者の家族が実名公表を決意して「家族会」が結成され、日本の保守が2つの政治的運動という形をとって烽火を上げた。

その後5年間、2つの運動は地道な活動に留まっていたが、2002年9月17日の小泉訪朝で拉致問題が国民的に注目を集め、その際に、横田めぐみさんに関する死亡宣告を伝えられた母=早紀江さんが「日本の国のためにめぐみは犠牲になった」と、“国家とは何か”の核心に触れる決定的な問いかけを発したことをきっかけに、全国から保守の潮流が澎湃として湧き起こって全土を覆った。

安倍晋三は小泉訪朝に随行し、日朝会談の場で安易な妥協をすべきでないと主張した時、自らの内に政治家としての「芯」を形作った。その後、心ある国民の絶大な期待を背に、安倍は幹事長、官房副長官のキャリアを積み、首相になった。つまるところ、安倍政権は02年9月17日の出来事によって生まれたと言ってよいのである(詳しくは本誌No.411=07年9月20日号「安倍崩壊で中西輝政氏はさぞがっかりしているだろう」)。

そうには違いないのだが、これは買い被りというもので、二重に光が屈折したことによる虚像である。

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「拉致」を出世に利用しただけ?

虚像性の第1は、安倍首相は中西氏らが言うほど熱心かつ一貫した対北強硬論者ではないということである。

蓮池透氏の15年12月の新刊『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)は大きな波紋を呼び起こした。彼は、言わずと知れた拉致被害者=蓮池薫氏の実兄で、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」の元事務局長・副代表として一貫して運動の先頭に立ってきたシンボル的なリーダーである。その人物が、この刺激的なタイトルの下、小泉訪朝以来の10数年間を振り返り、自分自身の恥をさらけ出すことを厭わずに運動内部の矛盾や政府の対応の不誠実を赤裸々に描いたのだから、話題にならないわけがない。彼は書いてい
る。

● 『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)

小泉訪朝に同行した当時の安倍官房副長官は、拉致問題を追い風にして総理大臣にまで上がり詰めた。この第1次安倍政権で講じた手段は、北朝鮮に対する経済制裁と拉致問題対策本部の設置、この2つのみである。

世間では北朝鮮に対して当初から強硬な姿勢をとり続けてきたと思われている安倍首相は、実は平壌で日本人奪還を主張したわけではない。……安部首相は拉致被害者の帰国後、むしろ一貫して、彼らを北朝鮮に戻すことを既定路線として主張していた。弟を筆頭に拉致被害者たちが北朝鮮に戻ることを拒むようになったのを見て、まさにその流れに乗ったのだ。そうして自分の政治的パワーを増大させようとしたとしか思えない。

いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安部首相によるものなのである。まず、北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げた。そして右翼的な思考を持つ人々から支持を得てきた。アジアの「加害国」であり続けた日本の歴史の中で、唯一「被害国」と主張できるのが拉致問題。ほかの多くの政治家たちも、その立場を利用してきた……。

この安倍首相の姿勢のインチキ性については、16年1月12日の衆院予算委員会での野党質問で取り上げられ、安倍首相は「当時は、5人を戻すという流れだったが私は断固として反対し、最終的に私の官房副長官の部屋に集まって帰さないという判断をした」と叫んだ。では蓮池氏が嘘を言っているというのかと畳みかけられると、安倍首相は「私は誰かをうそつきとは言いたくないが、私が申し上げていることが真実であるということは、バッジをかけて申し上げる。私の言っていることが違っていたら私はやめますよ、国会議員をやめますよ。それははっきりと申し上げておく」とまで開き直ったのだった。

が、まあこれは安倍首相の膨らましが利いた話であることは容易に想像がつく(詳しくは本誌No.820=16年1月18日号「波紋呼ぶ蓮池透の『安倍晋三と冷血な面々』への告発」)。彼がそんなに強固な信念に基づいて一貫した言動を行うタイプの政治家でないことは、今では誰でも知っている。

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表だけで裏の手を用意しない単純さ

虚像性の第2は、最初からか途中からかは別にして、彼が5人を「戻さない」ことを主張したのは事実で、問題は、私が終始指摘してきたことだが、それでどうやって北との交渉を継続していくのか、何のアイデアもないまま感情論だけで突っ走ってしまったことである。本誌はかつてこう書いている。

安倍首相がこの問題のチャンピオンに躍り出たのは、言うまでもなく、5人の拉致被害者が“一時帰国”した際に、本人たちの気持ちは本当のところどうだったのか分からないが、家族・支援者たちの「戻らせない」という強い心情を重んじて、それを政府方針として決定するために官房副長官としてイニシアティブをとったことによる。

北への怒りと不信に満ち満ちている家族・支援者のその心情は当然であるけれども、それに政治・外交次元の論理を同化させることが正しかったかどうかは疑問の残るところで、当時、私は安倍首相にテレビ局の廊下で「あれじゃあ交渉を断絶させるだけでしょう。5人を一旦は返して、安倍さんが一緒に付いて平壌に行って自ら人質になって、被害者と向こうに残っている家族がじっくり話し合って結論を出すのを保証するようガンガン交渉して、早々と結論が出て帰国するという人は連れて帰ってくる、もっと話し合いが必要な人はその結論を尊重するよう北に確約させる──というふうにしたら、安倍さんは英雄になり、交渉は閉ざされずに済んだんじゃないか」と言ったことがある。

それは思いつきの一案にすぎなかったが、心情的な運動の論理を尊重しつつも、裏もあり表もある政治・外交の論理で打開する道筋はあったはずで、その点、安倍首相は直情的に過ぎた。

ちなみに、私の提案に対する安倍首相の答えは「フン」の一言だった。やはり外交というのは、表で突っ張るだけでは決裂するしかなくて、突っ張るほどに裏では落とし所を用意し、さらにそれがうまく行かない場合には第3の離れ業も隠し持っておいて、押したり引いたりして繋いでいくものだろう。安倍首相という人は頭が単線的で、複数回路を同時多発的に動かすことができないので、外交というのみならずおよそ交渉して相手を説得して物事を進めるということに向いていないということを悟ったのだった(詳しくは前出の本誌No.820)。

この「フン」の結果として何が起きたか。以後今日に至るまで、日朝間にまともな交渉チャンネルが存在しないままの状態が生まれた。自分でチャンネルを破壊しておいて、「拉致問題を解決するためにあらゆるチャンスを逃さない。最後は、私自身が金委員長と向き合わなければならない」などと遠吠えしても、口先だけなのは見え見えで、向こうから相手にされないのは当たり前なのである。(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年6月8日号より一部抜粋)

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image by: 首相官邸

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