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軍事アナリストが解説。敵基地攻撃能力保有議論が非現実的な理由

ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」配備計画が停止され、撤回される見通しとなったことで、ミサイル防衛の代替案の議論が起こっています。メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんは前回、日本の現実に則した代替案を示し、今回は、「敵基地攻撃能力を保有すべき」との論調について、実現させるには途方もない戦力と米軍との調整が必要になると解説。現実を踏まえない議論に釘を刺しています。

敵基地攻撃のリアリズム

河野防衛大臣が弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の計画停止を表明し、政府としても計画を撤回することになりました。そこで出てきたのが敵基地攻撃能力を保有すべきだとする議論です。

これまでにも当メルマガで取り上げてきたのですが、敵基地攻撃能力についての日本の議論は、あたかも子供がおもちゃをほしがるようなレベルに終始し、日本の安全保障に必要なリアリズムとは無縁なものです。以下、簡単に整理しておきたいと思います。

ひとくちに敵基地攻撃能力と言っても、(1)トマホークなどの巡航ミサイル、(2)大規模な空爆、(3)弾道ミサイル、といったオプションがあります。これらを組み合わせて使う場合もありますし、高度のステルス機によるサージカル・ストライク(重要目標だけを破壊する『外科手術的攻撃』と呼ばれる方法)やサイバー攻撃も合わせて行われる可能性もあります。

巡航ミサイルの場合、潜水艦に積んで北朝鮮領海ぎりぎりの海中を遊弋させておき、ピンポイントで弾道ミサイル発射装置を破壊できますが、時速800キロほどですから、北朝鮮が発射装置を朝鮮半島中央部の山中に避難させていれば、着弾までに10分かかります。ところが、北朝鮮の弾道ミサイルは、発射から7分程度で日本に着弾しますから、北朝鮮が巡航ミサイルを探知する能力を備えている限り、日本に対する弾道ミサイル発射が懸念される状態で先制攻撃するには適していないのです。

大規模な空爆は、さまざまな種類・多くの数の航空機を『ストライク・パッケージ』という形に編成して行います。最初に出撃するのは、電子戦機とワイルド・ウィーゼル(狂暴なイタチという意味)と呼ばれる防空網を制圧する戦闘機で、次に戦闘爆撃機と上空をカバーする制空戦闘機を出して空爆します。以上をコントロールするAWACS(早期警戒管制機)と空中給油機も必要ですが、日本には、電子戦機、ワイルド・ウィーゼル、戦闘爆撃機、制空戦闘機が1機もありません。

この種の大規模な空爆は、場合によっては1回の作戦で10地域ほどの広範囲に、それぞれ60機ほどで編成されるストライク・パッケージを投入することになります。合計600機ですが、そのためには大雑把にいって3000機ほどの作戦用航空機を備えた空軍力が必要です。自衛隊が持つ作戦用航空機は500機程度ですから、そもそも規模的に大規模空爆を考えるレベルに達していないのです。ストライク・パッケージごとに1機は必要なAWACS、数機は不可欠な空中給油機も、航空自衛隊には4機ずつあるだけです。

弾道ミサイルは、一定の数量を備え、適切なタイミングで発射すれば、少なくとも相撃ちに持ち込むことはできます。しかし、目標となる移動式発射装置や施設、重要人物などについて、あらかじめ把握しておかなければなりません。これは巡航ミサイルや空爆についても同じです。

そのためには、特殊部隊を事前に潜入させておくことが必要です。かりに10地域にストライク・パッケージを投入するとしたら、1回の作戦に必要な特殊部隊は、少なくとも800人以上でしょう。自衛隊の特殊作戦能力を総動員しても1000人規模。それも、ほとんどが戦死を覚悟しておかなければなりません。

日本が北朝鮮の弾道ミサイル基地などを叩いただけでは話は終わりません。北朝鮮は報復に出るに決まっています。撃ち漏らした弾道ミサイルによる反撃はもとより、日本国内に潜入している工作員や特殊部隊による破壊活動が始まるでしょう。

こんな状況にあって、韓国や在日米軍基地が無関係でいられるでしょうか。日本が敵基地攻撃能力という「戦争の引き金」を引けば、第2次朝鮮戦争が勃発する可能性は極めて高いのです。その点を見ただけでも、米国と韓国が無条件で日本に「戦争の引き金」を持たせることは考えられません。

可能性があるとすれば、韓国が北朝鮮の重要目標に向けて照準を合わせているキル・チェーンと呼ばれる短距離弾道ミサイルと巡航ミサイルによる敵基地攻撃能力と同様の能力です。キル・チェーンのミサイル数は約1000発。中には北朝鮮が発射を繰り返しているロシア製のイスカンデルの北朝鮮モデルとそっくりの韓国版イスカンデルも配備されています。そのキル・チェーンは、国連軍と米韓連合軍司令官を兼ねる在韓米軍司令官の指揮下にあります。韓国が勝手に発射することはないのです。

日本が日米同盟を選択しているかぎり、敵基地攻撃能力は米国との調整のもとに整備され、その運用についても米国側の了解が得られる形でなければなりません。繰り返し頭をもたげてくる日本の敵基地攻撃論は、以上を踏まえて整理する必要があるのです。(小川和久)

image by:w_p_o / Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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