トランプ後の世界のリハビリ
バイデンは、人柄としては穏健、政治家の資質としては凡庸で、誰がなってもトランプよりはマシという程度の大統領にしかならないだろう。とはいえ、大統領自らが国内を分断し対立を煽るという前代未聞の異常事態にともかくもストップがかかるのだから、そこから先、偉大なるアメリカ社会は自己修復能力を発揮するに違いない。
バイデン大統領は、世界にとっても朗報である。英フィナンシャル・タイムズのフィリップ・スティーブンス論説委員長は6月11日付の「米同盟国はバイデン大統領に備えよ」で、バイデンが勝つ見込みは現時点で50%を超えていて、さらにこの先、経済が勢いよく回復するのが難しく、新型コロナの死者数がかなり増えそうなことを思えば、「米国民の怒りのツイートが雪崩のようにトランプを襲って大統領の座から引き摺り下ろす可能性」が高いと指摘。その上で、バイデンは「同盟関係を重視し、米国を地球温暖化対策の国際枠組みパリ協定に復帰させ、欧米を中心とするリベラルで開かれた秩序の強化に意欲を見せるだろう」と予測しつつも、米国がそのように立ち直るのを「米国の同盟国は手をこまぬいていてはいけない。ルールに基づく国際秩序を復活させる上で、米国とどう協力できるか真剣に考えるべきだ」と提言している。
とはいえ、スティーブンスも言うように「冷戦後の米国一極体制の時代は終わった」のである以上、トランプ登場前のような何とはなしに米国が中心となった同盟関係が復活してくることはないだろう。むしろ米国はキッパリと、もはや米国は世界の盟主ではありえず、そうは言っても自分勝手な自国中心主義に閉じこもるのでもなく、世界で2番目か3番目辺りの経済大国のワンノブゼムとして応分の役割と負担とを担っていく覚悟であることを示さなければならない。
トランプがG7サミットを拡張して、ロシア、インド、オーストラリア、韓国を呼び込み中国の孤立化を図ると言い出して世界を困惑させたが、このように世界運営の原理も基準も定かならぬまま気分で指導的グループのメンバーを入れたり入れなかったりすることほど無意味なことはない。例えば米シンクタンク「ランド研究所」が描く2050年の世界の姿(本誌No.949=18年7月2日号参照)を想定してそれに照応した世界的な多国間主義に立つ協議機構を構想すべきだろう。ランドの予測では、今世紀半ばの世界GDP序列は、中国、インド、米国、インドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコ、日本、ドイツ、英国、フランスであり、こういう世界が形成されつつある時に、単に米国を何となく中心に置いて旧同盟国が協力を申し出る格好でトランプがブチ壊しかけた国際秩序を救済しようというのは馬鹿げている。本当はポスト・トランプの米大統領に期待されるのは、そのような「ワンノブゼムの米国」への軟着陸とそれを前提とした真に脱冷戦的な多国間主義秩序形成への踏み込みだが、もちろん彼にそんな構想力はない。なので、やはり彼には「トランプよりはマシ」という以上のことを期待してはならない。
なお、日本政府はこのような国際的な戦略的な議論では完全に蚊帳の外で、冷戦型の日米同盟強化を追求してきた時代錯誤の路線が壊れてどうしたらいいか分からないでいる。安倍晋三首相が、ただ単に日本を脅して最新兵器を爆買いさせたいだけのトランプを親日と錯覚したこと、途中からホワイトハウスに入り込んで北朝鮮やイランなどに戦争挑発的な強硬路線を持ち込んだネオコンの教祖=ジョン・ボルトンが米国の主流だと思い込んでそことのパイプで物事を判断していたこと――という二重の過誤があり、この4年間の外交を総括できなくなっているのがこの国である。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年6月29日号より一部抜粋)
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