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軍事アナリストがトランプ暴露本の記述「米軍撤退」に呆れた理由

アメリカの前大統領補佐官ボルトン氏によるトランプ大統領の「暴露本」が話題です。日米同盟に関しては、米軍の駐留経費の交渉に米軍撤退のカードを使うよう指示があったとの記述があり、トランプ、ボルトン両氏の知識不足、認識不足が露呈したと呆れるのは、メルマガ『NEWSを疑え!』を主宰する軍事アナリストの小川和久さんです。小川さんは、兵力の「削減」と「撤退」がまったくの別物であることと、米国が日本列島という戦略拠点を手放せない理由をわかりやすく解説しています。

ボルトンの能力が露呈した回顧録

ジョン・ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障担当)の回顧録『それが起きた部屋』が話題になっています。日本国民として、とりわけ気になるのは次の部分でしょうか。

「ボルトン氏は昨年7月の訪日時、在日米軍駐留経費の日本側負担について、トランプ氏が年間80億ドル(約8500億円)を求めていると日本政府高官に伝えたと記している。帰国後、トランプ氏から、全ての米軍を撤退させると脅せば、『交渉上とても有利な立場になる』と迫られたことも明らかにした」(6月24日付読売新聞)

河野防衛大臣は「(駐留経費の)交渉はまだ始まってもいないし、日本政府として、アメリカからこの件について何か要求があったことはない」と否定していますが、トランプ大統領なら言い出しそうなことではあります。

結論から申し上げますと、これはトランプ氏が「普通のアメリカ人」のレベルの知識しか持っていない証拠でもあります。そんなことを言い出そうものなら、米国議会、国務省、国防総省から猛反発を受けるのは間違いありません。それは、特に日本の場合、これまでにも申し上げてきたように、米国にとって死活的に重要な同盟国で、日米同盟と日本列島を抜きにしては、アフリカ南端の喜望峰までの範囲で米軍を支える能力の80%ほどを喪失し、米国は世界のリーダーの座から滑り落ちてしまうからです。

企業に例えると、米国が東京本社なら日本は大阪本社の位置づけにあり、韓国、英国、ドイツなどの同盟諸国は支店か営業所と申し上げれば、イメージできるかもしれません。そんな訳で、ドイツからこれくらい、韓国からこれくらいといった駐留兵力の削減はない訳ではありませんが、日本については最後になると考えてよいと思います。

そこで、押さえるべきポイントをひとつ。ひとくちに「撤退」といっても、その中身を明らかにしなければ外交交渉の場でも議論にならないのです。この「撤退」が日米同盟の解消を意味し、兵力が撤収するだけでなく、在日米軍基地も全て日本に返還するというのであれば、まさに「撤退」です。日本にとっても由々しき事態と言わざるを得ません。

日本としては、独自の防衛力を整備するために、現在の何倍ものコストを、それも10年、20年という単位でかけ続けなければなりません。日本が被るダメージは巨大なものになります。トランプ氏が脅しの材料に使えると思ったのは、そんなところからでしょう。

しかし、先に申し上げたように米国も日本という最も重要な同盟国と唯一無二の戦略的根拠地・日本列島を失います。同盟国、友好国との良好な関係を足場に外交・安全保障戦略を構築している米国です。米国から見ると、外国との関係を断って自国にこもってしまうモンロー主義でも選択しないかぎり、基本的にこの選択はないということです。

では、政治家、官僚、マスコミ、研究者が思い込んでいるような駐留兵力の削減は「撤退」と言えるのか。これは、米軍の基地機能がいつでも使えるように維持管理されているかぎり、「撤退」ではないのです。

企業に置き換えてみればわかることですが、外国に軍隊を駐留させる場合、海外勤務手当が必要になります。できるだけ節約したいのは米国も同じです。日本でいえば、海兵隊の地上部隊の一定割合を米国の領域であるグアムに移駐させれば、海外勤務手当の類いは必要なくなります。それを、米国の軍事的プレゼンスを維持し、練度を保つための訓練にも支障のないよう、ローテーションなどの形にしている面があるのです。

グアムに移駐する海兵隊地上部隊は、必要な場合には民間旅客機をチャーターするCRAF(民間予備航空隊)の制度を使って24時間ほどで沖縄に戻ってきます。つまり、その戻る場所が維持されているかぎり、「撤退」ではないのです。

トランプ氏がそんなことをわかっていなくても仕方ない面があるのですが、安全保障の専門家であるはずのボルトン氏は以上の説明をして、トランプ氏を納得させなければなりませんでした。マティス前国防長官なら、トランプ氏に嫌な顔をされようとも諌言したことでしょう。

ボルトン回顧録は、安全保障の専門家として知られるボルトン氏もまた、日本の官僚や研究者の多くと同様に、こと軍事に関してはアマチュアだったことを、図らずも露呈してしまった面があるのです。(小川和久)

image by: Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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