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無さすぎる本当の危機感。トヨタを駄目にする大企業病の深刻度

日本を代表する企業としてまず真っ先に名の挙がるトヨタ自動車ですが、その企業規模ゆえに抱えている問題も大きいようです。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアの中島聡さんが、実際にトヨタと仕事をして抱いた違和感を記すとともに、同社が優秀なソフトウェア・エンジニアを雇うことが難しい理由を解説。さらにかつて近い位置で働いていたビル・ゲイツとトヨタの経営陣の決定的な違いを指摘しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

コロナ後の世界:大企業病との戦い

トヨタ自動車は、私がXevo(旧UIEvolution)のCEOだった時代にとてもお世話になったし、去年のLEARによる買収も、トヨタ自動車からの売り上げがあったからこそ成立したことを考えれば、「足を向けては寝られない」ありがたい存在です。

それもあって、あまり批判的なことは書いて来なかったのですが、いかにも大会社にありがちな問題点は、数多く目にして来ました。

そんな時に、目にしたのがトヨタ自動車自身が発表した「ボスになるな リーダーになれ トヨタ春交渉2020 第2回」という記事です。ここには、「ここまで自分たちの問題を外部に晒して良いものか」と思えるような強烈な情報が含まれています。

代表的なのが、冒頭の組合と山本執行役員のやりとりです。

組合:組合員が何かを変えようと上司に相談した際、部内で完結するものは前に進むことが多いものの、部署の守備範囲を超えるものになると、他部署から「なぜやるのか?」「何かあったらどうするのか?」といった説明を求められ、進みにくいのが実情です。「組合員の提案は分かるけれども、限られた時間でリスクもあるし、今はやめておこう」。そうした上司の反応では、その想いもいつしかくじけ、目の前の業務をひたすらこなすだけになるというのも、正直なところです。

 

これが繰り返されると、若手からは「何も変えられない自分と、周りをみても本気で変えようとする先輩、上司がほとんどおらず、(そうした職場に)染まりつつある自分にもがっかりする」という声も聞いており、一部の仲間はトヨタを退職しています。

 

山本執行役員:若いエンジニアが辞めているということに関して、本当に役員としても申し訳ないと思います。その理由を聞いてみると、「こんなはずじゃなかった」というコメントがあります。「自分で手を動かして開発の仕事がしたい」、「ソフトを自分でつくりたい」、「ハードを自分で設計したい」と考えているにもかかわらず、トヨタでは「調整業務、会議が多い」、「自分の時間がなかなかない」、「このまま年をとると、自分はエンジニアとしてダメな人になってしまう」という不安が多くあるようです。>

私自身がトヨタ自動車と仕事をして来て感じたことと通じる部分がたくさんあります。

私の会社は、トヨタ自動車の車載機向けのソフトウェアを開発して来ましたが、とにかく会議が多く、かつ、その会議に参加する人たちの数が多いことには、本当に驚いてしまいました。

当然、エンジニアたちはそんな会議に参加することを嫌がるのですが、彼らが出ないと話が進まないこともあるため、出さざるを得ないのですが、そうなると彼らの開発する時間は削られるし、モチベーションは落ち、結果として納期が延びてさらに会議が増える、みたいな悪循環も起こっていました。

SlackやTeamのようなオンラインツールを上手に使えば、この手のミーティングの時間、およびミーティングのために準備する時間が大きく節約出来るのですが、このケースではこちらはあくまでベンダーでしかなく、「お客様」のやり方にケチを付けるのは簡単ではないのです。

また、トヨタ自動車の社員の中には「自分で手を動かして開発の仕事がしたい」と感じている人たちが大勢いることも、良く見えていました。しかし、トヨタ自動車ぐらいの大きな会社になると、社員の仕事はプロジェクトのマネージメントだけになってしまい、実際に手を動かすのは(私の会社のような)ベンダーのエンジニアになってしまうのは仕方がないと思います。

効率を考えれば、社内にエンジニアを抱えて内製するのが一番良いに決まっていますが、それがカルチャー的にも、人事制度でも難しいのです。私自身、トヨタ自動車の社員となってソフトウェアを作りたいとは全く思えません。

ソフトウェア・エンジニアは優秀であれば優秀であるほど、小さなベンチャー企業で働いた方が、仕事も楽しいし一攫千金のチャンスが大きいのです。ベンチャーで働くリスクを取りたくなければ、GoogleやMicrosoftで働けば、トヨタ自動車の人事制度では許されないような高給がもらえる上に、世の中に大きな影響を与える仕事が出来ます。その中間的な位置にはTeslaもあります。

そう考えると、どう考えても優秀なソフトウェア・エンジニアを「トヨタ自動車」(というか、Tesla以外の自動車会社)が雇うことは非常に難しいのです。

同じことは、トヨタのパートナー企業であるデンソーにも言えます。デンソーにとってソフトウェアの開発力を持つことは、(トヨタ自動車にとって、「なくてはならないパートナー」でい続けるためには)トヨタ自動車以上に重要です。デンソーが元Googleの及川卓也氏をコンサルタントとして雇ったのも、そこが理由だと思いますが、それでも苦労していると聞いています。

その意味では、トヨタ自動車がシリコンバレーに作ったTRI(Toyota Research Institute)は画期的な試みですが、私の見る限り「エンジニア集団」というよりは「研究者の集団」であり、彼らの作ったものを製品に活用するのは簡単ではないと思います。

TRIで働く人たちは、賢くて研究熱心ではありますが、ハングリー精神に欠けているように私には見えたのです。トヨタ自動車から出る潤沢な資金を使い、優雅に研究しているというイメージを受けました。そもそもハングリー精神のある人は一攫千金狙いでベンチャー企業に行くので、TRIで働く人たちにハングリー精神を求めること自体が間違いのように思えます。

ちなみに、この記事にも登場する友山副社長とは、何度もお会いしています。自動車業界に起こりつつある大変化に危機感を抱いているし、しっかりとしたビジョンも持っている方ですが、重要なものが一つ欠けていると感じました。

その何かとは、「このままではトヨタ自動車が倒産してしまう」「自分は明日にはクビになるかも知れない」という「本当の危機感」です。

表面的な危機感と「本当の危機感」の違いを説明するのは難しいのですが、「莫大な資産とキャッシュフローがあるトヨタ自動車はそう簡単には潰れない」のは事実だし、友山さんと豊田章男さんの距離(若い頃から一緒に働いて来たそうです)を考えればクビになる可能性はゼロなので、本当の危機感を持つのはとても難しいのです。

私は、Microsoft時代にビル・ゲイツと比較的近いところで働くという幸運に恵まれましたが、彼を他の経営者と大きく隔てているのが、この「本当の危機感」です。私がいた90年代は、Microsoftは飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していましたが、ビル・ゲイツは常に危機感いっぱいで、会議の席では、すぐに真っ赤になって机を叩いて怒ったし、常に真剣でした。

Intelの創業者アンディ・グローブは、「Only the Paranoid Survive(偏執狂だけが生き残れる)」と言ったそうですが、まさにその典型です。スティーブ・ジョブズもそうだったし、ジェフ・ベゾスもイーロン・マスクも同じです。

もし、ビル・ゲイツが今頃トヨタ自動車の経営者だったら、いまだに電気自動車を出せていない連中を怒鳴り散らしているだろうし、「Teslaよりも魅力的な電気自動車を発売する」ことに、会社の全リソースを突っ込むぐらいの勢いで、積極的な投資をして来ただろうと思います。

それと比べると、日本の大会社の経営者たちは、所詮「サラリーマン経営者」で、「偏執狂」からは程遠いのです。

ちなみに、我が家は長年のトヨタファンで、私はプリウス、妻はレクサスを十数年間乗り継いで来ました。しかし、2017年に私がTeslaに乗り換え、妻も最近、とうとうAudiのe-Tronに乗り換えてしまいました。彼女曰く、「レクサスが電気自動車を出してくれていれば、迷うことなくそっちにしたのに…」。

image by: 360b / Shutterstock.com

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【著者】 中島聡 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週 火曜日(年末年始を除く) 発行予定

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