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不十分なコロナ対策。新宿の「限界集落」団地、戸山ハイツの惨状

都心の一等地に位置しながら、その立地ゆえにコロナ禍に悩まされている大規模団地をご存知でしょうか。今回、フリー・エディター&ライターでジャーナリストの長浜淳之介さんがフォーカスするのは、5,000人もの人々が住む新宿の都営団地、戸山ハイツ。長浜さんは今回、65歳以上の高齢化率が6割にもなるマンモス団地が抱える問題とコミュニティ再生の動きを、丹念にレポートしています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

新型コロナ禍に見舞われたことで、かなりの惨状を呈しつつある新宿のマンモス団地・戸山ハイツの現在

緊急事態が解除されて、日常の風景が戻りつつあるが、東洋一の歓楽街・歌舞伎町では、ホストクラブ、キャバクラのような「夜の飲食店」から毎日のように新型コロナウイルス感染者が報告されている。池袋、大宮などといった近隣の街、さらには大都市を中心に、全国的に再び感染者が広がっている。

東京都の感染者は7月に入って増加を続け、1日に200人超えの日も珍しくなく、23日には300人を突破した。第二波が到来したと考えられ、再度の緊急事態発令も起こり得る状況になってきた。

その歌舞伎町にほど近い、山手線内随一の大規模団地が、新宿区戸山2丁目にある「戸山ハイツ」である。

戸山ハイツは都心部にあるにもかかわらず、緑が多い恵まれた住環境が魅力

戸山ハイツは人口5,000人ほどを有する都営の中高層賃貸アパート群(27号棟のみ分譲、1・2号棟は公務員住宅)だが、65歳以上の高齢化率が新宿区内でも際立って高く、実に6割に上る。

唯一の分譲、27号棟

新宿区全体での高齢化率が2割ほどなのに対して、戸山ハイツでは、20年後の少子高齢化がより進んだ日本社会を、先取りしたような人口構成となっているのだ。

高齢化率が高い戸山ハイツだが、子育て世代もいないわけではない

新型コロナは高齢者になるほど重症化率、死亡率が高くなる疫病であり、50代までの罹患者死亡率が1%以下なのに対して、80代以上は10%を超えているとされる。歩いても行ける歌舞伎町での感染爆発に、戸山ハイツの住民の不安の大きさは推して知るべしだ。

戸山ハイツに住んで40年以上になり、自治会長を務めたこともある村山恭太氏は、「戸山ハイツには、歌舞伎町に勤める人も多く住んでいる。もしもコロナ患者が発生してクラスターになれば、独居老人が増えている状況から、一大事になりかねない」と、危機感を募らせている。

村山恭太氏が持ち歩く、コロナ対策グッズ

東京のど真ん中で取り残されたように限界集落化しつつある、戸山ハイツの危機、その背景にあるコミュニティの崩壊と再生の動きを調べた。

東京都の区市町村別累計感染者数は新宿区の1,670人が突出していて、2位の世田谷区の814人の2倍近くと圧倒している(7月24日現在)。

戸山ハイツは、歌舞伎町への北の玄関口、東新宿駅から徒歩1、2分。

東新宿駅は、都営大江戸線と東京メトロ副都心線の乗換駅となっており、駅の周辺部は両線が開通した2000年以降に再開発が進み、都心回帰の流れで、マンションが建ち並ぶようになった。

近年の東新宿の急激な変貌もあって、老朽化した戸山ハイツにも「先日、何の目的か。測量を行っていた」といったような再開発の噂が聞こえてくる。

戸山ハイツの一帯は、都立戸山公園(箱根山地区)となっており、山手線の内側にもかかわらず緑が多い。戸山公園は、明治通りを挟んで、大久保地区と箱根山地区に分かれるが、その箱根山地区の中にあるのが、戸山ハイツといった感じだ。

戸山公園箱根山地区案内図

箱根山は標高44.6m。かつて戸山荘、戸山ヶ原と呼ばれたこの一帯は、江戸時代には約13万6,000坪もの広大な面積を持つ尾張徳川家の下屋敷で、小石川の水戸徳川家の中屋敷(後に上屋敷)にあった小石川後楽園と並び称される、有名な庭園だった。庭園の造形として築山されたのが箱根山である。山手線の内側で最も標高が高く、頂上からは西新宿のビル街が見渡せ、今も桜の名所になっている。

江戸時代の戸山荘庭園図。現在の戸山ハイツはすっぽりこの中に入る。箱根山の麓に大きな池がある

箱根山頂上部

緑が深い箱根山は、都民のハイキングコースとなっている

箱根山の麓には、東海道小田原宿を模した町並みや水田が造られていたという。古地図を見ると、かつては戸山ハイツを貫いて、歌舞伎町に水源を持つ神田川の支流、蟹川が北方へ流れており、現在の東戸山小学校は、河川敷にあった。小学校の北側、現在の19、25、26号棟のあたりは蟹川を堰き止めた巨大な人工池の南端になっていて、池は諏訪通り、現在の学習院女子大学の敷地まで広がっていた。

旧河川敷にある、東戸山小学校

明治維新となって軍用地となり、1873(明治6)年、陸軍兵学寮戸山出張所が開設され、翌年には陸軍戸山学校と改称。太平洋戦争が終わる1945(昭和20)年まで続いた。

箱根山一帯は、戦前には陸軍戸山学校があった

戦後は住宅の不足が深刻化していたため、GHQのマッカーサー最高司令官の指示により、約1,000戸の木造平屋建の住宅が建てられた。元祖、公営住宅であった。

土地の有効活用のため、1960年代半にはニュータウン仕様の建て替えが着工され、10年ほどをかけて中高層化されて、70年代半ばに完成した。

戸山ハイツは4地区に分かれ、エリア内の他の部分は戸山公園となっている

戸山ハイツの南端は、大久保通りに面している。大久保通りは、JR新大久保駅方面から、コリアン街を抜けて東新宿駅へと走っているが、戸山公園エリアに入って、西側から、コープみらい戸山店、新宿区立東戸山小学校、区立戸山第二保育園、区立戸山生涯学習館及び戸山図書館、新宿戸山郵便局と並んでいて、その先は公園を越えて、国立国際医療研究センターが隣接する。さらには、大江戸線の若松河田駅、東京女子医科大学病院も徒歩圏にある。

戸山ハイツと住民の生活を支える「コープみらい」

戸山ハイツ内にある新宿区立戸山生涯学習館。戸山図書館も同じ建物にある

戸山ハイツの北側には副都心線の西早稲田駅前に早稲田大学理工学部、明治通りを挟んで都立戸山高校が対峙し、諏訪通りに沿って西から区立西早稲田中学、学習院女子大学、学習院女子中学・高校、さらには東西線の早稲田駅前に早稲田大学戸山キャンパスがあって、一大文教地帯を形成している。

戸山ハイツは35棟あり、約3,700戸からなる。人口は高度成長期に1万人を数えた時期もあったが、子供たちが独立して移住し、さらには配偶者に先立たれた独居老人が増えて、半減してしまった。

戸山ハイツ内には高齢者を支援する施設が点在する

それでも戸山ハイツを離れる人が少ないのは、長く住んで愛着があるだけでなく、このように交通が便利で、都心部にあるにもかかわらず静かで恵まれた住環境にあるからだ。しかも、近くに大きな病院、有名校もあり、公共サービスも充実している。

さて、戸山ハイツに限らず、大規模集合住宅で、新型コロナウイルスのクラスターが発生しやすい場所は、エレベーターと集会所である。

エレベーターは感染リスクが高い

まず、エレベーターに関しては、狭い空間で多人数が乗り込むと密になる。また、ウイルスの付着したボタンを触った指で顔を触ると、目、鼻、口からウイルスが侵入して感染するリスクがある。

エレベーター利用時の注意

ボタン接触の問題はJKK東京(東京都住宅公社)も認識していて、現在建て替え中の「新しい生活様式」に対応した「コーシャハイム新中野テラス」にて、タッチレス型エレベーターを初めて導入している。これは、スマートフォンの指定アプリに予め必要な情報を登録しておくと、ボタンを操作しないで、自動でエレベーターを呼び出して目的の階に行ける。

工事中のコーシャハイム新中野テラス

対面せずに荷物を受け取ることができる、宅配ボックスも備えていて不在時にも便利だ。むしろ高齢者の多い、戸山ハイツのような築年数の古い集合住宅の建物にこそ、率先して導入してほしい設備である。

コーシャハイム新中野テラスのタッチレスエレベーターを視察する、小池百合子東京都知事

前出・村山氏が懸念するのは、朝、各家庭からゴミを捨てる時に、ビニール袋を持った住人がエレベーターに殺到してしまうことだ。ゴミ捨て場は1階の棟の外に設けてある。前日に捨てられず、8時半頃に回収車が来るため、どうしても同じ時間帯に集中する。

1階の外にあるゴミ捨て場

満員のエレベーターの中で、マスクを着用せずに雑談をする人がいたら、飛沫から感染するリスクが高い。

エレベーターの乗り方について、NPO法人 全国マンション管理組合連合会では、「ボタンに触る時に、指を折って第1関節で押すことでリスクはかなり下げられる」と提案する。

「何人か一緒にエレベーターに乗るだけでは、感染リスクが高いと言えない。近い距離で話したり、くしゃみをしたりすると危ない。できるだけ、お互いの距離を取り、話をしないことが大事。手洗い、うがいを励行。マスクもリスク回避に役立つ」と、同会ではアドバイスする。

使い捨て手袋を着用してボタンに触る、住人と外部からの訪問者が使うエレベーターを分けるといった方法もあるが、そこまで神経質にならなくても良さそうだ。

それよりも、各棟ごとに形成する自治会などで管理して、1階のエレベーターホールに共用のアルコール消毒液を設置したり、ボタンをまめに消毒したりするほうが有効的だ。

集合住宅でエレベーター前に消毒液を設置した例

集会は、各自治会とも緊急事態の間は自粛していたが、再開する動きが始まっている。

コロナで自治会などの集会も三密をいかに防ぐかが課題になっている

開催に際しては、人と人の距離を1メートル以上取るソーシャルディスタンスや、マスク着用、声を張り上げずに遂行すること、短時間で済ませることが重要だ。

戸山ハイツ自治会のコロナへの取り組み

JKK東京では、前出・新中野テラスを皮切りに、今後の住宅建て替え時に、高速インターネット回線とWi-Fi設備を全戸に配置する。また、ワーキングスペースとして利用可能で、入居者の交流の場としても使える共用ルームを設ける。古くからある都営住宅にも、テレビ会議で集会が円滑にできるように、完備することを望みたい。

災害は新型コロナのリスクだけではない。いつ来てもおかしくない東京直下型地震や、今年も熊本県などで深刻な被害が出ている水害のリスクも考えなければならない。

震災に関しては、各棟は震度6強から7クラスでも倒壊しないように耐震化工事を行っているので、避難所に指定されている東戸山小学校に慌てて逃げるより、マンション内に居る、在宅避難のほうが安全な可能性が高い。震災では、高層建築のガラスが割れるなど、頭上からの落下物や、地滑りにも注意しなければならないからだ。

新宿区の地震ハザードマップを見ると、東戸山小学校の南側と東側の崖は、34、35号棟の北西側や、1、2号棟の北側と共に急傾斜地崩壊危険箇所となっている。大久保通りから東戸山小学校に降りる急坂の一角は、土砂災害警戒区域だ。

35号棟と東戸山小学校に至る坂道

先述したように、東戸山小学校は元は蟹川の河川敷で、周囲の地形は川で削られた深い谷になっている。震災の時には、逃げている途中で、土砂災害に巻き込まれる危険性も考えられる。同小学校に液状化のリスクはない模様だが、万が一を想定したい。

また、大久保小学校は周囲に木造住宅が多く、火災のリスクが懸念される。

ところで34、35号棟の場合、東日本大震災で、共用部の一部に段差ができるなど、地盤の弱さが露呈していて心許ない。上階のベランダの水が、下階に漏れてトラブルになるケースもある。安全な自宅避難を担保するため、さらなる補強が必要と見られる。

谷底の地形に立地する、34、35号棟。一体の建物になっている

水害に関しては、新宿区の洪水ハザードマップを見ると、旧蟹川に沿った、同小学校も含めた低地にある場所は、概ね0.1~0.5mの床下浸水が想定されている。

また、34、35号棟は蟹川に合流する小川とその水源の泉があった場所に隣接して建っていて、0.5~1mの床上浸水が想定される。実際に、昨年の台風15、18号の襲来時には住民が協力して土嚢を積んだが、待機していたエレベーターが水に浸かって使えなくなるトラブルが発生した。現在は未使用時の待機場所が3階に変更された。

34、35号棟の共用部廊下

35号棟の1階共用部

20年ほど前の豪雨で浸水被害が出たため、棟の外に側溝が造られたが、近年のゲリラ豪雨ではその機能を超えるまさかのケースが起こり得る。

集中豪雨の時には、消失していた川筋が復活することがあり、濁流に飲み込まれると危ない。かつての戸山荘も水害で、江戸時代後期には廃園になっていたのだ。

「災害が起きた時に、避難所に逃げればいいという安直な考えでは、生命を守れないのではないか」と村山氏は訴える。水害の際には、高所に逃げる基本を踏まえたい。

戸山ハイツの新型コロナ対策、震災対策、水害対策ともに十分とは言えない、背景には、行政の危機感の薄さがあるが、団地住民の自治意識が希薄化し、自治会組織が弱まってきたことも大きい。櫛の歯が抜けるように住民が減り、代わって新しい住民も入って来ないわけではないが、3分の1を占める40年以上長く住んでいる人との交流が、進まない面があるのだろう。過疎地の村落と似た事情だ。

今はコロナ禍もあるので、直ちに復活はできないが、かつては自治会で、運動会、利き酒会、お祭りなども活発に開催するなど、確固としたコミュニティがあった。そうした活動もなくなってきている。

晴れた日の戸山公園のベンチには、所在なげに何時間も腰かけている孤独な高齢者を数多く見掛ける。また、コープ戸山店の前の広場には、コープや道向かいの酒販店で購入した缶ビールなどで、昼間から酒盛りをするグループを連日見掛け、新型コロナ感染のリスクもお構いなしに見受けられる。

全般にシャッター街化している、戸山ハイツの商店街

しかし、そうした退廃した状況のみが、戸山ハイツにあるのではない。高齢の住民の地縁を結び直す住民組織「戸山未来・あうねっと」の活動が注目される。これは、東京家政大学女性未来研究所と、NPO法人 白十字在宅ボランティアの会による暮らし、健康、医療、介護の相談を無料で受ける「暮らしの保健室」との3ヶ月の共同研究から始まり、団地内のニーズを探る全戸アンケート調査、住民参加のワークショップにとどまらず、集いの場をつくる実践、「カフェあうねっと」へと発展した。

戸山いつきの杜。「カフェあうねっと」の活動拠点

2018年5月から4号棟内居宅介護、デイサービス及び地域交流の複合施設「戸山いつきの杜」で、毎週土曜日に開催されている「あうねっと」は、新宿区の事業として運営されている。「ふまねっと運動」という、介護や認知症を予防する効果のある運動を中心に、カフェタイムなども設けられ、具体的な住民の交流が進められてきた。

「ふまねっと運動」とは、北海道教育大学釧路校で開発された、50cm四方のマス目を床に敷き、網を踏まないように、さまざまなステップを学習しながら、歩行のバランスを取ってゆっくり慎重に歩く運動だ。コンスタントに参加するメンバーは20名ほどで、平均年齢80歳を超える介護保険の要支援1、2の人たち。これまでは同じ棟に住んでいても挨拶すらほどんど交わさなかった人たちが、友達になるケースもある。

新型コロナの影響で休止を余儀なくされても、リーダー会を中心にコミュニティ紙の「あうねっとだより」を発行したり、手作りマスクを配布したりしつつ、同時に電話を掛けて、メンバーの様子を確認している。

「カフェあうねっと」の休止中は、「あうねっとだより」を発行。提供:東京家政大学女性未来研究所・松岡准教授

東京家政大学人文学部教育福祉学科の松岡洋子准教授は、「戸山ハイツの方々が、戸山ハイツの方々に届ける、地域密着のまさに住人同士の助け合い。コロナのおかげでボランティアさんの絆も強まった」と力強く語る。

ボランティアには松岡ゼミの学生も参加する。高齢者たちが、普段は出会わない若い人たちと交流して、双方が刺激を受けるのも「あうねっと」の良さである。

「戸山ハイツが好き、良くしたいと考えている人が住民の80%を上回っている」と松岡氏は強調する。しかし、そうした住民の力を引き出すには、大学、自治体のような第三者の継続的な支援が必要だ。

戸山ハイツの住民が気軽に集まれる、前出・新中野テラスに造られる共用ルームの拡大版のようなコミュニティカフェができないものか。住民の交流が進み、信頼関係が結び直されれば、村山氏が強い危機感を抱く、防災問題の解決の糸口も見出せるのではないだろうか。

image by: 長浜淳之介

長浜淳之介

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

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兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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