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渋沢栄一の子孫が語る、バフェットが日本の商社株が儲かると判断したワケ

米国の著名投資家ウォーレン・バフェット氏が先月30日、1年以上かけて日本の5大商社株を購入していたことを明らかにし、市場が騒然となりました。今後の株価次第では、発行済み株式数の9.9%まで買い増す可能性があるとも語っています。誰もが驚いたこの発表、世界の金融の舞台で活躍する渋澤健さんがその購入理由に迫っていきます。

プロフィール:渋澤 健(しぶさわ・けん)
国際関係の財団法人から米国でMBAを得て金融業界へ転身。外資系金融機関で日本国債や為替オプションのディーリング、株式デリバティブのセールズ業務に携わり、米大手ヘッジファンドの日本代表を務める。2001年に独立。2007年にコモンズ(株)を設立し、2008年にコモンズ投信会長に着任。日本の資本主義の父・渋沢栄一5代目子孫。

バフェット氏はなぜ日本の総合商社株を買ったのか?

謹啓 ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

著名な長期投資家であるウォーレン・バフェットさんが日本の大手商社5社の大株主になっていたというニュースが8月末に流れ、多くの驚きの声が上がりました。なぜ日本株。なぜ総合商社。そして、なぜ、このタイミングなのでしょうか。

割安なバリュー株の投資家として長年の功績を挙げられているバフェットさんは、テクノロジー系などハイテク企業などグロース(成長)株の投資は得意分野ではないと言われています。しかし、現在の最大の保有株はアップルで、その投資額は直近では13.2兆ドル(発行株数の5.9%)のようです。

確かにアップルは、バフェットさんが投資先企業に好む圧倒的なブランド力を持っています。しかし、もしかすると心中ではグロース株へ投資ポートフォリオが傾きすぎることを不安に思っていて、リスク分散のために割安なバリュー株を世界で探していたのかもしれません。だから日本株。だから総合商社。という結論に至ったということが考えられます。


image by : shutterstock

日本人には馴染みがある総合商社ですが、外国人から見ると、他業と比べることが安易ではなく、わかりづらいコングロマリットとして評価が高くはありません。それに加え、石炭・鉱山などへの投資で環境負荷をかけている業種とも思われています。だからESG投資への関心が高まっている世の中では割安に放置されていると、バフェットさんが目を付けたのかもしれません。

企業が割安である尺度にPBR(株価純資産倍率)があります。Bは貸借対照表が示す純資産であり、企業の財務的な価値といえます。PBRが1.0ということは企業の純資産の価値=株価と市場が判断していることになります。

一方、PBRが1.0以上ということは、企業の現状の純資産よりも高い価値を見込んでいる、つまり、その企業には非財務的な価値(=未来の価値創造の可能性)が存在していると市場が判断しているということになります。

ただPBRが1.0以下の場合では、市場がかなり厳しい判断を下しています。企業の現状の純資産が将来は棄損する、言い換えれば非財務的な価値がマイナスであるということです。

バフェットさんが投資した大手総合商社は伊藤忠を除くと、全てのPBRが1.0割れ(0.70~0.85)です。強いていえば、これらの会社の人材はマイナス価値を生んでいるという極めてシビアな判断になります。「市場は常に正しい」ということわざもあります。

「そんなことはあり得ない!」という反論が多いでしょう。私もそう思いますし、バフェットさんも同じようなお考えがあるのでしょう。正確にいえば、「長期的には市場は常に正しい」ということだと思います。

ただ、ほとんどの場合、長期的という期間に耐えられない投資家が多いです。もし企業側が自社の非財務的な価値や人材価値がマイナスではないという確信があるのであれば、市場の短期的な判断を是正するために、非財務的な価値の可視化に真摯に努めるべきだと思います。


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実は企業の非財務的な価値である「社会的インパクト」を会計制度で表現するImpact Weight Accountという研究が米ハーバード大学で始まっています。

本研究のアドバイザリーボードのチェアであるロナルド・コーエンさんは、今では当たり前の会計制度の常識とは、1929年に起こった米国株式市場の大暴落が招いた恐慌時代という大ショックを経て、企業の透明性を高める意識から始まっていると指摘されています。そして、当時の企業は「そんなことは無理」と拒否したようです。

現在、大暴落は起こっておらず、むしろ逆です。ただ、新型コロナ・ウイルスは世界中に大きな社会的な、経済的な大ショックをもたらしていることは間違いありません。これからの経済社会の行方はわからない。そして社会が地域的にも所得的にも分断されている世の中に陥っているからこそ、企業の社会的インパクトへ関心が高まることも自然な流れです。

本会計研究のリーダーであるジョージ・セラファイム教授が登場するポッドキャストなどを視聴すると、特にご関心があるインパクトは温暖化・脱炭素のようです。比較的に測りやすいインパクトであるという事情もあるのかもしれませんが、温暖化という計り知れない地球規模問題のみならず、炭素税の導入などが企業のリアルなリスク要因になっているとして、欧米の経営者が活発に議論していることに興味を覚えました。

一方、日本では、これほど猛暑や悪天候に悩まされる日常生活があるというのに、温暖化・脱炭素をリアルな経営リスクと考える危機意識がまだ比較的希薄であると感じます。温暖化は世代間論争であると切り捨てる声も聞こえてくるほどです。

確かにTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)には多くの日本企業が署名し、賛同機関数は2020年7月末において290社で世界一です。(他は英国210、米国193、オーストラリア71、等。)ただ、大手総合商社のCO2排出量を売上対比、利益対比などで比べてみようと試みても、開示対象の定義や形式が統一されておらず、専門家でなければお手上げです。

非財務的な価値が会計制度に反映されるようになる世の中は割安に放置されている日本企業にとって吉となるか、凶となるか。「知らないところでルールが決まっている」とぼやくだけではなく、今から積極的に世界のルールメイクに首を突っ込んで頂きたいところです。

□ ■ 付録:「渋沢栄一の『論語と算盤』を今、考える」■ □
『論語と算盤』経営塾オンライン

『論語講義』泰伯第八 18

子曰く、巍巍乎たり、舜・禹の天下を有つや、而して与からず
けだし舜・禹いかに才智優秀なるも、
人は万能にあらざるを以って、
独力以って天下を如何ともし難し。
衆賢を挙げ衆智を集め、適材を定所に配置して、
おのおのその才能を十分に発揮せしめたるがために、
天下がよく治まったのである。

いくら才能があっても、ひとりだけでは何もできません。日本企業が万年割安状態からの是正には1社1社の努力はもちろんのこと、世界における評価の基準づくりを国家戦略として考えて実施することも必要ではないでしょうか。

『渋沢栄一 訓言集』実業と経済
企業家において、まず第一に心すべきは、数の概念である。
最も綿密に成算し、右から見ても左から見ても、
間違いがないようでなければならない。

バフェットさんが割安な日本企業に投資したのは、日本企業が会計制度をしっかり遵守しているという点に信頼性があるからではないかとも言われています。一方、非財務的価値は一般的には数値化が大変難しいです。

でも、難しいからと言って拒否感を示すのではなく、インパクト評価の見せ方に色々と試行錯誤や工夫を繰り返すことも心すべきでしょう。特に日本企業の制度遵守に対する信頼性が世界から高いのであれば。

謹白

image by: Shutterstock.com

渋澤 健(しぶさわ・けん)

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