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ヤクザまがいの言いがかりも。麻生氏が岸田氏を支援しなかった訳

14日の自民党総裁選でシナリオ通りの圧勝を果たし、16日の臨時国会で第99代首相に選出された菅義偉氏。菅新総理誕生にあたっては、二階俊博氏と麻生太郎氏が果たした役割が大きいことは二人の留任を見ても明らかですが、麻生氏自身の心中には複雑な感情が渦巻いているようです。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、期待をかけていたはずの岸田文雄氏を切り捨てざるを得なかった麻生派の事情を解説。そこには政治の世界で生きる者以外には理解し難い「派閥の論理」や「力学」が深く絡んでいました。

麻生氏が岸田氏を支援しなかった真の理由

はなから盛り上がりようもない自民党総裁選が終わり、予定通り、新総裁となった菅義偉氏が新総理大臣に国会で選出された。

安倍前首相、麻生副総理が「絶対許さない」(田崎史郎氏)という石破茂氏は、岸田文雄氏へ“お助け票”が流れたせいか、最下位に沈んだ。政治生命が断たれたかのように言う向きもあるが、これだけ一人が陰湿極まるイジメにあったのだ。判官びいきの国民性が刺激され、石破氏にとってはプラス面もあるだろう。

この党においては、派閥トップの談合で流れが決まるや、どの派も「一致結束箱弁当」と化して、同一行動をとるのだから、選挙の形骸化は仕方がない。

ましてや今回は、一般の党員が投票機会を奪われた。国民は異次元空間で繰り広げられる不思議な政治ショーを呆然と見ているほかないのである。

個々の候補者の人柄、識見など度外視。派閥領袖の思惑と力関係、そして党内を覆う空気感が勝負を決める。理不尽な選挙だ。

予定通り二階幹事長と麻生副総理(財務相)は留任となった。それは、二人が菅総理誕生にいかに重要な役割を果たしたかを示している。

「政治は政策じゃない、感情だ」と、わけ知り顔の政治記者は言う。ならば、麻生副総理はなぜ、好きでもないはずの菅氏の支援にまわったのだろうか。消費税率アップの先送り、軽減税率の導入などで、菅官房長官とは何回となく意見が対立してきたのである。しかも最終的には菅長官に譲歩するという屈辱を味わった。

麻生氏の行動パターンとして、嫌な人間には極めて冷酷な仕打ちをする。それでも派閥ぐるみで菅支持を固めたのは、菅氏が勝ちそうだから、という打算しか思い当たらない。

そのために、期待をかけていたはずの岸田氏を切り捨てた。総裁選で、安倍首相とはかり、互いの側近議員の票のいくらかを岸田氏に振り向けたらしいのも、後ろめたさのゆえだろう。

安倍首相の退陣表明から2日を経た8月30日夕方、岸田氏が麻生氏の個人事務所を訪れ、支援を要請したとき、麻生氏が言い放った言葉が、いくつかのメディアで報じられた。

「古賀と縁を切ってから来い」(9月7日、BS-TBS報道1930)
「古賀とメシを食ったその足で俺のところに来るなんて、どういうことなんだ」(9月9日、FNNプライムオンライン)

いくら麻生節とはいえ、ヤクザまがいも度が過ぎる。岸田氏とは定期的に会食し、興が乗れば「大宏池会構想」なる合流話を蒸し返したりしている仲ではないか。

名指しされた古賀誠氏は、岸田氏が会長をつとめる名門派閥「宏池会」の名誉会長で、岸田氏にとっては政治の師匠といえる。

安倍前首相が退陣表明した8月28日の夜、岸田派幹部が今後の対応を話し合うため都内で開いた会合に古賀誠氏が出席していた。そこに何の不思議もないのだが、麻生氏は、自分より先に古賀氏と会ったことを問題視した。

支援を頼むのなら真っ先に俺のところへ飛んで来い、というわけだ。そうしたら麻生氏が支援したかというと、そんなわけはなく、どうみても拒否するためのイチャモンにすぎない。

池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一。保守本流といわれ、4人の総理大臣を輩出した「宏池会」は2000年11月のいわゆる「加藤の乱」をきっかけに谷垣禎一氏らのグループと、古賀誠氏らのグループに分裂した。これが、絶えて久しく宏池会から総理が出ない原因となった。

一方、麻生氏は前年の1999年1月、長年慣れ親しんだ宏池会を離脱、河野グループの旗揚げに参加していた。宮澤喜一から加藤紘一に宏池会会長の地位が譲られたことに不満があったのだろう。

その後、2008年に谷垣派と古賀派は合流し「中宏池会」が誕生したが、2012年の総裁選で、古賀氏が谷垣再選を支持しなかったため、谷垣派は再び、宏池会を離脱した。

かつて日本の政治は国力重視の「清和会」(現・細田派)に対し、リベラルな保守勢力「宏池会」が拮抗していたからこそ、自由闊達な論争が行われた。そういう土壌が保たれていれば、安倍官邸が政治権力を我が物顔で振り回すことなどできなかっただろう。

加藤の乱の後、岸田氏は古賀氏と行動をともにし、2012年10月、古賀氏から宏池会の会長を引き継いだ。古賀氏は名誉会長となって、隠然たる影響力を保持したが、名門派閥の領袖となった岸田氏は、誰が見ても自民党のホープだった。

麻生氏は河野グループを継承し、「為公会」を立ち上げた。2006年12月のことだ。宏池会から河野グループに移っていた河野太郎氏も、そのまま「為公会」のメンバーとなった。

麻生派、岸田派、谷垣派。いずれも「宏池会」に源流がある。その三派が合流する「大宏池会構想」を言い出したのは麻生氏なのに、古賀誠氏の名を出してまで、岸田氏を突き放した。そこには、麻生派の事情がからんでいる。

自派閥の河野太郎氏が総裁選に出る素振りを見せたとき、麻生氏は押しとどめた。菅支持で主要派閥がまとまりそうだったからだろうが、もし仮に、麻生氏が将来を見据え、河野氏を育てるつもりがあるのなら出馬を後押しする手があったはずだ。

また「大宏池会構想」を本気で考えているとすれば、3人の候補者のなかでは岸田氏を推すべきだろう。岸田氏は「大宏池会構想」に前向きだし、古賀氏とて、麻生氏と手を組むことを拒絶してはいない。それなのに、麻生氏は古賀氏を嫌い、「宏池会」から古賀氏に手を引かせるよう岸田氏に求めている。

麻生太郎という人物は、よほど権力闘争が好きとみえ、どこにいても親分でありたいのだ。もちろん、自民党福岡県連においてもだが、県連には引退したはずの古賀誠氏の影響力がいまだに根強く残っている。

麻生、古賀の対立が如実に表れたのが、2019年の参院選だ。改選を迎える自民現職は松山政司・前一億総活躍相ただ一人だったが、麻生氏は改選数3に対し、自民党は2人立てるべきだと主張したのである。1人なら勝利は確実だが、2人となれば難しい。

理由はただ一つ。子分が別の親分になびいたからだ。つまり、松山氏は青年会議所つながりで麻生氏の「直系」といわれたほどだったのに、2001年の参院選に初出馬したさい、直前まで自民党幹事長として権勢をふるっていた古賀氏を頼って当選を果たした。これをいつまでも根に持つところが、いかにも麻生氏らしい。それから18年後の参院選にまで松山氏への感情が持ち越されたわけだ。

もちろん、2人擁立の話は立ち消えになった。公明党が黙っていなかったのだ。自民党が公明党の新人に推薦を出すことを、甘利明自民党選対委員長が公明党の佐藤茂樹選対委員長に約束した。甘利氏は麻生派幹部だが、感情に走る麻生氏の身勝手なふるまいをそのまま通しては、戦略的にものごとが進まないのを、よくわかっていた。

麻生氏は面目丸つぶれだ。派内でも、実のところは麻生氏の威光に陰りが見え始めていることがよくわかる。

いうまでもなく、麻生氏は派閥の拡大をめざしてきた。「大宏池会構想」もその一環だが、2017年5月、山東昭子氏を派閥領袖とする「番町政策研究所」との合流により「志公会」を結成、党内第2派閥に躍り出た。

だが、図体ばかり大きくなっても、麻生派に鉄の団結があるとは思えない。麻生氏はこの9月20日で80歳を迎える。ところがこれという後継者が育っていない。

河野太郎がいるではないか、というが、麻生氏はいまいち気乗りがしないようなのだ。第一に、河野氏が神奈川県連つながりで菅義偉新首相に可愛がられている面が気に入らない。だから「太郎はもっと礼儀や社会常識を身につけなければ」などと理屈をこねて、総裁選への出馬意欲を抑えにかかる。

麻生氏は心身ともにタフな人だが、もちろん総理再登板など、どだいムリな話だ。56人の麻生派国会議員にしてみれば、総理をめざす人材を担いで結束したいだろう。そういう意味で、麻生氏にはたえず不安がある。

たとえば、岸田氏を支援するとなれば、総裁選に意欲を燃やす河野氏が黙っていないわけである。いくら麻生氏が説得しても、河野氏は意地にかけて出たかもしれない。そうなると、河野氏を支持する若手の反乱が起こり、麻生派は分裂する恐れさえあったのだ。

そもそも父、河野洋平がつくったグループが母体だから、河野太郎氏が麻生派に属しているわけで、麻生氏に心酔しているわけではあるまい。もちろん今のところは麻生氏の言うことを黙って聞いているが、いざとなったら自分のグループを旗揚げしかねない。

麻生氏は今回、菅政権誕生の一翼を担ったが、内心は複雑なのではないか。菅首相が、安倍前首相のように麻生氏を頼るわけではないからだ。ひと癖もふた癖もある菅首相は、麻生氏にとってこのうえもなく扱いにくいはずである。

image by: 財務省 - Home | Facebook

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