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新型コロナを「武漢ウイルス」と呼ぶ自称愛国者が日本の恥である理由

世界中で100万人以上の命を奪った新型コロナウイルスによる感染症ですが、そのウイルスを何らかの意図を持ち「武漢ウイルス」と呼ぶ人が我が国にも一定数存在します。このような姿勢を「恐ろしくみっともない」と強く批判するのは、軍事アナリストの小川和久さん。小川さんは自身が主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で今回、日本の国益から考えて「武漢ウイルス」と呼ぶことが百害あって一利なしと言える理由を記すとともに、中国を脅威にすることなく関係を築く「一流の国の戦略的思考」を解説しています。

安全保障の専門家として「武漢ウイルス」とは呼ばない

SNSの投稿やネット配信記事を見るたびに、「これはいかん」と思い続けています。友人知己のかなりの人が新型コロナウイルスのことを「武漢ウイルス」と呼んではばからないからです。政府や自衛隊の高位高官だった人も例外ではなく、私はそれを苦々しく思っています。

私が「武漢ウイルス」という呼び方をしないのは、そのように呼ぶ必要がないからだけではありません。安全保障問題の専門家の一員として、日本の安全に責任を負う立場にあるからです。

「武漢ウイルス」と呼ぶ人々に共通しているのは、一様に中国嫌いであり、戦後続いてきた中国の行動に腹を立てている点です。

そして、「武漢ウイルス」と呼ばない人々に対しては、「中国びいき」の疑いがかけられ、時には罵声が飛ぶことさえあります。

友達を失うことを恐れずに言うなら、そんな言動は児戯に等しく、恐ろしくみっともない行為です。ガキじゃあるまいし!

考えてもみてください。「武漢ウイルス」と呼ぼうと、中国が嫌がるのを承知で「支那」と呼ぼうと、昔の悪しき日本人に戻ったように「チャンコロ」と言おうと、それで中国の振る舞いが是正される訳ではありません。むろん、日中間の懸案事項が解決に向かうどころか、悪化させる危険性すらあります。

日本の国益から見て、悪口雑言を叫ぶことは、百害あって一利なしとさえ言えるのです。

そこで私の考え方をご説明しておきましょう。

世界に共通する「脅威」の定義に、「相手の意志と能力」というものがあります。

先方に敵意があり、同時に強力な軍事力を備えていれば、これは「脅威」以外の何ものでもありません。

逆に、強力な軍事力を備えていても、米国のように同盟関係で結ばれており、敵意が生じない関係なら、脅威とはなりません。

そこで中国ですが、日本とは海を隔てているとはいえ隣国であり、しばしば言われるように「引っ越しできない関係」でもあります。

その中国は、尖閣諸島をめぐる問題ばかりでなく、歴史認識の問題などを含め、しばしば日本に対する敵意をのぞかせ続けてきました。領海侵犯などの挑発行為にも、そのような中国の敵意がのぞいていることは言うまでもありません。そして、軍事力増強の道をひたすら進んでいます。

そうなると、中国は脅威となりつつあるし、既に脅威として存在しているという言い方が出てくるのは当然のことです。

といっても、罵詈雑言を浴びせかけても中国の脅威度が高まるのにブレーキをかけることはできません。

そこで、特に政府や自衛隊の高位高官だった皆さんに聞きたい。「どうするのですか」。「どうしたいのですか」。個別に問いただしていくと、明快に答えた人はゼロです。単に中国に罵声を浴びせて溜飲を下げているに過ぎないことがわかります。

思い出していただきたいのは、「学問に王道なし」という言葉です。これを外交や安全保障の世界に置き換えると、基本に忠実に対中戦略を進めていくということになります。これが樹木でいう「幹」にあたる部分です。そう眺めると、日本の議論が「枝葉」の話に終始していることがおわかりになると思います。

中国に対しても、主張すべきことは率直に伝え、問題解決を図りながら、同時に政治的、経済的、文化的な面で日本の国益に沿った戦略的な関わりを深め、経済面を中心に相互依存関係を築いていく。そういう中で敵意が生じにくい環境が醸成されていくのは間違いありません。

中国に「騙されるのではないか」などとたわ言をいう勿れ。戦略的に関わることでそうした事態は少なくなりますし、だいたい、騙されないと思うほうがおかしいというのが国際関係です。

そのように敵意が生じにくい環境を拡大深化させる一方、防衛力整備と日米同盟の深化を進め、中国に差を縮められないようにする。できれば差を広げるように努力するのです。

どうですか。中国を脅威にしない取り組みがおわかりだと思います。これが一流の国の戦略的思考というものです。同時に、安全保障の世界に「安心してよい」という言葉は存在せず、常に注意を怠らず、必要な措置を講じていくことも、日本が一流国であろうとすれば、心得ているはずだと思い起こしていただきたい。尖閣周辺での領海侵犯など、日本が独立国なら備えておくべき領海法などを整備してこなかった結果なのです。

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長が中国寄りだから、「武漢ウイルス」と呼ばないのではありません。発生地の名前をかぶせることで、その国を非難・攻撃するときにネガティブに使われることを避けようと、かつてのスペイン風邪などの教訓に学んだ結果なのです。かりにWHOのトップが反中国派であっても、現在のCOVID-19のような符号による呼び方になることは言うまでもありません。

このコラムを書いたことで、また10人ほど友人知己を失ったかもしれません(笑)。(小川和久)

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2020年8月配信分
  • 第890号(2020年8月31日特別号)
    ◎テクノ・アイ(Techno Eye)
    ・中国の弾道ミサイルは米空母を狙えない(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎編集後記
    ・安倍政権、『官邸官僚』の限界(小川和久)

  • 第889号(2020年8月27日号)
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    ・中印紛争が教える大人の関係
    ・国境紛争は58年前から
    ・反中気運でも関係は断ち切れない
    ・「政治大国」としてのしたたかさ
    ◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
    ・カナダ発の論文「中国はコロナを隠さなかった」(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎ミリタリー・アイ(Military Eye)
    ・中国も揚陸作戦に半潜水式運搬船を投入(西恭之)
    ◎編集後記
    ・クルーズ客船を病院船に

  • 第888号(2020年8月24日特別号)
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    ・AI操縦のF-16が教官パイロットを破る(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎編集後記
    ・警察より厳しかった朝日記者の取材(小川和久)

  • 第887号(2020年8月20日号)
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    ・さざ波が立つ南シナ海
    ・九段線をめぐる中国の足跡
    ・四面楚歌?抑制的に動く中国
    ◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
    ・米当局が明らかにしたロシアの官製マルウェア(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎ミリタリー・アイ(Military Eye)
    ・原爆投下を批判するための条件(西恭之)
    ◎編集後記
    ・弾道ミサイルは「機」か「発」か

  • 第886号(2020年8月17日特別号)
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    ・沖縄に配備された米陸軍の「秘密兵器」(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎編集後記
    ・新聞が伝えた『玉音放送』(小川和久)

  • 第885号(2020年8月13日号)
    ◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
    ・豪雨災害とダム
    ・「ダムによらない治水」は可能か
    ・下筌ダム闘争の「蜂の巣城」
    ・ダム新設を超える今後の方向性
    ◎ミリタリー・アイ(Military Eye)
    ・日本が本土決戦をしていたら何が起きたか(西恭之)
    ◎編集後記
    ・読売新聞の終戦企画

  • 第884号(2020年8月6日号)
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    ・軍隊の鈍重さを知っていますか
    ・海を渡るための計算式
    ・駐独ソ連軍は撤退完了まで4年
    ・柔軟な運用の米第18空挺軍団
    ◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
    ・トランプがTikTokに適用する法律(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
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    ・多弾頭ICBMを試射した米国の狙い(西恭之)
    ◎編集後記
    ・日本も領海法を制定しよう

  • 第883号(2020年8月3日特別号)
    ◎テクノ・アイ(Techno Eye)
    ・コロナ 医療崩壊を防ぎ、経済を殺さない方法──イスラエルのコンピュータ科学者の提案(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
    ◎編集後記
    ・コロナ克服は「物事の順序」をわきまえて(小川和久)

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image by: Mark Brandon / Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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