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米大統領選2020を10のファクターで予測。トランプ勝利の奇跡はあるか

11月3日の投開票日まで1週間を切った、アメリカ大統領選挙。現地からはトランプ陣営の不利が伝えられていますが、同様の報道がなされていた前回2016年の選挙ではヒラリー候補が結果的に敗れてトランプ氏が勝利し、民主党にとっては「悪夢」のような結果となってしまいました。はたして2020年、あの時の「悪夢の再来」はありうるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんが、2016年と今年の選挙戦を徹底比較し、その行方を占っています。

大統領選直前情勢、2016年との比較ポイント

2020年の米大統領選挙は、投票日までちょうど1週間となりました。様々な予測が出ていますが、最新の動向としては、

● 政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス

● 政治サイト「エレクトラル・ヴォート・コム

● 政治サイト「ファイヴサーティエイト

という予想が出ています。アメリカ国内の雰囲気もそんな感じになってきました。ちなみに、現地10月26日には株価(特にNYダウ)が大きく下がっていますが、これはコロナ感染の再拡大懸念と、経済刺激策の成立見通しが立たないことが理由です。市場はバイデンを嫌っているわけではありません。

とはいえ、選挙はフタを開けてみないと分からないのも事実です。今回は、とりあえず前回の2016年との比較を意識しながら、両候補に対してどのように票が動くのか、要素別に直前の状況を考えてみたいと思います。

1.隠れトランプの存在は?

前回の2016年の選挙では、「隠れトランプ」の存在が指摘されました。世論調査員には「ヒラリーに入れる」と言いながら、あるいは家族や同僚には「勿論ヒラリーさ」と言いながら、投票所では突如豹変して「衝動的、あるいは秘密裏にトランプに入れた」という票が相当にあったというのです。各種のメディアや、調査によればその数は、全体の2%から6%程度と言われています。

仮に2016年の「隠れトランプ」が本当だとして、今回も同じように数字に出ない票をトランプは隠し持っている可能性があるのかというと、ゼロとは言えないまでも、こちらは相当に少ないと思われます。

理由としては、まずこの4年間「トランプ支持」を隠し通すことは難しいし、例えば家族にバレて離婚したり、子供が口をきかなくなったりという例はあっても、4年前も秘密で、今までずっと秘密というケースは少ないと思われるからです。また胸を張ってトランプ支持だとカミングアウトする例もあるでしょう。

勿論、秘密結社のようにトランプに忠誠を誓い、その一方でそれを周囲には秘密にしているという層はあるでしょう。ですが、例えば普段は平均的な市民を偽装していて、週末になるとトランプ派に変身して、暴力行為などを行なっているような「活動家」を除けば、支持を隠す理由は確実に減っていると思われます。

2.アウトサイダー効果は?

2016年の選挙の際には、ヒラリーは「エスタブリッシュメント」であり、「ディープステート」という闇の権力を代表しているなどというイメージから、対抗するトランプは、カウンターカルチャー的なアウトサイダーというイメージがありました。

例えば、2016年の選挙戦でペンシルベニア州のバックス郡にトランプが来た際には、「ダースベイダーの仮装をした」支持者などが見られたそうですし、そのほかの集会でも、例えば10月末のハロウィンが近づくと、カウボーイ姿とか奇妙な格好で「娯楽として」選挙集会に来るみたいな現象がありました。その種の奇妙なエネルギーは、今回2020年には消滅しています。

つまり、トランプの持つスキャンダラスな話題性に関しては、この4年間の間に、アメリカ社会としては麻痺しつつ、飽きてしまった。つまり「エンタメとしても賞味期限切れ」という状況になっていると思われます

3.アンチ・ヒラリー効果は?

2016年の選挙に特徴的だったのは、アンチ・ヒラリーというエモーションでした。民主党支持者の中に、政党としては民主党を支持するが、ヒラリーは個人的に嫌いという層が確実に存在したのです。例えば、若者を中心とした左派のサンダース派の場合は、予備選の遺恨から相当に嫌っており、棄権に回るとか、中にはトランプに投票したグループもありました。

中高年の「ビル・クリントン時代」を知る世代にも、一定の「アンチ・クリントン」がいたし、特に、モニカ・スキャンダルを抱えた夫を許したのは「政治的野心による仮面夫婦隠し」だとして、ヒラリー嫌いという層は確実にありました。また、若い世代の中には、アフガン・イラク戦争などへのヒラリーのタカ派的姿勢への反発もありました。

そうした「アンチ・ヒラリー」に匹敵するような、マイナスの感情というのは、今回のバイデン候補に向けられるものとしては、ほとんどないと思われます。例えば、認知症疑惑であるとか、息子のスキャンダルというような問題はありますが、いずれも党派的な枠組みの中での議論で、そこからハミ出すものではありません。

4.決定的失言は?

ヒラリー敗北のきっかけとして、歴史的に見れば、2016年9月にヒラリーがNYで行なった「どうしようもない人々(”Basket of deplorables”)」発言の意味は極めて大きかったと思います。

この basket of deplorables なんていう言葉は本当はないわけで、口から出任せの造語ですが、要するに「トランプ支持者は、LGBTを差別し、性差別、白人至上主義などを唱える、どうしようもない連中だ」と罵倒したわけです。罵倒したのはいいんですが、その表現が強すぎました。

つまり deplorable(残念な=日本語の現在のスラングの「残念」にほぼ同じ)な人が、腐ったタマネギとか、芽の出たジャガイモのように、籠の中に投げ込まれているというわけです。一種のビジュアルイメージを醸し出す中で、これがとんでもないマイナス効果を生じてしまったのでした。

勿論、これを言ったのはNYでの支持者集会でしたから、その場ではオオウケでしたが、ヒラリーが計算できなかったのは、そう言われて「自分のことだ」と思う人がアメリカには大勢いたことです。その人たちは、この発言を聞いて「ヒラリーを憎み、そのためにトランプ支持を固めた」、それが歴史を動かしてしまったのでした。

このような破滅的な失言というのは、今回のバイデン=ハリスのコンビは、全くありません。

5.経済や雇用は?

2016年の場合は、オバマ政権の8年間を通じて「リーマンショック後のアメリカ経済の回復がスロー過ぎる」だけでなく、「同時にIT化による激しいリストラ」を伴っていたので、知的産業以外は雇用が回復しないという、恨みのような感情が全米に満ちていました。そして従来からの民主党支持者も、そのために、一部がオバマの後継であるヒラリーを見捨てたのです。

今回の2020年の場合は、その点でバイデンは「今のコロナ不況」をタテにして、トランプを批判する立場であり、現状への恨みをストレートにぶつけられる存在ではありません。

6.党内左派との関係は?

2016年のヒラリーは、熾烈な予備選を戦ったバーニー・サンダースの支持者には、明らかに「怨念」を残していました。今回、2020年のバイデンも予備選ではサンダース派との厳しい戦いをしていますが、コロナ禍の中で、サンダースは早々に撤退しましたし、例えば最左派のAOC(アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員)なども、バイデン支持を明確にしています。

しかも、バイデン=サンダースの政策協定というのも成立させていますし、何よりも、「トランプ打倒」という目標を、党内抗争の論理よりも優先させることはできていると思われます。

しかも、トランプは、こともあろうに「ハリスは危険な左派(実際は中道)だから、バイデンも危険」という、トンチンカンな批判を繰り返していたわけです。もちろん、ニュースなど全く読んでいない人を誘導するのが目的ですが、こうした言い方では、民主党内を分断することはできないわけです。そんな敵失もあって、今回の選挙に関しては、民主党側の結束は固いと見ていいでしょう。

7.副大統領候補の違い

2016年のヒラリーが副大統領候補に選んだのは、ヴァージニア州選出の上院議員(今もそうです)のティム・ケインでした。悪い人ではないですが、非常に地味であり、「女性候補のヒラリーのアクの強さ」を緩和するという以上の効果はなかったわけです。

ですが、今回のカマラ・ハリスという人選は結果的に成功だったし、彼女の存在により献金の勢いが加速する中で資金力にもダイレクトに反映しています。

8.ネガキャンをストップ

タイミングとしては、10月1日のトランプ感染を受けてということだったのですが、バイデン陣営は「アンチ・トランプ的なネガキャン」を停止しました。そうではあるのですが、資金はジャンジャン来るので、激戦州では「そのためにCM枠が拡大されている?」と思われるほど、バイデン派の広告が投下されています。

ですが、その広告は「ポジティブ」にバイデンを売り込むものがほとんどで、ネガキャンはないという「現在のアメリカ政治の中では異常な事態」になっています。トランプは回復したと自称しているので、別にネガキャンを再開してもいいはずなのですが、御大本人か奥さんの意向かはわかりませんが、とにかく(少なくともペンシルベニアでは、)今日現在やってません。これがどのような効果をもたらすかは分かりませんが、興味深い現象だと思います。

9.コロナ危機というファクター

2016年との大きな違いは、コロナ禍の中での選挙というファクターです。大きな争点になっていますが、基本的な構図としては「WHO・専門家・欧州やアジアでの常識」に従って対策と経済のバランスを取ろうというのが、バイデン陣営で、これに対して「パンデミックはコントロールしない」(マーク・メドウス大統領首席補佐官)というのがトランプの立場です。

確かに後者、つまり「アンチ・ロックダウン」「アンチ・マスク」のグループというのは存在していて、暴力的な活動をする部分も含めてトランプを支持しています。その周囲に大きな有権者の塊があるのは事実です。ですが、その塊は、そもそも保守州の保守層とダブっており、無党派の未決定層に浸透するというのは限られていると考えられます。

一方で、前者つまり常識的な対策を行なおうと立場は、医療従事者は勿論、都市部の広範な有権者、子供を持つ親世代、高齢者をケアする世代などに広がっています。その中には、多くのノンポリ層、つまり未決定層が含まれていると考えられます。

10.宗教保守派の影響

これも2016年とは少し違う動きをしていると思われます。2016年の時点でのトランプは、カジノを経営して多くの女性と関係を持った(と思われている)というイメージから、宗教保守層には嫌われていました。

一方で、2018年の中間選挙の際には、保守派のブレッド・カバナー判事を強引に最高裁判事に「ねじ込んだ」ことで、共和党主流派とトランプ、そしてこの人事を歓迎して敵対する民主党への対抗心を強めた宗教保守派がタッグを組むことができたのです。下院の多数は失ったものの、上院の多数を共和党が死守できたのは、そのためでした。

今回の2020年も、同じように保守派判事を最高裁に「ねじ込む」ことに成功しています。それも2018年の時より、もっと強引なやり方で進めています。ですが、候補のバレット判事にスキャンダルがなかったことから、民主党の抵抗が静かであり、熱い戦いが起きなかったのです。そのために、宗教保守派は、特にトランプとの連帯感を強くは感じなかったばかりか、これで満足して「トランプは使い捨てでいいや」というムードがあるようです。

現在の賭け屋のオッズ、そして政治サイトの「選挙人獲得数シミュレーション」におけるトランプの劣勢は、以上のようなファクターが積み上がったものと考えていいでしょう。

image by: No-Mad / Shutterstock.com

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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