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菅政権の無責任。“Go To Hell”で国民を追い込む日本のお寒い現実

コロナ禍の福岡で起きていた、あまりに哀しい事件。その事件の要因となったのは、現代日本の歪みそのものでした。今回のメルマガ『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、この事件の全貌を詳細に記すとともに、本当に支援を必要としている人を救わない日本の政治の責任を追求しています。

GoToキャンペーンの陰で何が起きているか

このコーナーは、ここのところ、菅義偉首相による日本学術会議に対する任命拒否問題を始め、政治の話題を取り上げることが続いていました。しかし、皆さんご存知のように、日本の中央のメディアは、アメリカの大統領選のニュースは連日のように大きく取り上げますが、日本国内のローカルニュースは、よほどのことがない限り報じません。特に、沖縄の米兵の犯罪や貧困が原因の事件など、政権に批判の目が向きそうなニュースは報じません。

そのため、あたしは、インターネットの利点を使って、日本国内の地方紙のウェブ版のニュースを北から南まで、できる限りチェックするようにしています。中央で起こった大きな事件よりも、地方で起こった小さな事件のほうが、今の歪(いびつ)な日本社会の問題的をリアルに映し出している場合が多いからです。そこで今回は、少し方向性を変えて、大半の人が気にも掛けずに素通りしてしまうような小さなローカルニュースを取り上げてみようと思います。

今回、あたしの目に止まったのは、10月22日付で福岡県のローカル紙「西日本新聞」のウェブ版が報じた「恐喝未遂の30歳の女に執行猶予付きの有罪判決が言い渡された」という内容のニュースでした。この女性は今年8月20日、福岡市中央区天神の真珠販売店で、店員にカッターナイフを向けて現金を脅し取ろうとしました。ここまで聞けば、誰もが「逮捕されて当然」「執行猶予など甘い」と思うでしょう。

どのような事情があろうとも、犯罪は犯罪なので、本来なら「女性」でなく「女」と書くべきです。でも、今回の事件は、どうしても「女」と書くことができないので、「女性」と書くことをお許しください。

この女性は、物心がついた時には久留米市の孤児院にいたそうです。中学校を卒業するまでは施設で過ごしましたが、施設にいられるのは義務教育が終わるまで。その後はアパートでひとり暮らしをし、飲食店を転々としながら、女給の仕事などをして暮らして来ました。

母親の顔は覚えていますが、父親の顔は知らないそうで、家族とは絶縁状態。どんなに困っても、頼れる人は誰もいません。それでも、一生懸命に働き続け、これまでひとりで生きて来ました。貯金などする余裕はありませんが、アパートの家賃を払い、何とか暮らして来ました。

しかし、今年2月のこと、仕事先のうどん屋の店長から「辞めてくれないか」と言われてしまったのです。新型コロナの影響で客足が遠のいてしまったため、店長も苦渋の選択でした。女性は次の仕事場を探し回りましたが、中卒で女給の仕事しか経験のない彼女は、同じような店を回ることしかできません。しかし、どの店も新型コロナの影響で経営が厳しく、とても人など雇える状況ではありません。

結局、家賃が払えなくなった彼女は、誰にも相談できないまま、夜逃げ同然でアパートを出ました。そして、とにかく人が多い場所へ行けば何とかなるかもしれないと思い、九州最大の繁華街である福岡市の天神に向かいました。お金のない彼女は、中央区天神の警固公園のベンチや周辺の雨風がしのげる場所で野宿をし、昼間は「食べ物をください」と書いた紙を持って路上に立ち続けました。

たまに現金をくれる人がいたので、そんな時はネットカフェに行き、シャワーを浴びて体を休めたと言います。彼女を見るに見かねて、しばらく居候させてくれた女性もいたそうです。いつも夜の公園で寝ている彼女を心配して「市役所の福祉の窓口に相談したほうがいい」とアドバイスしてくれた人も複数いたそうです。

しかし、彼女は「健康な自分が市役所に相談することは恥ずかしいこと」と思い込んでいました。病気で働くことができないのならともかく、健康な自分が福祉に頼るのは「恥ずかしいこと」であり「いけないこと」だと思い込んでいたのです。さまざまな理由で困窮して生活保護を受給している人々のことを、まるで犯罪者か何かのように吊るし上げる昨今の風潮が、彼女にこうした意識を植えつけたのかもしれません。

こんな路上生活が半年も続いた今年8月、誰にも相談できないまま公園から姿を消した女性は、とうとう限界を迎えてしまいました。「私も美味しいものを食べて、新しい洋服も買いたい」、肉体的にも精神的にも追い詰められた彼女は、そう思うと、カッターナイフを握りしめ、何度も躊躇した果てに、真珠販売店に足を踏み入れました。そして、店員にカッターナイフを向けて「お金を出してください、切りますよ」と脅したのです。

しかし、その店員が警察に通報しようとしたため、女性はすぐに店から逃げ出し、その足で交番に駆け込みました。そして、今、自分がしてしまったことを、警察官にすべて正直に話し、その場で逮捕されました。逮捕された時の彼女の所持金は、わずか257円だったそうです。

10月21日、福岡地裁で行なわれた裁判で、女性は自分の罪を認め、真珠販売店と店員に謝罪した上で「普通の生活がしたい」と述べたそうです。恐喝未遂と建造物侵入の罪で「懲役1年2月」が求刑されていた彼女に「懲役1年2月、執行猶予3年」の判決が言い渡されました。そして、裁判官は次のように続けました。

「世の中は自分で何でもできる人ばかりではありませんから、さまざまな支援制度があるのです。困った時には公共の窓口に相談することを考えてください」

女性は深くうなずきました。彼女を担当した国選弁護人によると、しばらくは国の支援制度、一時的に宿泊場所と食事が提供される「更生緊急保護制度」を受け、生活の立て直しを進めて行くそうです。

この女性のように、新型コロナの影響で仕事を失ってしまった人は、今年2月から9月末までに「約6万人」と報告されています。しかし、これは、あくまでも氷山の一角です。あたしのようなフリーランスの多くは、ほぼ仕事ゼロの状態が半年以上も続いていますが、こうした調査の対象にはなっていません。また、解雇されずとも給料を減額されて自宅待機させられている解雇予備軍も数多くいます。これら水面下の生活困窮者まで含めると、今年12月末までに「新型コロナによる失業者」は100万人を突破するという試算もあります。

その中でも、特に緊急の支援が必要なのが「ネットカフェ難民」です。最低限の着替えなどを詰めたリュックを背負い、単発のバイトをしながらネットカフェに寝泊まりしているネットカフェ難民は、東京23区内の推移を見ると、民主党政権下の2009年から2012年までは2,000人以下で横ばいでした。しかし、厚生労働省の調査によると、第2次安倍政権下の2013年から2018年までの6年間で、4,000人超へと倍増しているのです。

2018年当時、安倍晋三首相は「アベノミクスによって雇用が380万人も増えた」とドヤ顔で繰り返していました。しかし、その実態は、竹中平蔵会長率いる人材大手「パソナ」を儲けさせるために、正規雇用を減らして非正規雇用を増やしただけでした。2018年の時点で、非正規雇用の割合は過去最高の37.8%、労働者の10人に4人が非正規雇用になってしまったのです。

その上、総務省が5年ごとにまとめている「就業構造基本調査」によると、非正規雇用の75%、4人に3人が年収200万円未満となってしまいました。この中には、毎日働いているのに賃金が低くて生活が成り立たない「ワーキングプア」も数多く含まれています。そして、そうした人たちの中で、家賃が払えなくなり、今回の事件の女性のように誰にも相談できなかった人たちが、1人、また1人と、ネットカフェ難民になって行ったのです。

新型コロナ禍の今年4月7日、安倍晋三首相が発令した「緊急事態宣言」によって、ネットカフェにも休業要請が出されました。東京都の小池百合子知事は、ネットカフェを最も休業要請期間の長い「ステップ3」に含めたため、4,000人を超える東京23区のネットカフェ難民は行き場を失いました。小池知事は批判を受けて緊急の宿泊場所を用意しましたが、この後手後手の付け焼刃的な対策で救われたのは、一部のネットカフェ難民だけでした。

いくら代替の宿泊場所を用意しても、新型コロナの影響で単発のバイトが激減してしまった彼らは、日々のバイトを得るための命綱だったケータイ料金が払えなくなり、ケータイを止められてしまったのです。これで、彼らは収入の道が閉ざされてしまいました。

今回の事件の女性は、追い詰められた果てに犯罪を犯してしまいました。しかし、それでも生きようとしました。もちろん、あたしは犯罪を奨励するつもりなどありませんが、仕事を失い、住む場所も失い、誰にも相談できない人たちの中には、自らの命を断つ道を選んでしまう人も少なくありません。

ここ数年、日本の自殺者の総数は減少傾向にありますが、年齢別、原因別の推移を見てみると、若者の自殺、貧困が原因の自殺が増えています。仮にも日本は名目GDPが世界3位の経済大国なのに、貧困が理由の自殺者が減らないのは、完全に政治の責任です。

菅義偉首相は、9月16日の就任会見で、新政権の理念を「自助、共助、公助」と述べました。ようするに、困ったことがあったら、まずは自分で努力しろ。それで解決しなければ周りを頼れ。それでもダメなら最後に国に言って来い…という、行政府の長がその責任を放棄したかのような無責任な理念です。しかし、この呆れ果てた理念を、ひと足先に実践した人がいたのです。そう、今回の事件の女性です。

新型コロナの影響で仕事を解雇されてしまった女性は、必死に次の仕事を探し回りました。これは「自助」です。しかし、どうにもならずに住む場所も失ってしまった彼女は、繁華街で「食べ物をください」と書いた紙を持って路上に立ち続けました。これは「共助」です。そして、見ず知らずの人たちに助けられて、半年ほどは生き延びることができました。しかし、とうとう最後のところまで追い詰められてしまい、犯罪に手を染めてしまいましたが、その結果、ようやく「公助」に辿り着くことができたのです。

新型コロナの影響で、さまざまな業種が大きなダメージを受けていますので、あたしは「Go To トラベル」や「Go To イート」などのバラマキ政策を頭ごなしに批判するつもりはありません。しかし、今回のような事件を知ると、今夜寝る場所がなく今食べるものもない人たち、今、この瞬間も本当に困っていて旅行や外食どころではない人たちのことが、完全に後回しになっているように思えてならないのです。少なくとも、あたしの納めた税金は、あたしより困っている人たちのために使ってほしいと思います。

(『きっこのメルマガ』2020年10月28日号より一部抜粋)

image by: Shutterstock.com

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