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異常なまでの敵視。学術会議を「違法状態」で放置する菅首相の魂胆

日本学術会議の会員候補任命拒否について、変更の考えがないことを衆院本会議で示した菅首相。拒否理由についても説明を拒みましたが、官邸はこのまま当問題の幕引きを図るつもりなのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、任命拒否を付け焼き刃の議論で正当化しようという首相の姿勢を批判するとともに、憲法の恣意的解釈まで行う官邸を強く非難しています。

菅首相は日本学術会議を違法状態のまま放置するつもりか

いま、日本学術会議について、菅首相が違法状態をつくり出している、と憲法学者、木村草太氏は言う。

同会議が推薦した105人の新会員のうち、6人の任命をしなかったことにより、会員数は204人となっている。これは日本学術会議法7条1項(下記)に違反する。

日本学術会議は二百十人の日本学術会議会員をもつて、これを組織する。

自らが引き起こしたこの違法状態を菅首相はどう解決するつもりなのだろうか。すみやかに、除外した6人を任命する以外、合法的解決策はないのではないか。

驚くべきことに、10月26日夜のNHK「ニュースウオッチ9」で、菅首相はこんなことを言い出した。

「会員が特定の出身大学に偏っている。民間や地方の大学や若い研究者とか、まんべんに選んでほしいと思っている。現職の会員が推薦できる仕組みが果たしていいのかどうか。選考委員会があっても、どうしても自分の近い人を選ぶようになってしまう」

もちろんこれでは、6人の学者を任命拒否した理由にはならないが、百歩譲ってこの発言を受け入れるとしたら、こんどは同法17条の下記条項に違反する。

日本学術会議は、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

優れた研究又は業績がある科学者を選考。これは、国力のうえでも、外国のアカデミーとの交流の上でも必須である。ところが、菅首相は地方大学、若手、民間の研究者もまんべんなく入るようにせよ、という。

つまり、学術会議を、国や自治体の審議会と同じようにとらえている。表向きは多様な意見を行政に反映させるため、実態としては都合のいい結論に導くための思惑が、審議会メンバーの選定には働いている。

審議会と混同した考え方をあえてとり、学術会議の独立性を保つための法律に違反することもかまわず、それを「改革」「前例踏襲打破」と称しているのである。付け焼刃の議論で正当化しようとあがいても、蟻地獄に沈むばかりだ。

国民の納得する説明が必要では、という「ニュースウオッチ9」司会者の質問に、菅首相の目はつり上がり、声の出力は倍増した。学術会議に対するこの怒りのような熱感はどこから生まれたのだろうか。

今年9月末まで日本学術会議の会長だった山極寿一・京都大前総長は、政府から学術会議への風圧がいかに強かったかを明かしている。

「会長になってから私は度々『政府に協力的でない』と不満を表明されてきた」

これは山極氏が京都新聞に寄稿した文章の一部である。山極氏が会長に就任する半年前の2017年3月、日本学術会議は戦争、軍事を目的とする科学の研究を行わないという従来の声明を継承する意思を表明した。「政府はこれが気に入らなかったようで…」と山極氏は記し、次のように続けた。

「民主主義国家でアカデミアの人事に今回のような国家の露骨な介入を許している国はない」「今回の暴挙を許したら、次は国立大学の人事に手が伸びる」。

当時の首相官邸が学術会議に抱いていた不穏な感情は、山極氏の前任会長、大西隆氏への具体的な圧迫行為となって、すでに噴出していた。2016年、3つの空席を埋める会員補充人事のさい、官邸が途中経過の説明を求めてきたのだ。大西元会長は言う。

「3つのポストについて、それぞれ2人ずつ優先順位をつけて名前をあげた。そのうち2つのポストについて、1番の方ではなく2番の方がいいのではないかと、(官邸側は)難色を示した。理由は最後まで明かされず、補充人事は断念した」

かつてない口出しだった。学術会議が簡単に官邸の意見に従っては、独立性を損なう悪しき前例が残る。大西氏の苦悩が伝わってくるようだ。補充人事を邪魔して、官邸は味を占めたのか、これ以来、何かと学術会議に注文をつけるようになった。

17年の定期人事のときもそうだ。改選数は会員の半数、105人。学術会議が推薦した会員候補は当然、105人だが、官邸はそれより多めの人数の名簿を提出するよう要求してきた。このときは、結局、推薦通りに任命されたが、大西会長が心理的に揺さぶられたことは想像に難くない。

会員人事への官邸の介入は、学術会議が「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置して、軍事研究を求める政府への対応を議論し始めた時期と重なっている。

当時の大西会長は同検討委員会の第1回会合(2016年6月24日)で、次のようにあいさつした。

「防衛装備庁が安全保障技術研究推進制度というものを昨年度から始めています。これに関連して、大学での対応が分かれていると新聞等でも報道され…問題意識を会長として持った…。学術会議は1950年と67年に軍事目的のための科学研究は行わないという声明を出している…私は個人的にはこれを堅持すると申し上げていますが、その後、日本国内における条件変化もあるので、現段階でこうした声明をどう捉えるのかは、論点の1つであります」

防衛省が、軍事転用可能な研究に資金を出す「安全保障技術研究推進制度」は2015年度にスタートした。当初は3億円の予算だったが、自民党国防族の増額要求が続き、17年度には110億円に跳ね上がった。

こうした動きに学術会議がどう対応すべきかを議論するのが、検討委員会の目的だった。

大西会長にとっても、学長を務める豊橋技術科学大学で、防衛省の制度を利用した防毒マスクの研究がはじまっていた経緯があり、切実な課題だった。官邸はそれを“弱み”ととらえて、学術会議への介入の突破口としたかったのかもしれない。

しかし、学術会議会員の大勢は軍事に関わる研究に反対であり、2017年3月、過去2回の声明を継承することが決まった。

それと同時に、大学などの研究機関に対しては、軍事関連と見なされる可能性のある研究について、その適切性を「技術的・倫理的に審査する制度」を設けるよう呼びかけた。

10月22日の野党合同ヒアリングに出席した大西元会長は、16年の補充人事、17年の定期人事のさい、学術会議が官邸に事前説明したことについて質問された。

野党議員 「誰から呼ばれましたか、杉田官房副長官ですか」

 

大西元会長 「誰と面談したかはまだ申し上げられません」「みなさん想像されている…人事の担当の方」「すべての官房副長官に説明…」

大西元会長は戸惑いながら明言を避けたが、杉田官房副長官、もしくは当時の菅官房長官に会ったであろうと推察する。その地位より下の官僚、たとえば内閣人事局長とかなら、それほど言いにくくはないはずだ。

菅官房長官、杉田官房副長官らは、2013年から17年にかけ安全保障法制や特定秘密保護法、共謀罪といった個人の自由、人権にかかわる政策に対し、異を唱えた学者たちへの反感を強めていたと思われる。今回、学術会議会員の任命を拒否された6人もおそらく杉田官房副長官のもとにある内閣情報調査室のブラックリストに入っていたのだろう。

2017年の改選時は推薦通りに任命したが、菅政権になったからには、そうはいかぬというのだろうか。政府機関の一つである学術会議の会員人事に、首相たるものが関与できないはずはないという、あまりにも浅はかな考えが暴走した。そして、それを正当化するためにひねり出したのが、憲法の恣意的な解釈だ。

「憲法15条におけるですね、公務員の選任に当たっての国民主権等々の憲法規定もある中で…それを踏まえて私どもはこれまでも運用してきたところであります」(10月5日、加藤官房長官)

たしかに、憲法15条1項にはこういう定めがある。

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

しかし、「国民」を「総理大臣」と読みかえることができるとでもいうのだろうか。

憲法43条には「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定められている。国民の代表機関は国会と考えていいだろう。ならば、国会が指名した総理大臣は国民の代表といえるのか。そんな規定は憲法のどこにも見当たらない。

主権者は「国民」である。その「国民」を「総理大臣」に置き換えて、やりたい放題できるのなら、国会も法もあったものではない。

就任早々、「改革」の美名のもとに、独善的な猛々しい牙をむきだした菅首相。一刻も早く心得違いに気づき、学術会議の違法状態を解消しなければ、携帯料金値下げなど、矢継ぎ早に打ち出した甘い政策も、本性から目をそらすための小道具としか思われないだろう。

image by: 首相官邸

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