MAG2 NEWS MENU

クルーグマン教授の「トランプ嫌い」が示す、酔っ払い大統領選挙と米国の終焉

「アメリカの覇権による平和」を意味する、パックス・アメリカーナ。そのパックス・アメリカーナをトランプ大統領が破壊したという記事が米主要紙に掲載されましたが、はたして正しいと言えるのでしょうか。この認識に対して異を唱えるのは、ジャーナリストの高野孟さん。高野さんはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で5つの理由を挙げて反論するとともに、大統領選でバイデン候補が勝利しても米国が正気を取り戻す保証はないという、悲観的な予測をしています。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

 

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年11月2日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

トランプがパックス・アメリカーナを壊した?――クルーグマンの混濁した議論

ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンが『ニューヨーク・タイムズ』に「トランプはいかにしてパックス・アメリカーナを殺したか」と題したオピニオンを寄稿している(10月31日付)。トランプがホワイトハウスを去ることになっても、国際関係の分野ではその悪しき遺産が長く残るだろう。「なぜなら米国は約70年間、世界の中でこれまでに前例のないある特別な役割を果たしてきた。今や我々はその役割を失ってしまい、それを取り戻すにはどうしたらいいのか、私には分からない」と。

大統領選の投票日を前にトランプ嫌いの知識人がこのように慨嘆したくなる気持ちもわからないでもないが、私に言わせると、米国の現状についての彼の認識は著しく不正確、というよりも混濁している。

第1に、トランプが登場したからパックス・アメリカーナが壊れたのではない。パックス・アメリカーナは、ブッシュ父大統領が1989年12月にマルタ島でゴルバチョフ書記長と共に冷戦終結の宣言を発した時点で、壊れることを運命づけられていたのである。

第2に、その時以降、米国の指導層にとっての中心課題は、いかにしてパックス・アメリカーナ、つまり「世界の中での特別な役割」から「軟着陸」的に――米国民を混乱させず全世界に迷惑をかけずに――降りるかにあったというのに、ブッシュ父以来のどの政権もそれに失敗してきた。

第3に、その結果として、(寓話的に言えば)神はついにトランプという野蛮極まりない悪魔を地上に遣わされて、最悪の「硬着陸」的な形でそれを強制終了させるよう取り計らったのである。

第4に、従って、パックス・アメリカーナを「取り戻す」などということは米国にとって課題であるはずがなく、それを「どうしたいいか分からない」などと呟くのは戯言である。

第5に、クルーグマンはここで触れていないが、中国はパックス・アメリカーナに代わってパックス・チャイナを築こうとしていないし、仮にそうしようとしてもできない。パックス・アメリカーナの終わりは、すなわち覇権主義の終わりであり、この後には誰も覇権国家となることはできない(このことはまた別に論じる)。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

「冷戦が終わった」とはどういうことか

89年に「冷戦が終わった」ことを宣言した時、それがどういうことなのかについてゴルバチョフは分かっていたが、ブッシュ父は全然分かっていなかった。そのことが、その後30余年に及ぶ米国のダッチロール的な迷走の起点となった。

国家と国家が利害を争い、いざとなれば戦争に訴えるのも当たり前という国民国家同士の熱戦の時代が16世紀に欧州で始まり、それが外延化して帝国主義戦争の時代、軍事力で優位に立ってそれに打ち勝った者が世界制覇を成し遂げるという覇権主義の時代が訪れた。

ところが20世紀になると、戦争はそれまでのある意味で牧歌的な性格を失い、科学技術の発達による航空機、潜水艦、爆弾の高性能化、毒ガス兵器等々の最新兵器が実用化されたことによって、敵国の市街地や工場地帯への直接攻撃を行ない、兵士だけでなく一般市民を無差別大量殺戮することで戦果を競うようになった。その行き着く先の極端が、広島・長崎への原爆投下だった。

で、「冷戦」とは何かと言えば、広島・長崎の究極の「熱戦」の惨状にさすがの米国も相手方のソ連も戦慄し、「これからも戦争はあるかもしれないが、核兵器だけは安易に使おうと思わないよう気を付けましょうね」という、核兵器使用抑制の暗黙合意だったのである。

だから、冷戦が終わったから元の熱戦に戻るのではなく、冷戦にせよ熱戦にせよ、国家と国家、あるいは同盟と同盟が生死を賭けて戦って勝ち負けを決するという数世紀に及ぶ野蛮な国家間戦争の時代を卒業して、「共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」(国連憲章前文)、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(日本国憲法第9条1)方向へと歩み出すのでなければならなかった。

が、ブッシュ父はこの事態を、「冷戦という名の第3次世界大戦に米国は勝利した。ソ連は崩壊しワルシャワ条約機構は解体されて、今や米国は“唯一超大国”となった」と理解した。一人勝ちとなった米国を妨げる者はもはや誰もいない。そのことを試してみせたのが、91年1~2月の湾岸戦争であり、それを継承・拡大して「単独行動主義」として定式化し、2003年3月にイラク戦争に突入したのがブッシュ・ジュニアだった。このブッシュ親子の「唯一超大国」「単独行動主義」が今のトランプの「米国第一主義」にまで繋がっているのである。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

米インテリジェンス界の懸念は的中した

こうした米国の有様に、最も早くから舌鋒鋭く批判を浴びせていたのはシラク仏大統領の政治顧問だったフランスの知識人エマニュエル・トッドである。彼は『帝国以後』(03年、藤原書店刊)でこう述べていた〔以下、詳しくは高野著『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版、06年刊)を参照〕。

アフガニスタンとイラクに対する派手な戦争は、米国の強さよりも弱さの表れである。

弱さとは、経済的に見て米国はモノもカネも全世界に依存して生きるほかなくなっていることであり、外交的・軍事的には、それを維持できなくなる不安からことさらに好戦的姿勢を採って、自国が世界にとって必要不可欠な存在であることを証明しようとするのだが、欧州、ロシア、日本、中国など本当のライバルを組み敷くことは出来ないので、イラク、イラン、北朝鮮、キューバなど二流の軍事国家を相手に「劇場型軍国主義」を演じるしかないこと、である。

こういう米国の酔っ払いのような情緒不安定は、要するに、冷戦の終わりに際して、「“唯一超大国”になった」という誇大妄想に陥り、ロシアがそうしたように、米国もまた「普通の(超のつかない)大国」に軟着陸しなければならない運命にあることを自覚しなかったことにある。

結局のところ、米国は暴走して破綻し、世界の中心は欧州、ロシア、中国、日本が緩やかに連携したユーラシアになって、米国が生き残るとすればそのような多極世界の1つの極をなすローカル大国として自らを定位出来た場合だけである……。

フランス人らしい手厳しさで、ブッシュ・ジュニアでさえ「酔っ払いのような情緒不安定」だったとすると今のトランプなど泥酔状態ということになりそうである。ところが驚いたことに、当時、米国政府内の全インテリジェンス機関の協議体である全米情報評議会(NIC)は、米国自身の行末についてトッドとほぼ同質の懸念を抱いていた。NICは4年に一度、米国の未来を予測する「グローバル・トレンド」という報告書を出してきたが、04年12月刊行の『2020年の世界』はこう述べていた。

20世紀が米国の世紀であったのに対し、21世紀は中国とインドが先導する世紀となるだろう。

拡大された欧州は、国際舞台で一層ウェイトを増し、新興勢力にとって世界外交と地域統治のモデルを提供することになろう。

日本は地域内でどのような地位と役割を得るかが大きな課題で、とりわけ台頭する中国と対抗的に「バランスを取ろう」とするのか、それとも中国の勢いに「乗り遅れまい」とするのかを選択しなければならないだろう。

ロシアは恐らく、既成勢力としての米国や欧州にとっても、新興勢力としての中国やインドにとっても、主要なパートナーとなるはずである。

中国とインド、そして恐らくブラジルやインドネシアなど「成り上がり」国家は、今までの西と東、北と南、同盟と非同盟、先進国と途上国といった旧式のカテゴリーを廃棄してしまうかもしれない。

米国の対テロ戦争は、アジア諸国にとっては見当違いなものと映っており、米国が同地域の安全保障について魅力的なビジョンを示さなければ、中国が地域安全保障秩序の対抗案を出して米国を排除することにもなりかねない……。

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

同じ頃、『ニューズウィーク』は「アメリカが死んだ日」という特集を組み(05年2月2日号)、その中でアンドルー・モラブチック=米プリンストン大学EU研究センター所長は「本当に危険なのは、米国が凋落に気付かず、偉大な国という夢想に取り憑かれたまま、圧制からの解放と自由について演説していることだ」と警告していた。

イラク戦争が完全に行き詰まったこの時期こそ、米国がブッシュ父以来の「酔っ払い状態」から抜け出して21世紀の多極化世界への積極的適応に転じるチャンスだったが、それは上手くいかず、オバマ政権を経てもダメで、とうとうトランプ政権という破滅を招いてしまった。

さて11月3日、トランプが勝って政治中枢の泥酔が続くのだとすると米国は一層危険な状態に突入する。かと言ってバイデンが買っても米国が正気を取り戻す保証は何もない。この絶望的な状況で、NICが16年前に既に指摘していた「中国と対抗するのか中国の勢いに乗っていくのか」の選択を未だにはっきり決められず、ただ何となく米国に追随していきながら中国とも少しは仲良くしたいという朦朧日本の行方も、ますます不明になっていくだろう。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2020年11月2日号より一部抜粋)

(続きはメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』を購読するとお読みいただけます。2020年11月中のお試し購読スタートで、この続きを含む、11月分の全コンテンツを無料(0円)でお読みいただけます)

高野孟さんのメルマガご登録、詳細はコチラ

 

初月無料購読ですぐ読める! 11月配信済みバックナンバー

※2020年11月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、11月分のメルマガがすべてすぐに届きます。

  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.470]トランプがパックス・アメリカーナを壊した?(11/2)

いますぐ初月無料購読!

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2020年10月配信
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.469]学術会議問題で嘘を撒き散らす菅義偉首相とその仲間たち(10/26)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.468]学術会議人事介入の裏にあるもの(10/19)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.467]何もかも出任せの言いっ放しという安倍政権の無責任(10/12)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.466]年内総選挙はなくなり、年明け早々もできるのかどうか?(10/5)

2020年10月のバックナンバーを購入する

2020年9月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.465]玉城デニー沖縄県政2年目の折り返し点ーー菅政権と戦って再選を果たすには?(9/28)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.464]「中国脅威論」を煽って南西諸島進駐を果たした自衛隊(9/21)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.463]10月解散・総選挙はいくら何でも無理筋(9/14)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.462]安倍の何が何でも石破が嫌だという個人感情が生んだ菅政権(9/7)

2020年9月のバックナンバーを購入する

2020年8月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.461]長ければいいってもんじゃない安倍政権“悪夢”の7年8カ月(8/31)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.460]立憲・国民が合流して新党ができることへの私なりの感慨月(8/24)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.459]世界最低レベルの日本のコロナ禍対策(8/17)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.458]「食料自給率」の主語は国、都道府県、地域、それとも個人?(8/10)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.457]コロナ禍から半年余、そろそろ中間総括をしないと(8/3)

2020年8月のバックナンバーを購入する

2020年7月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.456]自然免疫力を高める食事こそが「新しい生活様式」(7/27)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.455]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その2》(7/20)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.454]コロナ禍を機に起こるべき価値観の転換《その1》(7/13)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.453]コロナ対策の大失敗を隠したい一心の安倍首相とその側近たち(7/6)

2020年7月のバックナンバーを購入する

2020年6月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.452]ほぼ確定的となったトランプ敗退(6/29)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.451]イージス・アショアを止めたのは結構なことだけれども(6/22)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.450]ほとんど錯乱状態のトランプ米大統領(6/15)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.449]「拉致の安倍」が何も出来ずに終わる舌先三寸の18年間(6/8)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.448]安倍政権はいよいよ危険水域に突入した!(6/1)

2020年6月のバックナンバーを購入する

2020年5月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.447]「10月」という壁を乗り越えられそうにない東京五輪(5/25)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.446]何もかも「中国のせい」にして責任を逃れようとするトランプ(5/18)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.445]ポスト安倍の日本のアジア連帯戦略(5/11)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.444]結局は「中止」となるしかなくなってきた東京五輪(5/4)

2020年5月のバックナンバーを購入する

2020年4月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.443]こういう時だからこそ問われる指導者の能力と品格(4/27)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.442]「6月首相退陣」という予測まで飛び出した!(4/20)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.441]何事も中途半端で「虻蜂取らず」に陥る日本(4/13)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.440]米国でも物笑いの種となった「アベノマスク」(4/6)

2020年4月のバックナンバーを購入する

2020年3月配信分
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.439]1年延期でますます開催意義が問われる五輪(3/30)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.438]もはや「中止」するしかなくない東京五輪――安倍政権の命運もそこまでか?(3/23)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.437]改めてそもそもから考え直したいヒトと微生物の関係(3/16)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.436]後手後手をカバーしようと前につんのめる安倍の醜態(3/9)
  • [高野孟のTHE JOURNAL:Vol.435]安倍独断で「全国一斉休校」に突き進んだ政権末期症状(3/2)

2020年3月のバックナンバーを購入する

image by: Evan El-Amin / Shutterstock.com、Prolineserver, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

高野孟この著者の記事一覧

早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 高野孟のTHE JOURNAL 』

【著者】 高野孟 【月額】 初月無料!月額880円(税込) 【発行周期】 毎週月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け