プーチンの凋落。中国とトルコに打ち砕かれた大ロシア帝国構想の夢

 

鮮明になるロシアの国際的影響力の低下

その影響もあるのでしょうか。

ロシアによる旧ソ連共和国へのグリップが弱まっているように見受けられます。一番最近の例では、モルドバ共和国の大統領選で、現職の親ロシア大統領が、親米路線を打ち出す候補に敗れ、欧米対ロシアのオセロゲームのコマが一つひっくり返りました。

またこれまでにバルト三国はEUの加盟を果たし、ロシアとは袂を分かちましたし、2017年にはウクライナとの交戦状態に入ったことで、ロシアはウクライナを失いました。ロシアとウクライナは、旧ソ連時代から最も強い絆で結び付けられており、旧ソ連崩壊後も国際的な舞台では共同歩調を取る半ば拡大ロシアのイメージが定着していましたが、この蜜月も終わりを迎え、今やウクライナはより新欧米政権となり、協力を求めるその視界の先にあるのはもはやモスクワではなく、ワシントンDCであり、パリであり、ベルリンであり、そしてロンドンです。隣国でありながら、最近では国際会議の場でもロシアの意見に対して反対するようにもなってきました(ちょっと戸惑っています)。

今、ロシアにとって、ウクライナと同じような運命をたどりそうなのが、もう一つの盟友であり運命共同体として存在してきたベラルーシです。26年にわたって独裁者の立場に居座り続けるルカシェンコ大統領が“統治”する国ですが、今年、民主化運動の指導者たちからの要請を受けて開催された大統領選挙も、明らかな不正が行われた末、ルカシェンコ大統領の圧勝が演出されました。

その後の混乱はあえて説明するまでもないことですが、ロシアは恐らく本件でもハンドリングを間違えました。実際には分析と選択したチョイスは正しかったとしても。

本件でよく誤解されるのは、モルドバやウクライナ、バルト三国、そしてジョージアのケースとは違い、ルカシェンコ大統領へ反旗を翻し、退陣を迫ってデモを行っている民主化運動家とその支持者たちは、別に親欧米というわけではありません。

あくまでもルカシェンコ大統領の独裁と不正に対する抗議ですので、ベラルーシ国内での混乱が起きた際、モスクワとしては特に対処せず、静観を決め込んでいました。欧米との影響力拡大のためのオセロゲームだったら早期に介入したでしょうが、ロシア・プーチン大統領が“嫌う”民主化運動の波であったことから、チェチェン共和国や東オセチア共和国などでの反モスクワの民主化運動を勢いづけることを極力避けるとの戦略的チョイスから静観する方針を選んだのだと考えます。

しかし、ルカシェンコ大統領の手法が非民主的であることや、国民の政治的選択の自由権を脅かすという“欧米的な人権政策”がクローズアップされ、ベラルーシ問題が影さえなかったはずの「欧米的な価値観か?ロシア的な考え方か?」という二択にすり替えられつつあったがために、プーチン大統領としても介入せざるを得ない状況になりました。

ただ、その介入も「ルカシェンコ大統領を庇いつつも、国民の声を聴き妥協策を探るべき」という中途半端な対策に止まってしまったため、その隙に欧米諸国に国際問題化されてしまいました。

ただし、プーチン大統領にとっては、ロシアとの平和的統合を20数年前に提案した際に、ルカシェンコ大統領に無視されたという記憶もあり、地政学的なバランスの維持という大目標さえ達成できれば、ルカシェンコ大統領切りは厭わないだろうと考えます。問題は、ロシアが“仲間”とみなす後継者が不在なことで、ここでもモスクワの影響力の低下が窺えます。

そして【ロシアの国際的影響力の低下】を最も鮮明にしたのが、中国の台頭による中ロ関係のバランスの変化です。

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