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元検事が明かすワイロの実態。政治家への裏献金が寄附に変わるカラクリ

近ごろ、元農水大臣経験者らに関する贈収賄疑惑、政治資金規制法違反疑惑の報道が後を絶ちません。一言に「贈収賄」「政治資金規正法」と言っても、具体的にどう違うのか、何がダメなのかについて正しく理解している人は少ないのではないでしょうか。警察大学校の専門講師として講義していた経験を持つ、元検事で弁護士の郷原信郎さんは自身のメルマガ『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』の中で、これら「贈収賄」「政治資金規正法」についての具体例や問題点などをわかりやすく解説。どのような行為が「犯罪」となり、どのような場合は犯罪にならないのかについて、専門家の視点で詳しく紹介しています。

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プロフィール:郷原信郎(ごうはら・のぶお)1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。鉱山会社に地質技術者として就職後、1年半で退職、独学で司法試験受験、25歳で合格。1983年検事任官。2005年桐蔭横浜大学に派遣され法科大学院教授、この頃から、組織のコンプライアンス論、企業不祥事の研究に取り組む。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2017年横浜市コンプライアンス顧問。コンプライアンス関係、検察関係の著書多数。

贈収賄と政治資金規正法の基礎知識

鶏卵生産・販売大手「アキタフーズ」の前代表が自民党衆院議員の吉川貴盛・元農林水産相に、大臣在任中の2018~19年に3回にわたって現金計500万円を提供した疑いが報じられたのにつづいて、西川公也元農水大臣も、数百万円を受領していた疑いが報じられています。

今後、これらの疑惑に関して、贈収賄事件、或いは、政治資金規正法違反事件としての検察捜査が行われていくことになると思います。

そこで、今回は会員の皆さんに、「贈収賄」「政治資金規正法違反」という犯罪に関する基本的な事項についてお伝えしておこうと思います。

私は、現職検事だった2004年から、退官後弁護士になってからの2010年まで、警察大学校の専門講師として、年に2回、全国の都道府県警察の警部を集めた「特別捜査科研修」で「経済犯罪捜査」の講義を担当していました。

その講義の記録の中から、贈収賄と政治資金規正法の話のエッセンスをご紹介します。

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1 贈収賄

贈収賄には三つの要素があります。

第1に、「賄賂の授受」です。公務員に対して金銭や何らかの利益が供与された事実です。

賄賂の申し込みとか要求であれば授受はないわけですけど、通常はこの授受があるからこそ贈収賄事件になります。

第2に、「職務権限との関連性」です。

公務員に対する何らかの金銭や利益の供与があっても、それがその公務員の職務権限に関連したものでなければ、贈収賄にはなりません。

公務員が政治家の場合、特に議員の場合には、その「職務」と「政治活動」とが密接に関連して区別が難しいため、授受が認められても、職務権限との関連性が大きな問題になります。

第3は、「便宜供与」です。

賄賂を贈ることによって収賄側の公務員に対して具体的にどういう職務行為を期待していたか、そして、それが期待どおり実行されたかということです。

日本では、この3番目の要素は、賄賂罪の成立要件とはされていません。

収賄罪の中に「単純収賄」があり、便宜供与がなくても、職務に関して賄賂のやり取りをしたというだけで贈収賄罪が成立します。

しかし、贈収賄を実質的に評価する上では、便宜供与があったのか、或いは、その可能性があったのかというのは重要な要素です。

どのような便宜供与を期待していたのかを具体的に明らかにすることで、賄賂と職務権限との関係も明確になってきます。

諸外国では、便宜供与も請託も何もない単純収賄、つまり、単に職務に関連して賄賂のやり取りをしたというだけで処罰する国は、あまり、ありません。

何らかの見返りを期待して賄賂を贈って、そして実際に、何らかの見返りといえるような行為が行われることで、初めて贈収賄とされる場合が多いのです。

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2 政治資金規正法違反

政治資金規正法については、「寄附の相手方」、つまり、「寄附の帰属」が問題になります。

例えば、ある業者が、ある首長や議員に対してお金を渡した事実、つまり、「裏献金」を行った事実が明らかになったとします。

それに対して、業者のほうは、「政治家としての首長に寄附をした」と供述したとします。

寄附であれば、政治資金規正法上の処理を行う必要があるのですから、そういう手続がとられていない「裏献金」であれば、政治資金規正法に違反する違法寄附だと誰しも思います。

そのお金が、職務権限に関連する賄賂と言えるのであれば贈収賄事件で立件すればよいのですが、職務権限の関係などで賄賂性の立証が難しい場合は、政治資金規正法違反での立件を検討することになります。

そこで問題になるのは、「その寄附の宛先が誰なのか、どの団体なのか」ということです。

政治団体や政党は、寄附を受け取った場合には、その事実を毎年、政治資金収支報告書に正確に記載して提出しなければいけません。

その義務に違反して、記載すべき寄附を除外した収支報告書を提出すれば、政治資金収支報告書の「虚偽記入罪」になります。

また、政治家「個人」は、企業や団体から寄附を受けることが禁止されていますので、個人で寄附を受けたということになると、それ自体が政治資金規正法違反になります。

しかし、「裏献金」というのは、政治資金規正法上正規の手続がとられていないのですから、政治資金の届出などの手続からは、寄附の宛先は特定されていません。

首長や議員などの政治家については、いくつもの「政治団体」や「政党支部」が作られていることが多いのですが、そうすると、「裏献金」がそのうちのどれに帰属する(どれに宛てた)ものなのか、或いは政治家としての首長個人に帰属するものなのかは、外形からはわかりません。

「政治家にこっそり金を渡した」という場合、現金を入れた封筒に「何々様」「何々政治団体様」「何々後援会様」と書いていれば、寄附の宛先が政治家個人なのかどの政治団体なのかがわかり、どのように政治資金収支報告書に記載すべきだったのかということがわかります。

ところが、とにかくその政治家に金を渡せばいいということで渡したお金であれば、普通、そんなことを封筒に書いて渡したりはしません。

そうなると、どこの政治団体に帰属すべき寄附なのか、どの収支報告書に記載すべきだったのかということがはっきりしないのです。

当事者の意思としても、「裏献金」の場合は、正規に届出が出されている政治団体に帰属させようということも、政治家個人への違法寄附だということも、明確に考えていたわけではないというのが普通です。

そうなると、政治資金規正法上の正規の手続をどのようにしたらよいのかということが確定できず、政治資金規正法違反と構成することが困難だということになってしまうのです。

賄賂的な事件を政治資金規正法でやろうとすると、そこが最大の問題になります。

それが、「政治資金規正法がザル法だ」と言われるゆえんでもあるのですが、それは、政治資金規正法における「寄附」というのが、賄賂的な金のやり取りや「裏献金」のようなものではなく、寄附として表に出していて正規の手続の外形を備えている「寄附」を前提にしているからなのです。

そのようにして「表に出ている寄附」について、法の制限に反しているとか、手続に不備があるとか、寄附の額が制限を超えているなどということであれば、政治資金規正法が適用できます。

しかし、「闇献金」は、表に出さず、「裏」でやり取りするものなのです。

そうなると途端に政治資金規正法が適用しにくくなるというのが、一つのパラドックスなのです。

議員などの政治家が業者から金をもらったという事件の場合、職務権限との関係が常に問題になり、贈収賄で立件するのは容易ではありません。

そういう場合には、政治資金規正法の罰則を適用して何とかできないかということになるのですが、実際には、政治資金規正法というのは、そういう「贈収賄崩れ」的な事件を処罰する機能は限られているのです。

政治資金規正法違反で摘発しやすい事件には、いくつかのパターンがあります。

いずれも、長崎地検の独自捜査で手がけたものです。

一つは、政党の地方組織のように、組織の実体があって、通常は、正規の寄附の受け入れ手続が行われている場合に、その一部を「裏献金」として受け取ったという場合。

もう一つは、政治資金パーティーの収入に関して、一部を収入から除外して裏に回したという場合です。

いずれにしても、政治資金規正法の立件には、非常に複雑困難な問題があるのが普通です。

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「贈収賄」について

1で話しているように、日本の刑法には、「便宜供与」やその依頼がなくても成立する「単純収賄罪」が規定されているので、その点では賄賂罪の処罰範囲は広いと言えます(一方、諸外国では、公務員以外の民間人に対する賄賂も一定の範囲で処罰の対象となる国もあり、その面では処罰の範囲が狭いということになります)。

吉川元農水大臣に対する現金供与が、報道どおりだとすると、鶏卵業界からは、農水省に対して、様々な要請が行われていたようですし、吉川氏への現金供与が、そのような要請と全く無関係と言えない限り、「職務に関連する金銭の授受」ということで単純収賄罪が成立することは否定できないように思います。

昔から、検察として、国会議員については、「受託収賄」が立件できる場合が立件の条件と考えられてきました。国民に選ばれた国会議員なのだから、単純収賄程度で、刑事事件にすべきではないという考え方だったのです。

そういう「受託収賄しばり」のルールが今も生きているとすれば、「請託」、つまり、何らかの具体的なお願いがあったということでなければ、吉川氏の収賄罪による立件は容易ではないことになります。

ただ、昨年末、東京地検特捜部が逮捕した秋元司議員の事件は、単純収賄で起訴されていますので、ハードルが下がっているようにも見えます。

検察の判断如何ということになります。

「政治資金規正法違反」について

そこで、もし、収賄罪で立件できないのであれば、現金の授受を政治資金規正法違反で立件すれば良いのではないかという話になります。

しかし、それも、本文に書いたように、「裏献金」は、どこの政治団体、政党支部に帰属するのかが特定できないと、政治資金収支報告書の記載の問題にしにくいのです。それは、本文でも話しているように政治資金の「一つのパラドックス」だと言えます。

このように考えると、吉川氏が大臣室で現金を受け取ったという問題も、典型的な「闇献金」だとすると、政治資金規正法違での立件は容易ではなく、結局、贈収賄の立件ができるかどうかがカギということになります。

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【関連】元検事が暴くTBSの嘘。『朝ズバッ!』不二家叩きデマ報道との死闘全記録

image by: 吉川貴盛Facebook

郷原信郎この著者の記事一覧

1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。鉱山会社に地質技術者として就職後、1年半で退職、独学で司法試験受験、25歳で合格。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事として独禁法運用強化の枠組み作りに取り組む。東京地検特捜部、長崎地検次席検事等を通して、独自の手法による政治、経済犯罪の検察捜査に取組む、法務省法務総合研究所研究官として企業犯罪の研究。2005年桐蔭横浜大学に派遣され法科大学院教授、この頃から、組織のコンプライアンス論、企業不祥事の研究に取り組む。同大学コンプライアンス研究センターを創設。2006年検事退官。2008年郷原総合法律事務所開設。2009年総務省顧問・コンプライアンス室長。2012年 関西大学特任教授。2017年横浜市コンプライアンス顧問。コンプライアンス関係、検察関係の著書多数。

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